愛なき道

オリジナル小説「二人の戦女神」と「リリカルなのはシリーズ」の二次創作を中心に活動中

二人の戦女神第十四話  

 小国フェスタリア北東部の山岳地帯にあるデュジャルダン地方。

 そのシルヴェストル=デュジャルダン公爵が統治しているデュジャンダルの街である問題が起きていた。それは、夜遅くに裏路地を歩いていた女性が何者かに襲われるという事件が多発している事であった。
 最初の被害者は、老舗のヴォルカ防具店の従業員として働くヘルヴィ=ハート、二十三歳だった。その日、ヘルヴィは腰を痛めて店に立てない七十になる店主に代わり、閉店まで店に残り仕事をしていた為、帰宅する時間がいつもに比べかなり遅くなってしまった。
 そんな日の夜に限って、濃い霧が街中を覆い隠していた。その中をヘルヴィは足早に家へと急いで向かっていた。その理由は、彼女が幼い頃に祖母から聞いた伝承が影響していた。
 その伝承はこのデュジャルダン地方に伝わるもので、霧が出た夜遅くに若い女性が外を歩くと吸血鬼に襲われるというもので――

「お嬢さんちょっと宜しいかな?」

「はい?」

 突然、脇道の方向から声をかけられたヘルヴィは足を止めてそちらを見る。そこには黒いシルクハットを右手で持って胸に当てた、正装姿の若そうな紳士が立っていた。髪の色は暗くてハッキリと見えないが銀色のように見えた。
 こんな夜に正装して、しかもわざわざシルクハットまで持っている男に不審を抱きながらヘルヴィは何か用ですかと尋ねる。夜にそんな格好で歩いているとなると、考えられるのは一つ。公爵家――領主であるデュジャルダン公爵――の客人もしくはセレナ王からの使者のどちらかである。だが、もし公爵家関連の人間だったとするならば、こんな夜遅くに一人で歩いているのは不自然である。

 なら、目の前にいる男性は一体何者なのだろうかと心の中で疑問に思いつつ、ヘルヴィは正装をした男性へ近寄る。それが過ちであると気付かずに――

「いえ……ちょっと、貴女の“血”を貰いたくて……ね」

 と、いつの間にかヘルヴィの背後にまわり両肩を掴む男。一瞬の事で何が起きたか理解できないヘルヴィ。しかしヘルヴィは両目でハッキリと見てしまったのだ。その男の歯がまるで犬の牙のように尖っているのを――

「き、キャー!!!!」

 ヘルヴィの悲鳴は夜空へと消えていく。これがデュジャルダン地方で起きた最初の吸血鬼騒動の顛末である。そしてこの吸血事件解決の為にフェスタリアの王、セレナ=フェスタリー=フランツィスカがデュジャルダンに来るまでの間、ヘルヴィの他に十人近くもの女性が犠牲となった――




二人の戦女神 第二部開演
第十四話「その者達は不老不死の身体を持つと伝え聞く」






 夕華が腹部を負傷する事件から一週間と数日が経ったある日の午後。その日、フェスタリア現国王であるセレナ=フェスタリー=フランツィスカは、自室にて職務に励んでいた。
 
いや……彼女の場合、“嫌々職務をさせられていた”と表現するのが正しいか。セレナの隣に静かに立っている、フェスタリア国の重鎮であるマーリンが厳しい視線でセレナを監視しているからだ。
 ここ一ヵ月ほど、セレナが王としての職務を真面目にしていたのだが、セレナがメイド長のリーシャやメイドの岸野夕華とお茶を楽しんでいる事を知ったマーリンが激怒。セレナに王としての職務をしっかりしてもらわないと云々言いだした結果がこれである。

 セレナにとってはいい迷惑であろう。ここ一ヵ月の間で発生した問題と言う問題は、夕華が色々と抱え込んでしまい、セレナ達に黙って城から出て言った時ぐらいである。しかもその前の三日間は、今と同じようにマーリンによって、自室に軟禁状態で仕事をしていた。
 その唯一の問題であった夕華が黙って城から出て行ったのは、つい一週間ほど前の事。最終的に城に戻ってきた夕華だったのだが、戻ってきてからの数日は気まずいのか、セレナ達と話していても、ぎこちない笑みを浮かべていた。が、ここ二日、体調的にいつも通りとまでいかないが、夕華は心の底から笑っている。そんな印象を夕華の先輩メイドでこのフェスタリア城のメイド長であるリーシャは受けていた。そうリーシャはセレナに報告していた。

「マーリン……」

「何でしょうかセレナ様?」

 机に向かって書類に目を通しながらサインを続けるセレナが口を開き、どうしたのだろうかと次の言葉を待つマーリン。セレナは使っていた羽根ペンを静かに机の上に置くと、両手で何かを放り投げるような仕草をしながら

「一日中、こうやって部屋で執務をやっていると、気が滅入って来るのじゃ!」

「仕方ないでしょう、セレナ様。最近、執務をお休み気味でしたので、仕事が溜まってしまっているのですから」

 と、セレナが放り投げるような仕草をした際に、床に落ちてしまった書類を拾いながらマーリンは小さくため息を吐いた。ここ数日、食事の時以外はほとんどセレナの自室にて職務をしているのだから、集中が切れるのも仕方ない事ではある。だが、それでも職務を果たしてもらわないと国が動かなくなる恐れがある。まあ、一ヵ月ほど休んでいても大丈夫なほどの仕事量を、セレナはここ三日で片付けているのだが、敢えてマーリンはその事を言わないでいる。

 セレナは深々とため息を吐いて、どうやって休息をするかを考えていた。そもそも、ここ三日間ほど先週と同じような軟禁状態での職務は精神的にくるものがあった。それに監視付きとなれば尚の事であった。そして、夕華を医師のジェフに無断で連れ出した――本当は、出て行った夕華を迎えに行ったのだが――件が影響して、しばらくの間、夕華を絶対に安静させるようにとジェフから脅しが入り、セレナはここ数日の間、夕華に会えないでいたのだ。

「ユウカは元気にしておるのかの?」

 ポツリと呟いたセレナ。気が気でないといい方もおかしいが、セレナは夕華が本当に安静にしているかどうか不安を覚えていた。
 その呟きを聞いて、セレナがどうしてそこまで夕華に固執するのか理解できないマーリン。確かに“記憶喪失”で返る場所も知らない同い年の少女が目の前にいたら、セレナの性格上放っておけないのは理解している。だが――

(どうしてそこまで気にする必要があるのです?)

 そう。王であるセレナが民を救うのはいい事ではある。いや、それが王としての義務である。だが、メイドという役職にまでして、傍に置いておく事に意味があるのだろうか。一時は帝国かどこかの間諜との疑いもあった少女。どうして、セレナはそんな少女を傍に置くのだろうか?

「セレナ様、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

 その疑問をマーリンはセレナにぶつけてみる事にした。セレナは「なんじゃ」と不満そうに答えるも、内心では安堵していた。これで上手くいけば今目の前に置かれている職務からしばらく手を離す事ができるかもしれないからだ。

「どうしてそこまでユウカ殿の事を気にかけるのか、私には分からないのですが?」

「なんじゃ、その事か。そうじゃの……マーリンにだけは言っておいた方がいいかもしれぬな」

 右手を顎に当ててどうしたものかと考えている様子で呟くセレナ。「何を?」とは聞かずに、セレナの次の言葉を待つマーリン。この場合、急かしても話しにくくさせてしまう恐れがあるとマーリンは考えたのだった。
 一方のセレナは、急かされなかった事に少し安堵していた。急かされても問題は無いと言えば無いのだが、それでも話すべきかを考える猶予は少しでも欲しかった所ではあった。

「ふむ……。マーリン。突然で悪いのだが、妾の父……前王が生きていた頃にジパング国に行ったのを覚えておるか?」

「は……え、ええ覚えておりますが?」

 その事がどうかしたのかと首を傾げるマーリン。確か、セレナが六歳だったか七歳の頃に、何度かジパング国へ前王であるフェスタリー三世が一緒に連れて行った覚えはある。王不在の期間に、国中の仕事をまとめていたのが自分であった事も思い出してしまったマーリンではあったが、それは今は関係ないと頭の中で除外する。

「なら話しは早い。妾とユウカはの、その時に出会って話しをしているのじゃよ」

「は……い?」

 瞬時にセレナの言葉の意味を理解できなかったマーリンは硬直する。いや、この場合は思考が停止したとでも言おうか。十数秒の完全停止の後、マーリンは眉間に皺を寄せ、右手を額に当ててごちゃごちゃになっている思考を少しずつまとめながらセレナに問いかけた。

「会っているというのはどういうことでしょうか、セレナ様」

「その言葉のままじゃよマーリン。妾とユウカはの、幼き頃に会っておるのじゃよ」

 ちゃんと聞いておったのかと言いたげな表情を浮かべるセレナに対し、マーリンは眉間に皺を寄せて考える。セレナが嘘を吐くような人ではないのは、セレナが幼き頃から仕えていた自分がよく知っている。もし、セレナの言っている事が本当だとしてもだ。何故、友であるはずの夕華がセレナに「初めて会った」ような態度を取っているのか。その事にマーリンは違和感を覚えていた。幼い頃の事だから忘れているにしても、セレナがその事――幼い頃に会ったという事実――を話したという事を聞いてはいない。

「何か聞きたそうな表情じゃの、マーリン?」

「ええ……。もし、その話しが本当であるなら、どうしてユウカ殿はセレナ様の事を覚えていないのです?それに、その話しをセレナ様から、ユウカ殿にしたという記憶はないのですが?」

 両肘を机について、掌に顎を載せているセレナに問うマーリン。それに「うむ」と頷きながら、話していない事をマーリンに伝えるセレナ。一体どういう事だ。マーリンは心の中で悩んでいた。ジパング国に夕華がいたとなれば、あちらの女王である弥生やその補佐役の佐治が知っていてもおかしくは無い話では――と考えたマーリンだったが、人っ子一人が行方不明になる事などよくある話しである。覚えていないくて当たり前か――

「確かに、夕華は覚えておらんようじゃった。妾も最初は分からなかった。じゃが……しばらくしてから確信したのじゃよ。この女子(おなご)がジパングで会ったあの少女だと」

 儚げな笑みを浮かべながらセレナは続ける。夕華と会ったのはジパングに初めて行った六歳の頃。その頃のセレナは、本当であるなら母の故郷、ヘリーシャムで貴族として、また次の国を支える人間として勉強や武術を学ぶ時期であった。だが、本人の強い要望と、ジパング国の時の女王だった壱与の希望により、父である王フェスタリー三世と共にジパングへ赴いていた。

 その時、まだ幼くして次期ジパングの女王となると壱与が話していた、自分よりも一つ年下の弥生に出会い、その場で意気投合したセレナ。その際に、弥生や壱与からやや離れた位置に立ち、弥生をジッと見つめて、セレナ達の会話に入りたそうにしていた女の子がいた。それが幼き頃の夕華だった。
 その夕華の隣には整った顔立ちに、黒い目、そして後ろで一本に縛った長くて綺麗な黒髪が特徴の女性がいた。その女性こそ壱与の補佐役であり、夕華の母である由紀子であった。なんでも、ジパング国統一に尽力したとの事らしいが、当時のセレナから見た由紀子の評価は「優しそうなお母さん」というものだった。

「それでの、会談の後に、子供達だけで遊ぶ事になっての……遊んだ後に妾はその少女に、妾が持っていた本を渡したのじゃよ。友達となった証しとしての。そしたら、その少女は満面の笑みで感謝の言葉を妾に言ってきおっての。それが印象的で、今もまだ覚えておるのじゃよ」

 そこまで話し終えたセレナは一息ついてから、「そうじゃ。マーリン、これを」机の引き出しから一通の手紙を取り出して

「妾が夕華について、ジパングのヤヨイに問うたのじゃが、面白い返事が帰って来ての」

 と言いながらマーリンにその手紙を渡す。ジパング国の弥生からの文章は日本語で書かれているのだが、丁寧な事にその文章の後にフェスタリアや帝国で使用されている言語、大陸語で同じ内容が書かれていた。これならばジパング語を読めないマーリンでも読めるというもの。
 その手紙を受け取ったマーリンは、何度か手に持った手紙とセレナを見る。本当に自分が読んでも構わないのかと確認しているようだった。それに気付いたセレナは小さく頷いてみせた。
 それを見たマーリンは小さく頭を下げて「では……」とだけセレナに断りを入れてから手紙を読み始める。しばしの沈黙。セレナは腕を組んでこの問題とは違う事を考えていた。それはここ数カ月、奇妙な事件が一部の都市で起きている事であったのだが――

「……これは本当ですか、セレナ様?」

 と、セレナがその事件の事を考えようとするとほぼ同時に手紙を読み終え、驚愕の表情を浮かべたまま問いかけてくるマーリン。そのタイミングの悪さに舌打ちをする事なく静かに頷くセレナ。重要な案件ではあるが、セレナが考えようとしていた事件については、後ほど詳しい報告がくる事を彼女は思い出していたからだ。一度思考からその事件の事を外し

「どうやら、ユウカとその母であるユキコなる人物が、妾がジパングからフェスタリアへ出向した翌日に姿を消したというのじゃよ」

「そのようですな……」

 弥生がその事――夕華なる人物が消えた事――をハッキリと覚えていると付け加えるセレナの表情は晴れない。それもそうだろう。もし、今このフェスタリアにいる夕華がその姿を消した少女と同人物であるなら、今までどこで何をしていたのかという疑問。それと、母である由紀子は一体何処へ?
 その時、セレナの頭の中で“異世界”というキーワードが思い浮かんだ。そのキーワードはつい一週間前に、夕華がセレナに話した“事実”で出てきた言葉。知っているのはセレナと話した本人である夕華の二人だけ。

(そうじゃったな。……夕華は“異世界”から来た。ならば考えられる事は一つじゃな)

 足を組み、右手を口に当てながら“異世界”というキーワードを考えるセレナ。“異世界”というパズルのピースが一つ一つ音を立てて組み込まれていく。そしてセレナが出した結論は――

(ユウカの母、ユキコなる人物は異世界にいる)

 その結論に至るまで一分にも満たない時間。結論を出してからも、セレナはそれをおくびにも出さないでマーリンに

「マーリン。この件については他言無用じゃ。まだ分からぬ事だらけで、ユウカに話そうにも話せぬのが現状じゃ。余計な負担はかけとうない」

「御意」

 と、現時点では誰にも話さないように命じるのだった。不確定な情報で夕華を傷つけるような真似はしたくないのだろうとマーリンは思っていたが実際は違う。“異世界”という未知なる場所から夕華が来たと話したとしたらどうなるかをセレナは考えていたのだ。
 ある人間は「そんな事はあり得ない」と一笑して終わるだろう。そしてある人間は、疑いや夕華が“おかしな人物”であるという目で見るであろう。
 そうなってしまうと、夕華にかかる心的負担は大きくなってしまう。そうセレナは考え、“異世界”の話しを自分の中で封印した。知っているのは夕華と自分一人だけで十分だと考えたのだ。それが信頼するマーリンやメイド長のリーシャへの裏切りと理解しながらも、
セレナはそう判断したのだった。

 数秒間、沈黙が部屋を支配した。マーリンはどのタイミングで「さあ、続きを」と言おうか悩んでいた矢先だった。突然、部屋の扉をノックする音が響いた。昼食は既に取った後で、午後のお茶の時間にしては早すぎる。それ以外となれば、何か問題が起きたのか。
 セレナはマーリンを一瞥すると、マーリンはやれやれという表情をしていた。まさかこういう時に限って邪魔が入るとは思ってもいなかったようだ。それでも約三日で一ヵ月分以上もの仕事量をセレナはこなしたのだから、それでよしとしようとも思っているマーリンであった。

「誰じゃ?」

「セレナ様、シルヴェストルです。今お時間よろしいでしょうか」

 扉越しではあるが男の渋い声が聞こえてきた。セレナは「入るがよい」と答えると、律儀に「失礼します」と言ってから扉を開けたのは、ルーカウスに似た燃えるような赤髪が特徴的な男だった。男の名はシルヴェストル=デュジャルダン、三十五歳。夕華の処遇を決める時の話し合いにも参加しており、その際に夕華を泣かせた男なのは記憶に新しい所ではあるか。髪の色がルーカウスと同じ色ではあるが、血が繋がっているとか、従兄弟という話しは全くないとの事らしい。
 そのシルヴェストルは入ってきて一礼すると口を開いた。

「セレナ様、この間の吸血鬼についての報告に参りました」

「ふむ……その様子だと何か進展したようじゃの?」

 前回の報告ではデュジャルダン地方で、一週間のうちに若い女性が夜の街を歩いていると何者かに襲われるという事件が発生。うち数名の首筋に何かに噛まれたような跡が残っていたと報告書に記述されていた事を思い出すセレナ。
 それを聞いたセレナの下した指示というのが、もう少し詳細な情報を集めて来いというものであった。その指示を受けたシルヴェストルが報告に来たという事は、何らかの進展があったのか、はたまたは新しい情報を入手したかのどちらかであろうとセレナは予測していた。

「はい。実はあの後、吸血鬼による犯行と思われう事件の被害者が増え、危うく命を落としかける女性も出てきている事態でして……」

 と苦虫を何匹か噛み潰したかのような表情でシルヴェストルは続ける。その後、一ヵ月の間に、十二名の女性が吸血鬼騒動の被害者となっている事。その十二名の半分に値する六名の女性の首筋に噛まれたような跡が残っていた事。また、その噛まれたような跡が残っていた女性の全員が、噛まれる前の記憶が無い事。そして、記憶を無くしている時刻が全員夜遅くという事。

「……着衣などの乱れは?」

「それは無かったとの事です」

 ふむと呟いて腕を組むセレナ。もし、十二人の女性が襲われた中で、何人か着衣の乱れがあったとすれば、それは模倣犯の仕業の可能性も出てきたのだが、そうではない事にセレナは頭を悩ませる。本当に犯人が吸血鬼だとするのならば、どうしてこの地域だけを集中的に襲っているのだろうか。もし、セレナが犯人だったら、広範囲で人を襲う。その方が捕まりにくくなる。それに広範囲かつ多くの人々が不安になる。
 ただ、犯人の吸血鬼がそういう人の不安を煽って楽しむような快楽主義者だったら、違う可能性がある。セレナはそこまで考えて一息をつくと

「事件の概要は分かった。さて……問題なのは、この吸血鬼騒動をどう解決するかじゃな」

 どうするもこうするもないのだがなと心の中で呟くセレナ。賊なら討伐の為に軍を編成してその場に赴けばいいのだが、今回はそうもいかない。相手が吸血鬼であり、騒動の中心となっているデュジャルダン地方に潜んでいる可能性が大きい今、大勢の兵を引き連れて吸血鬼を討伐しに行くのは、デュジャルダン地方に住んでいる住民達に不安を与えかねない。それらを考慮してセレナが出した策は一つだけだった。

「しかし……どこに隠れているか分からないのが現状です。それをどう対処するか……」

 と、歯切れの悪いシルヴェストル。だが、シルヴェストルの言わんとしている事はセレナは理解していた。今、手元にあるの情報では吸血鬼は“夜遅くに若い女を襲っている”とだけしかわかっていない。その吸血鬼の姿を見た者は誰一人としていない。だが、セレナには一つの策があった。それを言ったら二人の表情がどうんな物になるだろうかと期待しながらセレナは口を開いた。

「何、簡単な事じゃよ。妾自ら囮になればよいだけの話しじゃ」

「「……い、今なんと仰られましたかセレナ様!?」」

 と、息ぴったりにセレナに問いつめるマーリンとシルヴェストル。一国の王であるセレナが自ら囮になると宣言したのだ。セレナの片腕でもあるマーリンですら驚くのだから、驚かない人間がいるわけがないだろう。そんな驚きの発言をした本人であるセレナは、やれやれといった表情でため息をひとつしてから

「マーリン、シルヴェストル。少々声の大きさを小さくせよ。耳が痛くてかなわん」

「も、申し訳ございません」

「セレナ様!そう言って誤魔化そうとしても無駄ですぞ!」

 と、すぐさま頭を下げて謝罪するシルヴェストルと、その正反対を行くかのように机に両手を叩きつけ、セレナに飛びかかるのではないかというぐらいの勢いのマーリン。一国の王であるセレナに万が一の事があればそれはもう只事で済むはずがない。一歩間違えればセレナが命を落としうる可能性もある。そうなれば、フェスタリア国の国王が不在という緊急事態に陥る。
 そうなった場合、各地方の力を持つ公爵達がその地位を狙わんと首都へ兵を連れてくるのが目に見えているマーリン。内戦状態に陥り、最悪フェスタリアという国が無くなる――それだけは何としても避けねばならないとの思いがあるからこそ、マーリンは簡単に自らを囮にすると言ったセレナに対して厳しい態度で臨んでいるのだ。

「セレナ様は、吸血鬼というものを知っておられるのですか!?」

「知っておる」

 激怒しているマーリンの問いに対して静かな声で答えるセレナは小さくため息を吐いてから吸血鬼について自分が持つ知識を確認するように話す。

「彼の者は不老不死の身体を持ち、狼のような牙を持っていると伝え聞くの」

「それと凶暴だというのをお忘れなく!」

 そう大きな声で発言をするマーリンにセレナはウンザリした様子を浮かべた。ただ、それと同時に、幼い頃に前国王である父フェスタリー三世から吸血鬼について聞いた事があるのを思い出していた。
 それを聞いたのは、何かの本で吸血鬼が活躍するような物語を読んだからだったな、と場違いな事を思い出しつつセレナは今も大きな声で「王たるものがそう簡単に危険な個所に行くべきではない」と話しているマーリンに

「しかしのマーリン。相手はまだ吸血鬼と決まった訳ではない。それに女性を標的にしているとなるならば、我がフェスタリアの将軍達では囮役ができぬのが現状じゃ」

 相手は女性のみを襲っている相手だ。男性の将軍が囮になろうにも、体格ですぐに分かってしまう恐れがある。それをセレナは言っているのだ。ただ、将軍の中にも女性がいない訳ではない。普段は帝国とフェスタリア国の国境付近を警備しているレティーシャ=ブリューネル将軍がフェスタリア国で唯一の女性将軍である。
 そのレティーシャを国境警備から外してまで囮役にするのは危険すぎるというのがセレナの判断である。レティーシャが国境警備をしている表向きの理由は、いつ現れるか分からない盗賊との戦いに備えるものである。しかし真の理由は違う。それは――

「確かに女性の将軍ではレティーシャがおるが、レティーシャをそう長い期間国境警備から外すのは危険じゃ」

「それは……そうですが……」

 と言葉を濁すマーリン。レティーシャを国境警備から外せない理由は、この場にいる三人は知っている。だからマーリンも反論しようにもできなかった。反論したとしても、最終的にレティーシャを国境警備から外すことは不可能。ならば、今マーリンが考えるべき事は一つ。どうやってセレナを説得して囮役を諦めさせるかである。
 だが、残念な事にマーリンには説得させうるだけの材料が無い。このままでは王であるセレナ自ら吸血鬼騒動が発生しているデュジャンダル地方へ赴き、囮役となり夜を歩く事になってしまう。どうすればいいかをじっくり考えている暇もなくマーリンは口を開いた。

「し、しかし、セレナ様。万が一、セレナ様の身に何かあった場合、国が――」

「国など妾がいなくても動くではないか。しかし命を落としたとなると別じゃな……ふむ」

 と、そこまで考えていなかったと言わんばかりに腕を組んで考え込むセレナ。正直なところ、セレナは自分が命を落とすような事は無いと判断していた。それは今回の犯人が“誰一人として殺していない”からだ。だからと言って、それがセレナの命の保証をする訳ではないのも事実。
 しかし、だからと言ってレティーシャが行けないとなると、誰がデュジャンダルに行くかが問題である。女性で実力のある人間となると、このフェスタリアにはセレナとレティーシャ以外思い浮かぶ人間がいないのだ。他国であるならば隣国のグレンフォールの女将軍、レオノール=アルベールがいる。だが、今回はフェスタリア国内での問題でもあり、下手にグレンフォール国から将軍が動いたとなれば、ラースティン帝国が黙っている訳が無い。
 「打倒帝国を企んでいる恐れがある云々」で戦争を仕掛ける理由を作らせてしまう恐れがある。それだけは避けねばならない。グレンフォールとフェスタリアの二国だけでは帝国に太刀打ちできる戦力は無く、無暗に戦争を起こして国民を傷つける訳にいかないのだ。

「……やはり妾しかおらんではないか」

 と天井を見上げて呟くセレナ。あちらを動かせばこちらに問題が起きる。逆もまた然り。だが、セレナ本人が動いた場合の問題は少なく済む……訳がない。先ほどマーリンも言っていたが、万が一セレナが命を落とした場合の事を考えると問題はこちらの方が大きいか。
 しかし、今こうして悩んでいる間もデュジャルダンに住む国民が暗くて不安な表情を浮かべている。それを思うと居ても立ってもいられないセレナ。

 王として自分がすべき事。国内の安定は勿論の事だが、国民の不安を取り除くのも王としての責務であると考えていた。王として一番いいのは国民全員が「幸せだ」と思ってくれている事ではあるが、そんな全員右向け右のような事になる訳が無い事はセレナも理解している。誰かが幸せになれば、どこかで誰かが不幸になっている。それが世の中というものである。
 とは言えど、今回の件は吸血鬼という人外が相手である。これ以上被害を拡大させれば、国内で混乱が起きる恐れもある。だからこそ、今この場での判断を間違えるわけにもいかないのだ。とは言えど、セレナの中では判断は決まっているのだ。後は目の前にいるマーリンをどう説得するかである。

「マーリン「駄目ですぞ」……妾はまだ何も言っておらんのだが?」

 発言しようと名を呼んだ瞬間、マーリンが即座に却下してきたので、ジト目でマーリンを見るセレナ。自分の発言を遮られたのだから気分が良い訳が無いだろう。しかし、そんな事に屈するようなセレナではない。というより、そんな事で屈していたら王など勤まらないのが現実である。一息ついてからセレナが再び口を開く。

「マーリン。妾はシルヴェストルと共に『デュジャンダル地方の視察』をしたいのじゃが?ああ、勿論『無茶な事はしない』と誓っておこう。ただ単に『視察をしに行くだけ』じゃ。それなら問題もないじゃろう?」

 嘘だ――とセレナの発言を聞いたマーリンとシルヴェストルは心の中で思っただろう――いや、実際に思っていた。しかし、そう発言されれば返す言葉も見つからないのか、はたまたはもうどうにでもなれとでも思ったのか、マーリンは項垂れ、疲れた声で

「分かりました……が、本当に無茶はなさらぬよう……」

「分かっておる。妾も子供ではない」

 と、両腕を組んで背もたれに背中を預けて少々不満げな表情で反論するセレナ。それを見ていたシルヴェストルは、「そういう所が子供のようだ」とは口が裂けても言えないのだった。
 こうして、セレナがシルヴェストルと共にデュジャルダン地方へ向かう事が決まった。それに乗じて、セレナはリーシャ、そして医師のジェフと相談した結果。まだ傷が癒えていない夕華をセレナの故郷でもあるヘリーシャムにて休ませる事にした。本来、メイドが休みを取る場合のほとんどは故郷に帰るのが通常である。だが、こちらに故郷も無く知り合いもいない夕華。それを知っているセレナは夕華の事を思って、比較的安全である自分の故郷、ヘリーシャムで休ませるのを選択したのだ。
 そういう経緯があって三日後。セレナとシルヴェストルは、十数名の兵を引き連れてデュジャルダン地方へ馬を走らせ、夕華はヘリーシャムへブルーノ=ベネディクトと共に向かうのだった。



 太陽の光すら届かない暗い暗いベッドすらない部屋の中、一人の男が黒いコートを毛布代わりにして静かに床に横になって眠っていた。そう、文字通り“眠っている”のだ。呼吸をしているのかしていないのか近づいても分からない。生きている人間とは思えないほどの蒼白な汚れ一つない綺麗な顔に白い指先。そんな男の指が微かに動いた。

「う……む」

 眠りから覚めたのか、ゆっくりと上半身だけ起こす男は左右を見渡して首を傾げる。数秒首を傾げたかと思うと、当然両手を叩き

「そうか。ここで仮眠を取っていたのだったな」

 と納得した様子で呟く男。どうやらどうして自分がここにいるのか理解できなかったようだ。この場所にいる事を理解した男は立ち上がりコートを左腕に持つ。その姿は男の中では細身ではあるが、男性の中でも高い部類に入るであろう身長の持ち主だった。納得した様子の男は体をほぐしながら独り言を続ける。

「少々美味しくない女性を食べすぎたようだ。最近は全く声をかける事も出来ぬ」

 何がどう美味しくないのかと尋ねる者がいないこの部屋で、男が呟いた意味を知る者は男以外にいない。しばし腕を組んで何か考える様子を見せていた男は天井を一度仰ぐと

「だが、そろそろ上玉が来る頃合い。楽しみで仕方が無いな」

 と不敵な笑みを浮かべた男の口からかすかに見えた歯は狼のような鋭い牙が微かに見えた――






次回 二人の戦女神
第十五話「その者達は血を求め闇夜を彷徨うと伝え聞く――」

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