愛なき道

オリジナル小説「二人の戦女神」と「リリカルなのはシリーズ」の二次創作を中心に活動中

二人の戦女神第十五話  

 ここまで怯えているのか。
 金に輝く腰まであろう髪を風に靡かせながら、甲冑姿のセレナはフェスタリア国の北東に位置するデュジャルダンの街を歩きながらそう感じていた。今、フェスタリア国の王である彼女が歩いている場所はデュジャルダンの中央通り。本来であるなら、多くの人達が通り賑わいのある通りであるのだが、今はセレナとその横で彼女の護衛で一緒に歩いているこの街を治めるシルヴェストル=デュジャルダン公爵、その人だった。
 今、セレナ達があるいている時間は昼を過ぎたばかりである。まだ商人や街の住人が買い出しに出かけていてもおかしくは無いはずなのである。
 だが、今は住人達は家から極力出ないようになっている。今回、王であるセレナが“視察”という形で、デュジャルダンの街に赴いた理由がある。それは最近、このデュジャルダンの街で起きている“吸血鬼による女性襲撃事件”の調査という名の “吸血鬼の討伐”である。

 デュジャルダンの街で起きている吸血鬼事件。その被害者は既に十人を超えており、その内の何人かには首筋に噛まれたような跡があった――という情報もこの街に来る前に聞いていた。そして目撃証言を自ら聞こうと思っていたセレナだったが、恐怖に支配されている街の住民たちがそう簡単に話してくれるとは思えず、隣を歩くシルヴェストルが話すこの街に何があるか説明を聞きながらどうしたものかと考えていた。




二人の戦女神
第十五話「その者達は血を求め闇夜を彷徨うと伝え聞く――」






 デュジャルダンの街。フェスタリア国内でも一、二を争うほどの炭鉱で栄えている街である。本来であるなら、夕方となれば炭鉱で働いて帰ってきた男達が街の酒場で騒ぎでも起こしていてもおかしくは無い。だが、ここ数日、酒場も静まり返っているのが現状だった。この酒場のマスターであるジャック・ハーヴェイも、ここ数日の客数の落ち込みに深々とため息を吐くしかなかった。今年で六十歳になるが、今のような状況を経験した事が無いジャック。例え戦争が起きたとしても、兵士達が気分転換に飲みに来る事があり、ここまで人が皆無という状況にはならなかったのだ。
 その本来の姿とは違う静かすぎる酒場の扉が盛大に開いた。カウンターでグラスを磨いていたジャックが入口の方に視線を向けると、そこには金色の髪を腰まで伸ばし、銀に輝く甲冑に身を包んだ碧眼の少女とも見える年齢の騎士が立っていた。その後ろにいるのは、ここの領主でもある燃えるような赤い髪が特徴的なシルヴェストル=デュジャルダン公爵だった。公爵が女騎士を連れてこんな所――酒場――に足を運ぶだなんて珍しいと思いながらジャックは持っていたグラスを置いて一礼をし

「これはこれは公爵様。今日はどういった御用件で?」

「いや……今日は私じゃなくてだ……」

 と、チラチラと隣にいる少女とも言える騎士を見るシルヴェストル。その様子にハテ?と疑問を抱きながら様子を窺うジャック。その少女騎士はぐるりと酒場を見まわしたかと思うとゆっくりと、それでいて姿勢正しくカウンターへ向かってきた。そしてカウンター席に座ると入店してから初めて口を開いた。

「マスター、少々話を聞きたいのじゃが……その前に何か飲み物を出してくれぬかの。ずっと歩きっぱなしで妾は少々疲れた」

 と、少女の中でも低い部類に入るであろう疲れた声を出しながらと疲れた表情を浮かべた少女……もといセレナ=フェスタリー=フランツィスカ現国王。その眼の前にいる騎士姿の少女が王である事を今だに分かっていないジャックは、苦笑を浮かべながら律儀にも飲み物を用意する為に一度店の奥へ消える。

「せ、セレナ様」

「なんじゃ?」

 ジャックが店の奥へ行ったのを確認した後、シルヴェストルが慌てた様子でセレナに声をかける。それもそうだ。一国の王が身分を隠してまで酒場に来ているのが周囲の人間達に知られてしまったら、御供している自分が大臣であるマーリンに責められるのは火を見るよりも明らかであるからだ。シルヴェストルは今すぐにでもセレナを自分の館に連れて行かねばと焦っていた。

「身分を隠してまで酒場(こんな所)にセレナ様自らが足を踏み入れる必要はないかと……」

「いや、現在の状況なら必要なのじゃよ、シルヴェストル」

 両肘をカウンターにのせて両手の上に顎をのせたセレナはハッキリとシルヴェストルの発言を否定する。それは彼女がこれまで多くの自国民と触れ合ってきた中で学んだ事が否定する理由だった。今回のような吸血鬼が問題になる事は無かった。だがセレナは盗賊や、民を傷つける真似をする役人のせいで活気の無くなった街を数多く見てきていた。
 だからこそ分かるのだ。こういう時の情報を集めるには、今いる酒場のような情報が集まりそうな場所へ自ら足を運んで情報収集するしかない……と。住民たちがここまで怯えているのなら尚更である。住人達に話しを聞こうにも聞けない状況だ。
 ならば、開店休業中の酒場で話しを聞くのが最善とまで行かないだろうが、ひとつの手であるのは間違いではないだろう。ただ、この酒場に入ってから気になるのはマスターしかいないはずなのに、“誰かに見られているような視線”。大体の場所は分かっているのだが、しかし何の為に?

「はい、お嬢さん。お待ちどうさま」

 思考の海に入りかけたセレナの目の前にカタンと音を立てて置かれる一つのカップ。一度考えるのを中止してカップを見るセレナ。その中身はミルクたっぷりの紅茶が入っていた。それを見たシルヴェストルが慌てた様子で中身を変えるようにジャックに言うよりも早く、セレナがその紅茶に口をつけていた。それを見た瞬間、シルヴェストルはあんぐりと口を開けて呆然とその様子を見ていた。

 王であるセレナにミルクたっぷりの粗悪(であろう)紅茶を飲ませたという事実。これだけでも極刑になってもおかしくは無いとシルヴェストルが勝手に思っていたからだ。実際のところは、セレナがそんな単純な事で人を断罪するかと言えばそうではないのだが、どうやらこのシルヴェストル、王という立場の人間がそうそう安物の紅茶を飲む事を許せないようだ。そんなシルヴェストルの様子に気付いた素振りも見せないセレナは小さく頷いてカップを静かに置くと

「マスター、なかなか良い紅茶を使っているようじゃが、ミルクが少々多すぎるの。せっかくよい茶葉を使っておるのなら、紅茶だけで味を楽しみたいものじゃ」

「これは失礼をした。お嬢さんは紅茶の味を知っているようですね」

 と若干不満そうな表情を浮かべながらもマスターのジャックと少し楽しそうに会話するセレナ。マスターであるジャックの方も茶葉の事で褒められるとは思っていなかったのか、かなり頬が緩んでいる。最近では紅茶を出す機会も減ってきていており、自分で楽しむ程度になってきていたのだが、目の前にいるセレナが紅茶の味を知っている。それだけで彼が喜ぶには十分だった。

「お詫びとして、ミルクを入れていない紅茶を出させてください。これは私の奢りですので、お気にせず飲んでください」

「よいのか?なら、そのご厚意に甘えさせてもらうとするかの」

 こちらはこちらで、ミルクの入っていない紅茶が飲めると聞いて見た目通りに目を輝かせているフェスタリアの王であるセレナ。シルヴェストルはそのセレナの姿を見て少しだけ頭が痛くなったが、時として王ではなく“セレナ=フェスタリー=フランツィスカ個人として”こういう気を抜く事も必要だ、と無理やり思い込むことにしたらしく、右手を額に当てて小さくため息を吐いた。そのシルヴェストルの様子に気付いていないセレナは、ジャックと紅茶についてかなり話し合っていた。

「での、妾の友であるユウカがの紅茶を入れるのが上手でな――」

「ほう……それは興味深い話しですね。是非、次の機会にでも連れて来てもらいたい。その子の淹れ方を見たいので」

 と、会ったばかりだというなのに昔からの友人だったかのように紅茶談義をするセレナとジャック。セレナが「どうして酒場なのに紅茶なのじゃ?」と問うと、ジャックは家で趣味で飲んでいた紅茶を「こっち(酒場)でも出したらどう?」と家族が提案した事から、昼間のメニューに加えられたそうだ。酒場で出すのならと、茶葉は自分が飲んでいた物より少々高めの物を業者に納品させているそうで、それがまた昼間来る客に好評との事らしい。いつものこの時間なら十人にも満たない程度ではあるが客がいるのだが――

「この騒動……吸血鬼の影響じゃな?」

 周囲を見渡しながらセレナが問うと、苦笑いを浮かべながらその問いに頷くジャック。騒動が起きた直後はまだよかった。だが、被害者が増えて行くにつれて客足は鈍っていき、最終的には昼間も夜間も酒場にマスターであるジャック以外誰もいないという状況になってしまったという。
 従業員に若い女性が三人ほどいたが、夜遅く仕事が終わってしまう為、ジャックの判断でしばらくの間休みを与えて、被害を被らないように工夫をしているとの事らしい。その休みの間の給料は保証しているらしく、こういう時でも酒場を開けているのは彼女達の給料を確保するためだとジャックは語る。それを聞いたセレナはジャックの従業員に対する考え方に驚いた。今まで多くの経営に携わる人間を見てきたが、ジャックのような従業員を思いやる人間は全くいなかった。

「そなたは思いやりのある人間なのだな」

「まあ……彼女達にも生活がかかっているし、まだ未来もある。私のような老いた人間が時として頑張らなければいけない時がありますから」

「それを思いやりがあると言うのじゃよ、マスター」

 クックックッと楽しげに笑うセレナ。セレナの後ろに控えているシルヴェストルはいつになったらこの会話が終わるのだろうかと内心思っていた。シルヴェストルにとっては、このような酒場にいても情報など入手することなどできないと思っているからだ。そのシルヴェストルが「早く終わってくれ」と思い始めていた時だった。セレナ笑うのをやめて、盗賊を討伐する際に見せる真剣な表情を浮かべたのをシルヴェストルは見逃さなかった。

「さて、マスターよ。少々聞きたい事があるのじゃがよいか?」

 テーブルの上に両肘を置き、手の上に顎を乗せて爽やかな笑みを浮かべながらジャックに問う。この酒場に入ってから違和感を覚えているセレナ。ジャックは、騎士であろう少女がこんな平凡な酒場のマスターに何を聞くのだろうかと首を傾げながらも頷いた。それを見たセレナは満足そうに小さく頷いてから

「本題の前に……ここに隠れておるのはマスターの傭兵か何かかの?」

「……何のことでしょうか?」

 セレナの問いの意味を分かりかねると言いたげに大袈裟に肩を竦めるジャック。セレナの後ろに立っているシルヴェストルは、左腰に差している剣の柄に手を伸ばしていた。彼も入店時から視線を感じていたが、セレナの背後を開けるわけにいかなかった為、警戒だけはしていた。だが、今のセレナの発言により酒場の空気が先ほどまでの温和な感じから、冷え切った空気へと変貌した。それが意味する事はただ一つ。目の前にいるマスターであるジャックが嘘をついているからだ。

「嘘は好ましくないの、マスターよ」

 立って剣を構えるわけでもなく、セレナはそのままの姿勢で視線をジャックに向ける。まるでこの状況を楽しんでいるかのように見えるセレナ。しばしの間を置いてから優雅に紅茶を飲むぐらいの余裕を見せてから

「そなたが何をしようとしているかは知らぬが、妾はこの度の“吸血鬼事件”を解決しに来ただけじゃ」

「……その言葉に偽りは?」

 腕を組み右目だけ開けてセレナを見るジャック。その姿はまるで数多の戦場駆けた歴戦の将そのもの。だが、その威圧にも近いジャックに動じないセレナとシルヴェストル。セレナとシルヴェストルは数多の戦場で死線を何度も潜り抜けてきた戦士だ。セレナに至っては現国王である。このぐらいの事でいちいち動揺していては兵の指揮に関わるというもの。セレナはジャックの質問に小さく笑ったかと思うと真剣な表情で

「妾を誰と思っておるのじゃ。このフェスタリア国の王であるセレナ=フェスタリー=フランツィスカじゃぞ?そんなくだらぬ嘘は吐かぬ」

「え……こ、国王様!?」

 突然のセレナの名乗りに驚きを隠せないジャック。ジャック以外にも驚きのあまり声が聞こえ、セレナはムッと少々険しい表情を浮かべたかと思うとジャックの方を向いたままシルヴェストルに声をかけた。

「シルヴェストルよ」

「はっ、何でございましょうか?」

 辺りを警戒しながらもキチンと答えるシルヴェストル。きっと隠れている連中に対して攻撃をしてもいいとの命令が下されるのだろうと勝手に期待するシルヴェストル。だが、その期待は呆気無く裏切られる事になる。

「妾は名乗っておらんかったかの?」

「……ええ、ここに入ってからセレナ様は一度も名乗っておりませぬ」

 と答えたシルヴェストルは表情には出さなかったが、自分の期待とは全く違うセレナの問いに心の中で落ち込んでいた。一方で、その返答を聞いたセレナは「妾とした事が……」と小さく呟いてから天井を見上げたのだった。



「しかし……セレナ様程の御方がこんな酒場にやって来るとは思いもしませんでした」

「何、妾もこういう所は案外に好きなのだよ、マスター」

 どこか間の抜けたやり取りをするジャックとセレナ。そのやりとりに先ほどまでの緊迫した雰囲気ではなく、どこか穏やかな空気すら流れているような錯覚を覚えるシルヴェストル。今、シルヴェストルはセレナの命令により、セレナの左側に座っている。ただ、現在の状況はあまり好ましくないとシルヴェストルは思っていた。その理由というのは――

「しかし……そなたらが吸血鬼騒動を解決しようと集まっていたとは思わなんだ」

「私達としては、自分の住んでいる街ぐらいは自分たちで護ろうと提案して、賛同者が初めて顔合わせていた最中だったので……」

 そう。隠れていたのは吸血鬼騒動によって活気の無くなった街を元に戻そうと集まった血の気が多い――いや、この場合は正義感の強いというべきか――若者達だった。七人という少数ではあるが、このデュジャルダンの事を思って集まった精鋭に変わりないだろう。
 だが、シルヴェストルの若者達への評価は厳しいものだった。セレナが隣にいるので黙ってはいるが、戦場にも出た事もない人間が“吸血鬼”を相手にするのはあまりにも無謀だ。見た所、剣を握った事があるとは思えない体格。戦場に出たら即座にそこら辺で血を流して絶命しているのが目に浮かぶ。その事をセレナも分かっているであろう。だが、それをおくびにも出さない所は流石は王といったところか。

 数十分程の会話をしていく中で、王であるセレナが今回の件で一緒に動いてくれると勝手に決め付けて盛り上がって行く若者達。それを見てシルヴェストルは心の中で深々とため息を吐いた。ハッキリ言えば足手まといであるこの若者達と一緒に討伐に行ったら、きっと生きて帰ってこれるのは二人だけだろう。その二人というのはセレナとシルヴェストルだ。“どんな状況であろうと生き残る”という術(すべ)を持ち合わせていない彼らは、間違いなく吸血鬼の被害者となるであろうとシルヴェストルは彼らの会話を聞いていて思っていた。
 セレナもそれは分かっているであろうとシルヴェストルはチラリと自分が仕えているセレナを見ると、セレナは右手を顎に当てて眉間に皺を寄せていた。その姿を見てシルヴェストルは「おや?」と首を小さく傾げる。吸血鬼討伐に彼らの参加をただ断ればいいだけの話しなのだが、一体全体どうしたのか。セレナは何かを思案している素振りを見せているではないか。
 そんなセレナの様子に気付いていない若者達の会話がどんどん盛り上がって行く。その様子を見て呆れと眩暈を覚えるシルヴェストル。ここが戦場ならば兵士の士気が高いのは大いに結構。だが、新兵――戦場を経験した事もないど素人――の士気が戦場に出る前に高すぎるのは問題だ。一度戦場で士気が下がってしまえば、それを再び高めるには時間とかなりの労力が必要となる。そのような隙を殺し合いをしている相手が見逃してくれる訳がない。
 シルヴェストルが彼らに対して呆れた気持になった時だった。セレナは真剣な表情で、盛り上がる彼らを見てから、一息吐いてから口を開いた。

「皆の想いはありがたい。じゃが……そなたらと一緒に討伐は出来ぬ」

 静寂。先ほどまで活気づいていた若者達はセレナの言葉を理解できないという表情を浮かべている。討伐は出来ない――そうセレナは確かに言葉にした。意味を理解した若者達が浮かべた表情は絶望、そして怒り。それを見たシルヴェストルは、非常にまずい状況だと判断し、剣をいつでも抜ける体勢で立ち上がった。しかし、セレナはそのシルヴェストルに対し、無言で下がるよう左手で制して若者達の顔を一人一人を見ながら

「もし、本当に今回の件が吸血鬼による仕業とするならば、そなたらのような戦場を経験した事のない者達では討伐はおろか、自分の身を護る事も出来ずに命を落とすだけじゃ」

「そんな事……ひっ」

 無いと言おうとした一人の若者が、セレナに睨まれて情けない声を上げてへたり込んだ。他の若者達も先ほどまでと違う雰囲気のセレナに圧倒されて動けなくなっていた。一方でシルヴェストルはこの若者達の様子を見て心の中で「これだから素人は……」と呆れていた。

「よいか。戦場とは、言わば殺すか殺されるか……どちらかしかない場所じゃ。吸血鬼は妾達のような人間と同じように戦ってくれるとは限らぬ。残忍という言葉では片付けられぬ殺し方をするかもしれぬ。……それでもそなたらは戦うと言えるのか?」

 セレナは静かに語りかけるように話し、若者達に戦場に赴く意味を教えようとしていた。本来なら王であるセレナがこのような若者達にしなくてもいい話しである。だが、セレナは逆に「王であるからこそ」話しておこうと思っていた。

「そなたらに“命を落とす”覚悟が本当にあるのならば、妾についてくるがよい。じゃが……その“覚悟”が無いのであるならば……命を大切にせよ。日常をそう簡単に捨てるでない。命を落とせば、二度とその平穏だった日常に戻る事も出来ぬのだからな」

 話しは終わりだと言わんばかりにセレナは立ち上がり、酒場のマスターであるジャックの前に銀貨を数枚置いて

「これは今度の紅茶代じゃ。吸血鬼騒動が片付いたらまた来る……美味しい紅茶を用意しておいてくれぬかの」

 と、柔らかい笑みを浮かべて、ジャックの回答を聞く前に酒場から出て行ってしまった。その後を慌てて追うようにセレナの名を呼びながらシルヴェストルは酒場から出て行こうとして、一度立ち止まって振り向くと

「セレナ様はお前たちを思って言っている事を忘れないでくれ。この街の領主である私も、お前達のような若者が、そう簡単に命を投げ捨てる姿なんて見たくないからな」

 そう言い残して、シルヴェストルは酒場を出て行ったセレナの後を追っていった。シルヴェストル自身も先ほどまで心の中で呆れてはいながらも、集まっていた若者達の将来を思っての事を考えての忠告だった。それでも自分は甘いなと思いながらもセレナの後を追う。残された若者達の間にはあまりにも重い空気が流れていた――

 店を出た所をゆっくりと歩くセレナに追いついたシルヴェストルは黙ってセレナの後ろを歩いていた。セレナがどうして若者達にああ言ったのか理解しているので、敢えて何も言わずに黙っていた。
 しばらく歩いていたセレナだったが不意に立ち止まった。シルヴェストルもすぐに立ち止まる。急に止まったセレナに対してシルヴェストルはどうしたのだろうかと疑問に思いつつも、セレナの言葉を待った。

「シルヴェストル……妾は少々厳しい事を言いすぎたかの?」

「いえ……あれぐらい言わなければ、彼らも理解できなかったかと……」

 「そうか」とだけ呟いてセレナは何も言わずに空を見上げた。シルヴェストルはその姿を後ろから黙って見守る。他の国の王に比べればまだ若く、お人好しの部分もあるセレナではあるが、全てはフェスタリア国に住む人々の事を思っての事。先ほどの若者達へ向けた言葉もそうだ。日常を捨ててしまえば、二度とその平穏だった日常へ戻る事は出来ないと言う事をセレナとシルヴェストル、他の将軍達は嫌というほど知っている。だからこそ、せめて戦争が起きていない今、若者達には平穏な日常を過ごして欲しいとセレナは強く思っていた。例えいつしかその平穏な日常が壊れるとしても、その時まではせめて――

「さて……そろそろ戻るとするかの、シルヴェストル。吸血鬼はどうやら月の出る夜にしか現れぬようじゃからの」

 と、セレナは言うとデュジャルダンの街の北にあるシルヴェストルの館へと向かって歩き出した。

「え、せ、セレナ様。お、お待ち下さい!」

 慌ててセレナの後を追うシルヴェストル。心の中では、今日の探索は終了だと言う事に安堵していたのだが、そのシルヴェストルの案度も束の間に終わるのだった。セレナが夜に街へ吸血鬼を探しに行くと言い出すとは、この時シルヴェストルは思ってもいなかった。


 太陽も沈み、闇が世界を支配して数時間経った。闇の静寂の中、星々は輝きを増しているように見える。そんな中、一人の体格がいい男がのそのそと誰もいない夜の街を歩いていた。男の右手には斧が握られており、まるで今から仕事にでも向かうかのような感じにも受け取れるが、このような夜中に木を伐りに行く訳でもないだろう。デュジャルダンの街では夜に伐りに行くのは、木が倒れる音が五月蝿すぎる為に禁じられている。音もそうだが、木を伐ったはいいが自分の上に倒れてきた為に、亡くなった人間がいる為の処置でもあった。

「……」

 男は無言。しかし、その目は獲物を狙う狩人そのもの。しかし、周囲に人影らしきものは見当たらない。それもそうだ。吸血鬼騒動が起きてからというもの、デュジャルダンにの住民達は夜は全くと言っていいほど出ていないからだ。だというのに、この男はどうして斧を手に夜の街を歩いているのか。

「……いない」

 小さな呟き。しかしその呟きもすぐに闇に溶けるようにして消えた。男はゆっくり目だけを左右に動かして周囲を確認する。夜中という事もあり人の姿が見えない。男は小さく、本当に小さく息を吐くと右手に持っていた斧を背負うとその場から立ち去った。
 斧を持った男が立ち去ってから少ししてから、今度は漆黒のコートを身に纏ったスラリとした長身の男が現れた。男は腕を組んでおり、先ほどの男が歩いて行った方向を何か考えながら見ていた。

「これはこれは……私以外に何やら物騒な事が起きていたようだ。通りで――が多い」

 と呟いた男はふむとその場で考え込む。誰一人として男を見ている者はいないとは言え、今現在のデュジャルダンでは命知らずと言われるだろう。吸血鬼と思われる人物による夜の襲撃事件の多発。しかも犯人は今もまだ捕まっておらず、人々が恐怖におびえて暮らしている現状。そんな中で一人夜の街を歩いているのはただの怖いもの知らずなのか、それとも――

「ふむ、これは面白い事になりそうだ」

 と、男はニヤリと獰猛な笑みを浮かべて去って行った。まるで嵐が来る前の静けさのように、街は静寂に包まれた――







次回 二人の戦女神
第十六話「吸血鬼の王とフェスタリアの王」
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