愛なき道

オリジナル小説「二人の戦女神」と「リリカルなのはシリーズ」の二次創作を中心に活動中

二人の戦女神第十一話  

 セレナに嘘をつきたくは無い。でも、信じてもらえるの?異世界から来たなんて話しを――




二人の戦女神
第十二話「嘘をつきたくない(前編)」




 外で降る雨の音が部屋に、二人の少女がいた。一人は厳格な雰囲気を持つ金色に輝く髪を腰まで伸ばした碧眼の少女。そしてもう一人は黒い髪を背中まで伸ばした黒い瞳を持った少女だった。どちらの少女も美女と言っても差し支えのない美貌を持っていた。
 金髪の少女の名はセレナ=フェスタリー=フランツィスカ。フェスタリア国の若くして王になった人物だ。そして、黒髪の少女の名は岸野夕華。「現代日本」にいたはずなのに、気づいたらこのフェスタリアの草原に倒れていた少女である。辿りついた小さな村で盗賊達に襲われそうになった所を、目の前にいるセレナに助けられ、色々とあってセレナのメイドになった。
 
 そして三日前――暗殺者からセレナを護る為に、自らの体でもってセレナを助けたのはこの夕華であった。その前に、もう一人の暗殺者に人質として捕まっていたのだが、それはそれだ。ただ、その捕まってしまったという失態が夕華が自らの体でセレナを護った一因になっているのは否定できない所ではある。

 その夕華は、ベッドの上で上半身だけを起こして俯いている。まるでその姿は怒られている子供のように見えるが実際は違う。ただ、どう話しをすればいいのか悩んでいる。それだけだった。何を夕華はセレナに話すべきなのか。それは自分が今まで「記憶喪失」という事になって、セレナの好意に甘えてきた。しかし、今回の件で自分が意識を失っている時のうわ言で、大野美菜の名前をセレナに知られてしまった。
 本当の事を話してしまえばどうなってしまうのか。嘘をついていたという事で、死罪もあるかもしれないとの恐れから自然と体が震える夕華。

 その夕華を見ているセレナもどうするべきか悩んでいた。自分がつい発言した言葉によって夕華を苦しめている。それだけはよくわかっていた。夕華が眠っている時に呟いた「ミナセンパイ」なる人物について知りたいというのもあるが、夕華に嫌な思いをさせたくないというのもセレナの本心だった。

「ユウカ……」

 静かに、突然名を呼ばれた夕華はビクリと反応して恐る恐ると顔を上げてセレナを見る。自分が黙っているから、セレナは怒っているかもしれないという不安が夕華の心にあったがそれは杞憂に終わった。夕華が顔を上げて最初に目に入ってきたのはセレナの微笑みだったからだ。その微笑んでいるセレナは夕華の頭に右手を乗せると、夕華を優しく撫でながら

「誰も無理に話せとは言っておらん。だがの……出来る事なら妾だけにでも話して欲しいのじゃ」

「セレナ……」

 子供のように撫でられている事が恥ずかしいのか。夕華は頬を赤らめながらも、少し潤んだ目でセレナを見ていた。本当なら夕華は嘘をついてい事を謝らなくてはいけないはずなのに、セレナは謝る事を求めていなかった。
 夕華がそう簡単に嘘をつくような人間ではないというのは、たった数ヵ月という短い付き合いではあるがセレナは知っているつもりだ。

 ただ、本当の事……いや、セレナは夕華の事を知りたい。ただ純粋にそう思っていた。だが、本人が話したくないというのなら話は別である。夕華の意思を尊重したい。その想いから、無理やり聞くような真似をしないのだ。

 再び沈黙。再び俯いてどう説明しようかと考えている夕華を見て、セレナは何も言わずにただ黙ってその時を待つ。夕華が自ら話してくれる時を――
 その沈黙は一体どのぐらいの長さだったのだろうか。十秒だろうか。はたまたは一分……いや、五分かもしれない。セレナの感覚が麻痺するぐらい長い沈黙が続いた。

「……ごめん。ちょっと気持ちの整理をさせて……」

 その沈黙を夕華は弱々しい声で破った。やはりか。セレナは心の中でそう思っていた。夕華がそこまで悩むという事は、夕華にとって話す事はかなり重いという事なのだと思いつつ小さく頷き

「構わんよ。ただ、忘れないで欲しいのじゃ、ユウカ。どんな事があっても妾はそなたの味方じゃ。例えそなたの話しが現実離れしていたとしてもじゃ」

 セレナの「現実離れ」という言葉に反応する夕華。もし、夕華が「自分は別世界から来た」という事を今この場で言えたら、どれだけ楽になれる事だろうか。実際、夕華の心の中には楽になりたいという気持ちもあったが、不安の方が大きかった。だから夕華は、事実を言うべきなのか言わないでおくべきなのか分からなくなってしまっていた。
 
 夕華を襲っている不安。それはセレナに信じてもらえないかもしれないという事と、事実を話した後に自分の処遇がどうなるのかだ。それが分からず、不安だけが夕華の中で渦巻いていた。
 ただ、夕華に唯一の救いがあるとすれば、それはセレナが夕華の話しを聞いてから判断してくれると意思表示をした事だろう。だが、それだけで夕華の不安が完全に消える訳がない。本人は気づいていないようだが、その表情には不安の色が濃く現れており、夕華の横に座って様子を見ているセレナですら、夕華が不安でいるのを把握するのは容易いほどであった。

 そして三度(みたび)の沈黙。夕華は先ほどと同じように俯いてしまっていた。セレナはそれにどう声をかけるべきかを考えていた。

「セレナ様、失礼致します」

 その沈黙は一体いつまで続くのかと思っていた矢先だった。ノックの音と共にフェスタリア城のメイド長であるリーシャが、医者と思われる白い服を着た白髪交じりの若い男を連れて部屋に入ってきた。彼の名はジェフ=フローレンス。このフェスタリア国の専属医師である夕華の治療に当たった人物でもある。
 まだ三十代後半だというのに、茶色の髪に白髪が交じっている。本人曰く「そんなに苦労した覚えないんだけどね」との事らしく、本人にも分からない模様。まだまだ若さが溢れ出ている――とまではいかないが、まだ二十代後半で通じる整った顔立ちの持ち主であった。
 夕華が刺された一日目は、まだ看病をしていたのだが、二日目以降、夕華が安定した状態に入るとほぼ同時に、街の方で大怪我を負った人間がいるとの事で医者を探しているとの情報が飛び込んできた為、救急道具を持って急いで街へと向かったので、二日目以降はセレナとリーシャに看病を任せる事になってしまった訳である。

 思った以上に早くリーシャがジェフを連れてきた事に、セレナは内心驚きつつも椅子から立ち上がり、一度ジェフに頭を下げて場所を開ける。ジェフもセレナに一礼してから、今までセレナが座っていた椅子に腰をかけて、道具の入っている鞄から診察に必要な道具を取りだしていた。

「何かありましたか、セレナ様?」

 何か雰囲気が先ほどまでと違う事に気づいたリーシャはセレナに問うが、セレナは「いや……」と目を瞑って首を横に振って答えるだけだった。その様子から明らかに何かあったのだろうとリーシャは把握してしまうが、当たり前の話しではあるが、実際に何があったのかまでは分からずに黙りこんでしまう。

「ユウカ、妾は後でまた来る。それまでゆっくり体を休ませるのじゃぞ。よいな?」

 セレナは優しい声で言いながら夕華の頭を撫でて安心させるように努める。夕華は恥ずかしいのか、それとも事実を告げられない自分が情けないのか俯いたまま「はい……」とだけ返事をするのが精一杯だった。

「……リーシャ。後は頼むぞ」

「畏まりました」

 そうセレナに一礼をするリーシャを見てからセレナは静かに部屋から出て行った。残された夕華は、リーシャが連れてきたジェフが自己紹介をした後、夕華に体の具合を聞いていた。夕華はその問いにハッキリとした口調で答えているも、いつも見せる笑みとは程遠いどこか愁いを帯びた笑みを浮かべていた。

(私がいない間に何があったというの?ユウカちゃん……)

 夕華がそんなぎこちない笑みを浮かべている事が気になるリーシャだったが、本人にそれを聞く勇気が持てず、ただ黙って夕華を見守るしか出来なかった。

「それじゃあ、傷口を確認するから、服を捲ってもらっていいかい」

「え……えええええ!?」

 ジェフに服を捲るよう指示された夕華は、一瞬言葉の意味を理解できずに固まった後、盛大な驚きの声を上げた。それを聞いてリーシャはいつも通りの夕華である事に内心ホッとしていたのは内緒ではある。
 ジェフも夕華の反応を予想していたのだろうか、苦笑いを浮かべつつ傷が化膿していたら困るからと夕華を落ち着かせつつ説明をする。落ち着きを取り戻した夕華は、顔を真っ赤にしながらジェフに謝るのだった。




「先生」

 診察を終えて、問題が無い事を伝えられた夕華は不意に口を開いた。ジェフが「なんだい?」と明るく答えると、その質問が怖いのか、言おうか言うまいか悩んだ様子を見せる夕華。だが、決心がついたのか、ジェフの顔をしっかりと両目で見て夕華は口を開いた。

「傷……残りますか?」

 夕華自身、目の前にいるジェフから返って来るであろう言葉は予測できていた。あれだけ深く刺された事もそうだが、先ほど目を覚ました時に腹部に走った痛み。それだけでも、夕華に傷がどうなるのかを把握させるには十分だったのだ。

「君みたいな、若い子には酷かもしれないけど……」

 そう前置きをしてから一度息を吸うジェフ。それまでニコニコと笑みを浮かべていたジェフの表情が一変して険しい物に変化していた。そもそも、笑みを浮かべていたのは夕華を落ち着かせるという意味合いが強く、患者である夕華の警戒や緊張をほぐすためのジェフなりの心遣いだった訳だ。小さく、息を吐いてからジェフは勇気を振り絞って口を開く。夕華にとって最悪な現実を伝える為に――

「傷は……残るよ。一生……ね」

「……そう……ですか」

 ジェフの言葉に対して、夕華が声を振り絞って出した言葉にはやっぱりという、諦めにも似た感情が込められていた。まだ恋人のいない夕華にとって、腹部に傷が残るという事は精神的に大きいダメージだった。
 いつの日か日本に戻り……いや、この世界でもだが、数年後、恋人と一緒になった時にこの傷跡を見てどう思うだろうか。それが原因で嫌われでもしたら、自分はもう立ち直る事ができないかもしれない。もし、それを知ったその人が他の人に言いふらしたら――
 そう考えた瞬間、夕華の全身に寒気が走った。そうなってしまえば、自分の居場所は無くなってしまうのではないか?そんな不安が夕華に一気に襲いかかる。

「ユウカちゃん、大丈夫かい?」

 突然震えだした夕華を見て、心配した様子で声をかけるジェフ。それに気づいた夕華はぎこちない笑みを浮かべて大丈夫と答える。しかし、そんな笑みで大丈夫と言われても、ジェフとリーシャが納得する訳が無い。だが、患者である夕華本人が大丈夫だというのならば、無理に質問するのはかえって夕華に負担にかかると判断したジェフは

「そうかい?ならいいのだけどね。ああ、無理は禁物だからね。まあ、一ヵ月は激しい運動は禁止だね。それと定期的に見に来るから、そのつもりでいてくれるかな?」

「わかりました」

 特に夕華の体に問題は無かったので、夕華に忠告と定期健診をする事を伝えるジェフに、先ほどと同じようなぎこちない笑みで答える夕華。

(やっぱり、こんな若い子にとって傷が残るのは重すぎる……か)

 夕華の笑みを見たジェフは心の中でそう思っていた。今まで多くの人間を治療してきたジェフだが、やはり女性の体に傷が残ると伝える時は心が痛む。無論、目の前で救えたであろう命が消えてしまった時は、悔しさで涙を流す時もあるほどに、自分の実力の無さを呪う事もある。

 だからジェフには、夕華の浮かべたぎこちない笑みが無理をしているようにしか見えない。そういう笑みを何度も医者として見てきたのだから――

「それじゃあ、僕はこれで失礼するよ」

 後ろ髪を引かれる想いのジェフだったが、夕華の事をあまり知らない自分がどんな綺麗な言葉を伝えようとしても、夕華の心には届かない事を今までの経験で知っていた。自分ができる事は心の治療では無い。できるのは患者の身体の治療だけ。だから――

「ユウカちゃんの事お願いしますね」

「……分かりました」

 去り際にメイドのリーシャの耳元で囁くように伝えるだけしかできない。歯痒い思いがジェフの心の奥底で蠢くが、それを抑えて部屋を静かに後にするのだった。



「……そうか。ユウカはしばらく一人にして欲しいと言うのじゃな?」

「はい……食事は後で持って行くと伝えたのですが、その時もあまり元気がなく……」

 場所はセレナの自室。セレナは椅子に座り右手を顎に当て、思案する仕草で机を挟んで目の前に立っているリーシャの報告を聞いていた。報告の内容は、先ほど目覚めた夕華が「一人にさせて欲しい」とリーシャに「お願い」をした事であった。
 夕華が今までそのような「お願い」をする事は無く、このフェスタリアにに来てから夕華が初めて言った「我儘」でもあった。セレナは夕華の意思を尊重しようと決めていた。様々な事がありすぎて、夕華が一時的に混乱している恐れもあるからだ。

「うむ……ユウカの意思を尊重して、しばらく一人に――」

「セレナ様!」

 セレナがリーシャに話している最中に、部屋の扉が激しく音を立てて開く。そこには疲れた表情でありながらも、目には「今日という今日こそは、仕事をしてもらいますぞ!」と言わんばかりの闘志を燃やしている、フェスタリアの重鎮の一人であるマーリンが両手に書類を抱えて立っていた。
 ここ三日。ユウカの看病に付きっきりだったセレナの代理で、国内各地から送られてくる書類に目を通し、様々な問題に対応していたマーリン。どこから入手したのかは不明だが、夕華が目覚めた事を先ほど知ったマーリンは、一直線にセレナの部屋へと急いで向かった訳である。

「マーリン……そこまで大きな声を出さなくても聞こえておると、何度言えば分かってくれるのじゃ?」

 自分の発言を遮られた事に若干の不満を覚えつつも、マーリンに注意を促すセレナ。リーシャも疲れた表情でマーリンを見ている。いや、実際疲れていた。三日もほとんど寝ないで夕華の看病と、己の仕事を確実にこなしていたのだから、疲れもたまるのも頷ける。

「も、もうしわけございません」

 書類を足元に置いて、勢い良く頭を下げて謝るマーリン。いい加減、何度も注意されている事を直す努力をして欲しいと願うセレナとリーシャ。だが、セレナは、自分も言われても直さない悪い癖(無断で外出)が一つある事を思い出し、あまり強く言えないなと心の中で思いつつマーリンに何事かを問う。

「セレナ様、ジパングよりこの前送った手紙の返事が来ております」

 マーリンはそう言いながら、右手に持っていた綺麗な長方形の白い紙を両手でセレナに渡してきた。セレナは予想とは違っていた事に内心驚きながら、マーリンから手紙を受け取る。

 ジパング――

 フェスタリアの海より南に約三週間ほどの距離に位置する、小国と言われるフェスタリアの国土を半分にしたぐらいの島国の名前である。
 帝国やグレンドフォールとは外交関係になく、唯一フェスタリアと外交関係にある国でもある。この十年の間に帝国は、何度か使者をジパングに送っているのだが、王にすら会えない状態であった。グレンドフォール国に至っては、国土が海に面しておらず使者を送ることすらできない。
 そういう状況になっている現在、小国であるフェスタリアが帝国やグレンドフォール国などの強国に攻められないのは、約五十年前のランドール戦役後の三国間による調停もあるが、ジパングという未知の国が後ろでフェスタリア国の為に構えているというのも一因となっていた。

 そのジパングの王である“彼女”からセレナへの手紙。相変わらず“彼女”は独特の手紙を寄こすなと苦笑を浮かべるセレナ。手紙の風を開けると、そこには両端を内側に折り込み、そこからさらに内側へ二つに折ってある紙が入っていた。もし、この場に夕華がいれば、その紙の折り方が両観音折りである事に気づいたであろう。

 その両観音折りにされた手紙を広げるセレナ。その手紙をセレナの隣に移動していたリーシャは見てしまうのだが、フェスタリアや帝国等で使われている文字と全く違う、見たこともない文字が書いてあり、それを見たリーシャは一文字も読めずに固まる。しばらく沈黙が部屋を支配する。

「ふむ……やはりか」

 その手紙の内容を読んでの感想なのだろう。セレナがその沈黙を破るかのように呟いた。その声を聞いたリーシャは驚くしかなかった。いろいろな本を読んできたかといえばそうではないが、一応これでも学校を卒業しており文字の読み書きはできるリーシャ。そのリーシャが読めない文字を、あっさり読んだセレナ。一体何処でこの文字を習ってきたというのだろうか。

「しかし、相変わらずこの『ジパング語』というのは読みづらいのう。そう思わぬか、リーシャ?」

「え、『ジパング語』……ですか?」

 セレナの問いに聞き返してしまうリーシャ。ジパング語という言葉に覚えはなく、今日初めて聞いた言葉であった。ジパング語ということはジパングの国内で使われている言葉というのは、リーシャは理解していたのだが、いったいどうやったらこのミミズのような文字になるのかが不思議でならなかった。いや、そもそもどこをどう読めというのだろうか。読み方すら知らないリーシャにとって、この「ジパング語」(とセレナが言っていた)の文字は理解不可能であった。

 そんなジパング語を見て困惑しているリーシャを見ずにセレナは続ける。

「うむ。『ジパング語』じゃ。このフェスタリアから南の海を真っ直ぐに行った所に浮かんでおる小さな島国『ジパング』の公用語じゃよ」

「は、はあ……」

 表向きは貿易国ではあるが、裏で反帝国同盟を結んでいると聞いた事はある国ではあったが、まさかこんな複雑怪奇な文字を使用しているとは思っていなかったリーシャの返事が抜けた物になるのは仕方ない事であろう。
 その複雑怪奇とリーシャが見て思った「ジパング語」をセレナが知っているのは、数年前に今や亡き父、フェスタリー三世に連れられてジパングに行ったからである。セレナとまだ将軍ではなかったレティーシャは長期間、ジパングで様々な交流をしていた際にジパング語に興味を持ち、読み書きの勉強をしたのが理由であった。その際、現在ジパング国を統治している巫女、弥生(やよい)と親睦を深めたのは言うまでも無いだろう。

 そのジパング国からセレナ宛ての手紙の内容が気になるマーリンとリーシャ。この場でジパング語が分かるのはセレナだけであるので、セレナが読み終えるのと同時にマーリンが口を開いた。

「して、セレナ様。ジパング国のヤヨイ様はなんと?」

「ああ……なに。妾が二ヵ月ほど前にヤヨイに、ユウカ=キシノなる人物、もしくはユウカなる人物がジパング国にいた形跡があるか調査するよう頼んだのじゃよ」

 夕華が“記憶喪失”であると今も思っているセレナは、ジパング国にもしかしたら夕華を知る人物がいるかもしれないと判断し手紙を送っていた。なぜジパング国なのか。それは夕華が、このフェスタリア……いや、ジパング国を除いた国では珍しい黒髪に黒い瞳を持っていたからである。
 フェスタリア国内でも、ジパング国からやってきた人間以外で黒髪の人間をセレナは見た事がなかった。だから、もしかしたら夕華がジパング出身である可能性があるとセレナは思い手紙を書いたのだ。

 それは、夕華の為を思っての事。もし、知人がいるのならば会わせたい。それで記憶が戻るのならば――とセレナ自身が抱いている真の思いや願いを自分に偽って、だ。ただ、彼女、弥生に聞く必要が本当にあったのかどうか、今になってセレナは分からなくなってしまっていた。
 夕華が“何か”を隠している。いや、それ以前に記憶喪失が戻っていたのかもしれない。でなければ「ミナセンパイ」や「母さん、父さん」と譫言(うわごと)を言わないはずだとセレナは考えていた。
 ただ、セレナはそういう人間の記憶に関する知識はからっきしであり、あくまでこれはセレナの憶測にすぎない。心の中でため息を吐きつつセレナは手紙を読み進める。すると

「なん……じゃと?」

 セレナの目が驚きで見開かれた。突然の事に、一体どうしたのかと顔を見合わせるマーリンとリーシャ。二人がいるのに、手紙に書かれている文章を右手の人差指でなぞりながら何度も読み直すセレナ。
 尋常ではない行動にリーシャはどう声をかけるべきか悩む。一方、マーリンはたかが手紙でここまで驚くセレナを見た事がなく、一体どうしてしまったのかと表面上は冷静を保っていたが、内心では激しく動揺していた。

「……ああ、すまぬ。二人もと驚かせてしまったようじゃの」

 と、そんな二人が視界に入ってきたのか、セレナは手紙を一度机の上に置いて謝ったかと思うと腕を組んで考え込んでしまう。その表情は真剣――いや困惑に近いものだった。セレナ自身もどういう事か理解しかねている。そのように見えた。

「あ、あのセレナ様?一体手紙には何と書かれていたのですか?」

「そ、そうですぞ。一体何が書かれていたのですか?」

 今まであまり見た事が無いセレナの姿に動揺を隠し切れていないリーシャが気になっている手紙の内容について問う。マーリンもそれに乗っかるようにして聞いてくる。本来ならメイドのリーシャでは無く、フェスタリア国の重鎮であるマーリンが問うべき質問だろう。だが、セレナの表情、ピンと糸を張ったかのような緊張感がマーリンにセレナに問うタイミングを失わせていた。

「……『ユウカとその母親やもしれぬ人間がいた』という情報じゃよ」

「「母親?」」

 予想外のセレナの言葉に、声が重なるリーシャとマーリン。目を瞑り、一息吐いてからセレナは口を開いた。

「……十年以上前にある女性とその子供が消えたという話しがあるそうじゃ。もしかしたら――」

「その女性の子供が」

「ユウカ殿である可能性が?」

 十年以上前となるとセレナが七歳頃の話しである。セレナと同い年である夕華がその消えた女性である可能性は否定できない。セレナは「あくまで可能性じゃ」と二人に忠告して話しを続ける。

「消えたのは三十歳になったばかりの『ユキコ』と、その子供『ユウカ』いう人物らしいのじゃ」

「ユウカちゃんと同じ名前……?」

 夕華と同じ発音を持つ子供と親が今から約十年前に消えた。これは偶然か、はたまたは同一人物なのか。どう判断すべきか悩むマーリンとリーシャ。その二人の様子を見ながらも、弥生から送られてきた手紙の続きをセレナは読む。

 手紙にはこう書いてあった。当時の事を知っている者の話しではあるが、ユキコなる人物は女性ながら王に近い人物であったとされていた。その側近とも言える人間が唐突に消えたという。
 その日もいつも通り作業をしていたユキコ。その作業が終わった後に「一度子供の様子を見に家に戻る」と近くにいた人間に話したのを最後に子供と共に姿を消した。ユキコとその子供が姿を消した事で、ジパング国の上層部は大騒ぎになったそうで、大勢の人間がジパング全土を捜索するも、死体どころか痕跡すら見つけられなかったとの事。

 もし彼女がフェスタリア方面へ向かったというのなら、船はどこで調達したのか。また約一ヵ月に渡る渡航の為の食料を確保できるのかという疑問。また、どうして王の側近と言われた人物がフェスタリア方面へ黙って向かう必要があるのか?不思議な点がありすぎて、彼女がどうして姿を消したのか分からないと、当時の事を微かに記憶している弥生は綴っていた。

「なるほど……つまりは、ユウカ殿がその『ユキコ』なる人物の子供、『ユウカ』である可能性があるかもしれない……という事ですな?」

「先ほども言ったがの、あくまで可能性の話しじゃよ。マーリン」

 そう言いながら、セレナはこの話しを夕華にすべきかどうかを悩んでいた。これが本当であるならば、夕華の親に合わせる事は不可能であるからだ。夕華の母親を探すと言っても、それは容易な事ではない。
 ジパングという小さな島国の全土を捜索しても見つからなかった人物を、十数年の時を経てからフェスタリア国内……いや、帝国領やグレンドフォール国領でも捜索するとなると、膨大な時間と人員が必要となってしまうからだ。
 セレナはどうしたものかと無言で考えていたが、しばらくして口をゆっくりと開いた。

「……二人とも、この件についてはユウカには一切話さぬよう頼む」

「御意」

「わかり……ました」

 結局セレナが出した結論は、夕華にはこの事を話さないという事だった。迷いもあったが、今の夕華がこの話しを聞ける状況に無いのも事実であった。マーリンはセレナの判断に反対する理由は無く、素直にその指示に従うが、リーシャはそれでいいのかと疑問を持っている様子だった。が、セレナと同様に今の夕華の状態では話しても受け入れられないというのは分かっていた。
 だから、渋々と言うよりか若干疑問を抱きながらもセレナの指示に従うリーシャであった。

「では、セレナ様。こちらの仕事をして頂きますぞ!」

 かなり重低音の聞いた音が部屋に響いた。セレナの目の前には軽く五十枚は超えているであろう書類の数々だった。先ほどまで両手で持っていた書類である。リーシャとセレナはその膨大な量に、驚きのあまり何も言えなくなってしまう。一方で、その書類を置いた張本人であるマーリンは満面の笑みを浮かべていた。

「……ま、マーリン。こ、これは何じゃ?」

 右頬を引き攣らせながら何とか声を出すセレナ。心の中では「こんな膨大な量の書類を片付けろというのか!?」と叫びながら、だ。マーリンはニコリと笑みを浮かべると

「セレナ様が、公務をお休みしている間に溜まりに溜まった書類の山でございます」

 笑顔だが怒っているのは明らかねとリーシャはマーリンの表情を見て、そう思っていた。確かにこの数日間、公務と諸侯や大臣に対する説明をマーリンに押し付けたセレナに原因があると言えよう。
 ただ押し付けたと言っても、負傷してしまった夕華の看病をしていたので、決してセレナが遊んでいたとか、ふざけていたという訳ではないのは確かである。だが、そんな事は関係ないのか、マーリンはニコニコと笑ったままセレナを見ている。冷や汗がセレナの頬を伝い落ちる。
 しばしの沈黙。両者の間にいるリーシャにとって居心地の良いとはお世辞にも言えない空気が部屋を支配する。どうやってこの場から離れようかとリーシャが考えていると

「……はあ。今日ぐらいは休ませて欲しかったのじゃが……仕方あるまい」

 観念した様子のセレナは深々とため息を吐いてからそう言うのが精一杯だった。結局、その日だけでその書類が片付く訳が無く、その日を含め三日ほど書類と格闘する為に拘束される事になるのだった。その間、セレナは夕華に会う事すら出来ないほど、溜まりに溜まっていた公務を片付ける事で限界だった。
 だが、セレナは後悔する。この三日間の一日……いや、五分だけでも会っておけば、夕華があんな行動をしなかったであろうと――



 そして二日後の夜――



 雨の止んだ明け方に近い時間。夕華は椅子に座り何かを書いていた。その夕華の表情は泣く事を堪えているように見える。この二日間、夕華は傷が残ると医者のジェフから言われたショックの中、セレナに事実――異世界から来た事――を話すか話さないかを悩んでいた。事実を話したとして、果たしてセレナが信じてくれるかどうかという不安と同時に、今まで王であるセレナを騙してきた事に対する罪悪感が夕華の心を蝕んでいた。

 そして夕華の出した結論というのが、誰にも言わずに城から去るという決断だった。セレナに迷惑をかけたくないという理由だ。が、セレナに話す事から逃げ出すと受け止められても仕方ないだろう。
 だが、夕華の決断は変わらない。いや、変える事ができない。何故なら、夕華はこの世界ではメイドであり、セレナはフェスタリア国の王である。メイドと王。その立場と、責務の違いについては、歴史好きである夕華は十分に理解しているつもりだ。だからこそ、夕華は城から去るという決断に至ったのだ。

(他人にはどんな事を言われてもいい。でも……これ以上、王であるセレナに、メイドである私が迷惑をかけるわけにはいかない。なら――)

 一粒、二粒と涙が夕華の頬を伝い落ちて紙に滲みこむ。体が小さく震える夕華。涙を耐えようとするも、涙は止まる事はなかった。それでも夕華は涙でハッキリと見えない視界の中、一字一字丁寧に文章を書いていく。自分の想いを込めて――

 しばらくして、夕華が羽根ペンをケースに置いて溜息を吐いた。どうやら掻き終えたようだ。涙の痕が乾くのを待って、自分の知りうる中で最適の折り方で静かに机の上に置く。しばらくその紙を見つめていた夕華だったが、静かに、足音をなるべく立てないように、忍び足で自分がこの世界に来た時に持っていた弓道道具一式や、衣類などの荷物をクローゼットから取り出す。
 今着ている服を脱ぎ、この世界に来た時に着ていた高校の制服に袖を通す。今まで着ていた服を綺麗に畳み、ベッドの上に静かに置いて自分の荷物を持つ。

「ごめんなさい。リーシャさん、セレナ……」

 涙を浮かべた夕華はそう呟いて、部屋を静かに出て行くのだった。徐々に桃色に東雲が染まりつつある時間帯。まだ誰も起きていないという事と、衛兵がちょうど席をはずしていたという偶然もあり、夕華は誰にも見つかる事無く城から去って行くのであった――



次回 二人の戦女神
第十二話「嘘をつきたくない(後編)」
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