愛なき道

オリジナル小説「二人の戦女神」と「リリカルなのはシリーズ」の二次創作を中心に活動中

二人の戦女神第一話  

岸野夕華はどこにでもいる高校二年生だった。
 一般的と呼べる家庭に、進学校にもならない平凡なレベルの高校。仲の良いクラスメートがいて、憧れの先輩を追って弓道部に入っていた。
 性格は至って真面目かつ明るく、クラスメートからの評判も悪くはなかった。その明るい性格から、部内では次期部長候補との声が上がっていた。

 そんな人当たりの良い夕華だったが、彼女もそこらの人と同様に秘密の一つや二つ持っていた。その一つというのが、歴史が好きな事。歴史と言ってもただ授業で好きなだけであるなら人にも言える。だが、夕華の場合は違った。
 三国志、戦国時代、大河ドラマ等が大好きであり、歴史的考察を書いた高校生なら拒否しそうな分厚い本に手を出すほどで、特に三国志や戦国時代に活躍した武将・軍師達に憧れを持っていた。
 この夕華、近年その勢力を拡大している“歴女”の一人であった。その影響もあってか、将来は歴史の教師になりたいと近頃考えるようになっていた。

 その歴史好きを除けば、ごく普通の女子高生生活を送っていた夕華だったが、そのごく普通の生活は突如として崩壊する。


 それは五月のある日――



 その日、夕華は弓道部で行われていた他校との一泊二日で行われた合同合宿から帰る途中だった。家へと続く道に差し掛かった所で、急に眩暈に襲われた夕華。
 右手を伸ばして何かを掴んで体重を支えようとするも、その手は悲しくも空を切り意識を失ってしまう。
 もし倒れた夕華を父政徳(まさのり)と母由紀子(ゆきこ)が見たら大慌てした事だろう。夕華は生まれてこの方、大きな病気など一つもした事のないのだから。しかしながら、親子の対面はならなかった。それは夕華が忽然と“姿を消した”からだ。

 夕華に大きな悩みを持っているような様子は無く、クラスメートとの関係も良好だったことから、県警は何かの事件に巻き込まれたと判断し、捜査を開始。
 三日……五日……二週間と時間が経つ中、捜査する人員を増やし、捜査範囲を広げても一向に夕華の姿どころか足取りすら掴めずにいた。

 マスコミはこの事を『現代の神隠し』と大々的に報道したが、月日が経つにつれ世間の興味は薄れていき、警察の方も徐々に捜査の人員も削減していった。
 夕華がいなくなった事を覚えているのは、今も無事に帰ってくる事を願う両親と、仲の良かった少数のクラスメート達だけになるのも時間の問題だった。

 こうした経緯を経て、夕華は“この世界”から姿を消した――




二人の戦女神
第一話「普通の女子高生と王女様」





 目を開ける前に草の匂いがした。ぼんやりする頭で「何かおかしいな」と思いつつ体をゆっくりと起こして、目を擦る夕華。そこで、初めて自分が制服姿で倒れていた事に気づいたが、辺りを見渡して愕然とする。

「どこ……ここ……」

 周囲を見てから何とか口に出せた言葉だった。どうしてこんな所にいるのか。なんとか現状を整理しようと試みる夕華。先ほどまで自分は部活の帰り道を歩いていたはず。商店街を抜けて――

「抜けて……?そこからどうしたんだろう?」

 商店街を抜けた所までは覚えている。しかし、その後の記憶がスッパリと抜けていることに不安を覚える夕華。しばらくの間、その場に座り込んで自分に起きている現実を受け入れられずただ呆然とする。
 自分に何が起きて、なんでこんな状況なのか。それ以前にここがどこなのか全く分からない状態である。この後の事を考えるにしても、あまりにも情報が足りなさすぎる。

「と、とにかく……人のいる所に行かないと……」

 今いる場所は電信柱すらない草原。食べる物は無いし、もしかしたら人を襲う動物がいるかもしれない。

 例えば、野生のライオンが目の前に――

 そう考えた瞬間、夕華の背筋にゾワッと寒気が走る。とにかく移動した方がいいと判断し立ち上がる。そこで初めて自分の荷物が足元にある事に気づき、中身を確認する。そこにあったのは弓道道具一式と、一日分の着替えだけだった。何もないよりはマシかなと夕華は思いつつ、それを持って前へと歩き出した。


 夕刻。目覚めてからずっと誰とも会うことなく、ただ黙々と草原を歩いていた夕華に異変が起きていた。それは……

「お、お腹空いた……」

 そう。目が覚めてからずっと歩きっぱなし、それ以前に合宿の帰りだった夕華。最後に食事を取ったのは今から約六時間前。残念な事に、今持っている弓道道具や着替えの中に食べれるような物は一切ない。
 周囲には民家があるような気配は一切なく、このまま日が暮れてしまえば動くのは危険になる。そうなれば必然的に空腹状態での野宿となるが、それだけは避けたい夕華。

 そんな時、少し離れた所から黒い煙が空へと昇っていくのが見えた。煙という事は街が近いということか。『何か食べ物を買える』という期待を胸に、煙の昇っている方へ向かう夕華だったが――

「なに……これ……」

 村の入り口に辿りついた夕華だったが、その村の惨状を見て呆然とするしかなかった。村の家のあちらこちらからは煙が立ち昇り、家の多くは略奪された後が見受けられた。当たり前の話しだが、この村から人が生きているという空気は無く、辺りは静まり返っていた。

 どうするべきか悩むが、もしかしたら人がいるかもしれないという僅かな希望を抱いて、意を決して村の中へ入る夕華。そこで見たのは地獄だった。
 歩いてすぐに目に入ってきたのは大量の血と多くの死体だった。老人から子供まで、この村に住んでいたと思われる人間だろう。男女問わず殺されていた。若い女性の死体に至っては、同じ女性である夕華が見るに堪えない状態でその場に文字通り“地面に転がって”いた。

 今まで映画などでしか死体を見たことの無い夕華にとって、それは衝撃的でもあり、現実として受け入れがたいもので、死体から目を背けたが吐き気が込み上げその場にうずくまり口を抑える夕華。
 しばらく、うずくまっていたが少しだけ気持ちが落ち着いたのか、フラリと夕華は立ち上がり、誰か生きているかもしれないと無いに等しい期待を胸に抱いて歩きだす。
 頭の中がまだ混乱しているが、これらの死体はどう見ても本物であるのは間違いないのは分かっていた。その証拠に、今もまだ死体の傷口からは赤い赤い血が流れ出ているではないか。

(な、何なのここ……どうしてこんな酷い状態なの?)

 恐る恐る、なるべく視界に死体を入れないようにしながら歩く夕華。だが視界の隅に生々しい赤い血が微かに映っている。吐き気を抑えながら村の中心へと向かう。中心に向かえば向かうほど死体の数は増え、地面が血で赤黒く染まっていた。

 不意に背後の方から音が聞こえ、夕華はビクリと体を震わせて立ち止まる。そしてゆっくりと後ろを向く。そこには三人の男が立っており、三人の手には血が尖端から滴り落ちている剣が握られていた。
 それを見ただけで、夕華は逃げ出したくなったがやっと“生きている人”と会えたことに安堵した。が、しかし……その安堵は一瞬で終わりを告げる。

『おい、まだこんないい女がいるじゃねぇか』

『しかも、見たことねぇ服装しているときてる。もしかして、かなりの上玉かもしれねぇぜ?』

『んなもん構わねぇよ。どうせここで死ぬんだからな。まあ、死ぬ前に“犯らせて”もらうがな』

 三人の男が下劣な笑みを浮かべながら“何か”を話している。その言語が英語に近い言語であると夕華はすぐに気づいた。こう見えても、英語を話すことも聞くことも出来る自信はあるが、今の言葉を信じる勇気は夕華には無かった。

(い、い今……「ここで死ぬ」って言ったよね……?しかも「犯す」……って)

 安堵から恐怖に変わり、体が自然と震える。その様子を見た男達は笑いながらゆっくりと近づく。近づけさせないようにジリジリと後ろに下がる夕華。

『さぁて姉ちゃん。俺らと楽しい事しようか』

『ヒッヒッヒッ』

「い、いやっ!!」

 後ろを向いて全速力で逃げ出す夕華。その後ろから男達が笑い声を上げながら夕華を追う。狩りを楽しむような感じで、だ。
 夕華は必死に走る。死にたくはないとの一心で。訳のわからない所で目を覚まし、やっとのことで辿りついた村は死体だらけで、生存者はほぼいない状態。そしてやっと人に会えたと思ったら、自分の命を狙われている。

 有り得ない。どうして――

 夕華は走りながら何度も何度もその言葉を心の中で呟いていた。自分は家に帰る途中だったはずだ。それがどこをどうしたら捕まったら命の炎が消える鬼ごっこになっているのだろうか。

 目の前で起きている非現実的な事はきっと悪い夢だ。きっと目が醒めればいつも通りの平和な朝が待っているに違いない。

 そう信じたい夕華だったが、何かにつまずき前に転んでしまった瞬間、足に走った痛みから、これが夢ではないということを改めて思い知らされた。
 夢ではない事に絶望を覚えるも、すぐに立ち上がって逃げようとする夕華だったが、彼女の不運はこれだけでは終わらないようだ。足に力を入れようとすると右足に激痛が走る。どうやら挫いたか、骨の方に異常が出たようだ。

「う……ウソでしょ」

 最悪の事態に顔が文字通り真っ青になる夕華。痛みをこらえて立ちあがろうとするが――

『おやおや、もう追いかけっこは終わりか、姉ちゃん?』

 その声を聞いて固まる夕華。ユックリと、本当にユックリと首を後ろに向けると、そこには先程の男達がニヤニヤと下劣な笑みを浮かべて立っていた。本当に最悪な事態に、声をあげることもできない夕華。その顔は恐怖で染まっていた。

 夕華の様子を見て、満足そうな顔で一歩一歩夕華との間合いを確かめるように近づく男達。恐怖と足の痛みでもう逃げることができない夕華は、それでも後ろへと逃げようと体を動かそうとするが、背中に何かがぶつかる。感触から夕華はすぐにそれが何なのか理解してしまった。

 が、その現実を受け入れられるかはまた別の話しで、「もしかしたら……」と淡い期待を胸に夕華が後ろを向くとそこは壁だった。つまり……行き止まりだ。改めて夕華が前方を見ると、先ほどと同じように下劣な笑みを浮かべた男達が立っている。

 絶体絶命の危機。逃げられないという絶望と死の恐怖に夕華は耐えられず、ガタガタと体を震わせる。これから何をされて、その後どうなるのかは先ほど見た女性の死体が物語っていた。

「い、いや……近づかないで!」

 恐怖のせいで普通に声を出すことができず、掠れた声で男達を拒絶する夕華。すでに退路は無いのだが、それでも後ろへ逃げようと体を動かす夕華。あの女性達のようにはなりたくないし、全く見たことの無い場所に放り出され、訳も分からずに死ぬなんて嫌だ。
 
(誰か……誰か助けて……!)

 助けを求めようにも、ここは廃墟と化した村。どこかのアニメや小説のように颯爽と助けてくれる人間なんて現れるわけがない。絶望と恐怖で震える夕華。追い詰め、後は自分達の思うように夕華で……いや夕華の“体”で楽しむだけの男達は今にも飛びかかってきそうな感じだった。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 夕華の叫びも虚しく、中心人物と思われる男が手を夕華へ伸ばす。もう終わりだとギュッと目を瞑る夕華。
 しかし、男の手が夕華に触れることは無かった。それは――

『え?』

 ボトリと何かが落ちる音と共に、夕華の左頬に何か生温かい水滴と思われる物が当たる感触がする。一瞬の沈黙後、男が叫び声をあげる。

『ぎ、ギャァァァァァァァァ!!??う、腕がぁぁぁぁ俺の腕がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

『あ、兄者!?』

 目を瞑っていた為、何が起きたか理解できない夕華はゆっくりと目を開けると、目の前には銀色の輝く甲冑に身をまとった、金色の髪を腰まで伸ばした女性が立っていた。
 その女性の手には血が滴り落ちている剣が握られており、足元には人の手が地面に落ちていた。その先には先ほど夕華を触ろうと手を伸ばした男が仰向けに倒れて、全身痙攣を起こしていたが、次第にその痙攣も弱くなっていた。

「……え?」

 何が起きたのか理解できない夕華。その夕華の目の前に立っている女性は、夕華を見ずに持っている剣の切先を男達に向けて口を開く。

『妾の治める国に住む民達を傷つける者たちよ……覚悟はよいな?』

 女性の中では低い部類に入るであろう威厳ある声が周囲に響く。後姿だけしか見ていない夕華ですら、気品……いや、高位の人間だと思えるぐらいの雰囲気の持ち主だった。

『女ぁ!?一人で何が出来るっつうんだ』

『しかし……よく見ればいい女じゃねぇか。兄者には悪いが、俺らだけで楽しませてもらうぜ』

 一人やられたというのに、先ほどと同様に下劣な笑みを浮かべる男達。狂っている。そうとしか思えない夕華。普通、目の前で人が斬られたのならパニックになるはずだ。なのにこの男達は平然としていて、自分達の欲望をぶつけようとしている。

(な、なんなのこの人達。どう考えても普通じゃないよ……)

 尋常じゃない。まるで“ここでは殺し合いをするのが当たり前”に行われているかのようで、殺し合いとは全く無縁だった夕華には信じられない事だった。

『そこの女子(おなご)よ。目を瞑っておれ』

「え?」

 突然話しかけられた為、素っ頓狂な声しかあげられなかった夕華。

『目を瞑っておれと言ったのじゃ。ここからは女子には少々見せられぬものになる』

 体は男達と対峙させながら顔だけ夕華に向ける女性。まるで人形のように綺麗な顔立ちで、夕華と同じ年齢に見える。ただ、相手を威嚇するような鋭い眼つきと威厳に満ちた声だった為、それらに圧倒された夕華は無言で何度も頷く。
 夕華が頷いたのを見て、金色の髪を持った女性は一瞬だけ優しい表情を浮かべたかと思うと、すぐに鋭い眼つきに戻り『すぐに終わらせる』とだけ言って前を向く。

 夕華は言われた通りに目を瞑る。そのやり取りを見ていた男達は怒りはしなかった。それもそうだ。さきほどの女性の攻撃は不意打ちによる攻撃だった。真正面からぶつかり合えば、間違いなく自分達が勝つに決まっている。それに相手は女一人。男である自分達に負ける要素が見当たらない。

『それじゃあ、泣く準備は良いかい子猫ちゃん達?』

『本物の子猫の方が良かったって思っちまうかもしれねぇけどな。ヒヒヒ!』

 男達の下劣な笑い声が辺りに響く。その恐怖からさらに目を強く瞑り、両手で耳を塞ぐ夕華。それに対して眉一つ動かさずに鋭い眼光で男達を捉えている武装している女性。

『なんだ、怖くてなにも言えないってか?威勢のよかったのはさ『御託はいいからさっさときたらどうじゃ?口だけな者よ』っ!このアマ、調子に乗るんじゃねぇぞ!!』

 二人同時に武装している女性に襲いかかる。もし、ここで男達が目の前にいる女性の様子を窺うような事をしていれば、男達が勝つ可能性が一、二割上がったかもしれない。相手が女で自分達より実力は無いと誤った判断が人生の境目になろうとは男達は思いもしなかっただろう。

『おりゃぁ!!』

『……遅い』

 男が大きく振り上げた剣を容易く避けて剣を振るう。女性が振るった剣は男の胸を切り裂く――

『がはっ』

 血を吐いて倒れる男。倒れた男からおびただしい量の血が流れ、海のように血で地面を染めていく。一瞬ともいえる攻防を目の当たりにしたもう一人の男は、今の攻防で何が起きたか理解できていないようで呆然と佇んでいた。

『どうしたのじゃ?こないのか?』

『な、な、何が起き……た』

 先ほど自分達の方が強者だったはずだ。なのにどうだ。目の前には自分達の中でも剣術に長けていた男が血を流して倒れている。優位だったはずなのに今は追い詰められている感覚。
 いや、もしかしたら今のは偶然かもしれない。そうに決まっていると自分に言い聞かせつつ剣を握る男。それを見た女性は心底つまらなそうに

『己との実力差が分からぬか……』

と吐き捨て男との間合いを一気に詰め、男の胸を剣で貫く。男の胸を貫いた剣を引き抜くと返り血が女性に降り注いだが、それでも女性は表情一つ変えなかった。男の持っていた剣が地面に落ち、甲高い金属音ともとれる音が周囲に響く。

『な……んで……』

最後の最後まで目の前で起きた事を理解したくなかった男はそう呟いて絶命した。耳を塞いでいたとはいえ、何かが倒れたような音が聞こえた。それが女性が男達に押し倒されてしまったのではないのかという不安が夕華の頭を過ぎる。

『もうよいぞ』

 突然右肩に手を置かれた事に驚き体を震わせた夕華だったが、その声が女性の物であることを認識してゆっくりと目を開ける。そこには血に染まった鎧を着た女性がホッとした表情を浮かべて夕華の目の前にいた。
 血塗れだというのに女性の姿が神秘的で息を飲む夕華。

(た、助かった……の?)

 もう大丈夫なのか。それともこの人もあの男達と同類なのか?不安が残る夕華はなんと言えばいいか分からず固まる。そんな夕華に女性は同じ目線になるように左膝を地面につき口を開く。

『もう大丈夫じゃ。妾はお主の味方じゃ』

『ほん……とうに?』

 恐る恐る話す夕華に対して、血で汚れていない左手で撫でながら女性は優しく微笑み

『本当じゃ。妾は嘘を吐かぬ』

『よか……った……』

『むっ、どうしたのじゃ?』

 急に倒れ込んできた夕華に慌てながらも、夕華の着ている服が汚れないように支える女性。何度も呼びかけるも夕華は一向に動かないことに、自分の知らない間に何か毒でも盛られていたのかと不安を覚える女性だったが、夕華の顔を見て肩の力を抜いた。
 頬を涙で濡らしてはいたが、その表情は安堵に包まれていた。

『……安心して気絶しただけじゃな。人騒がせな。……じゃが、守れたの。一人だけじゃったが……』

 夕華の規則正しい息を感じながら女性はため息をひとつ吐いた。もう少し己が早くこの村に着いていれば――
 そう考えて頭を左右に振る女性。

『過ぎてしまった事を考えるのは止めじゃ。今はこの女子を安全な所まで連れて行くのが先決じゃの……』

『セレナ様!!』

『む?』

 突然、男のしわがれた声が響いた。後ろを振り返ればそこには白髪で口には白い髭を生やした鎧を着た老人が馬に乗っていた。その鎧をいた姿が少々似合っていないのだが、それは置いておこう。その老人の後ろには三十人ほどの武装した兵と思わしき人たちが立っていた。

『なんじゃ、マーリンか』

『「マーリンか」……じゃありませんぞセレナ様!あれほど!あ・れ・ほ・ど・!単独行動は控えるようにと申しておりましたのに、どうして単独で行動なさるのですか!!』

 ああ、またマーリンの癇癪が始まったなとセレナは心の中で苦笑いを浮かべる。このマーリンは、セレナが幼い頃から教育係として共に歩んできた人間だ。セレナが無茶をした時には、このマーリンから怒られていたのだが、その説教がとてつもなく長いのだ。
 昼過ぎにマーリンに説教で捕まったかと思えば、説教が終わったのが夕日が既に沈んでいたことなど数多くあった。

『その事は後で聞くとしてじゃ……マーリン。この女子を丁重に我が城まで運ぶのじゃ』

『は?……せ、生存者でございますか。見たことのない服装ですが……』

 セレナの腕の中にいた夕華をの事に初めて気づくマーリンは、夕華が着ていた制服を見て首を傾げる。今まで七十年近く生きてきたが、このような服装を見た事が無いマーリンは、戸惑いを隠せずにいた。

『話しを聞く前に気絶してしもうての……。目を覚ますまで客人として丁重に扱うようにの。わかっておるな、マーリン?』

『御意』

 指示を受けて頭を下げるマーリン。表面上は指示を素直に受けた配下に見えるが、その心の中は

(この女が間諜である可能性もある……。監視をする者を決めねば……)

 と、夕華への監視体制を考えていた。それをおくびにも出さないのは流石と言うべきか。それも、セレナを思ってのことであるのだが、それが時々行き過ぎることもあるのだが、本人には悪気がないのでなんとも言えないところではある。セレナはマーリンに夕華を預け、兵達の方を向き背筋をまっすぐに伸ばし

『この村で生存者がおれば、傷の手当てをし、既に亡くなっておる者についてはきちんと埋葬するように』

『はっ!!』

 威厳ある声で兵達に指示を出すセレナ。「あの女子以外に誰か生きていればいいのじゃが」というセレナの思いは天に届くことはなかった――




 暗い暗い道を夕華は走って逃げていた。夕華の後ろからは男たちの足音が確実に聞こえてきた。

「はぁ……はぁはぁ……」

 もう長い距離を走ってきた為、息は上がっていた。と言うのに男達の方は息一つ乱さず夕華を追ってきていた。右に曲がっても、左に曲がっても周囲は暗くて何も見えない。このままだと捕まってしまう。

「誰か……誰か助けて……」

 必死に逃げる夕華。しかし、夕華と男達との距離は徐々に縮まってきている。このままじゃ――される。必死に逃げながら、前に見えるかすかな光へ右手を伸ばし――


『もう大丈夫じゃ』


 ふと、優しい声が聞こえた気がしたと思うと、光が急に強くなって――




「え……?」



 夕華が目覚めると、目の前には金髪の白いドレスに身を包んだ女性、セレナが自分の右手を片手で握っていて、もう一方の手で優しく頭を撫でていた。

「え、え、え……?」

 目の前で起きている事を理解できない夕華。それを見て優しい笑みを浮かべてセレナは口を開いた。

『魘されていたようじゃったのでな、気休めに手を握って撫でていたのじゃよ』

「あ……」

 それを聞いて、夕華の中で初めてこの女性があの時――男達に追われていた時――に自分を助けてくれた女性と一致し、慌てて感謝の言葉を口にする夕華。慌てているというのに英語で感謝の言葉を述べるだけの冷静さは取り戻したようだ。

『なに、自分の国の民を守るのは王としての責務じゃ。お主が気にする事は無いぞ?』

『王……様?』

 聞きなれない言葉に首を傾げる夕華。夕華が知る限りでは、かなり昔に国を治めていた人間のことを「王」と呼んでいたが、現在では日本では「首相」と、アメリカでは「大統領」、中国では「国家主席」等の呼び方で、王と呼んでいるのはかなり少ない国であるはずだ。
 まさか自分はその少ない国にいるのか?でも英語圏で王と呼んでいる国はあっただろうか。考え込んでいる夕華の姿を見てセレナは

『ああ、妾の紹介が遅れたの。妾はセレナ=フェスタリー=フランツィスカじゃ。このフェスタリアの王じゃ。王と言ってもまだなって三週間しか経っておらぬが、名前ぐらいは聞いたことあるじゃろう?』

『(聞いたことないよぉー!)え、えと私は……岸野夕華です。セレナ様』

 心の中で悲鳴をあげつつ自分の紹介をする夕華。それと王女と言うことは普通の女子高生の自分よりも遥かに格が上であるのは確かであるので、無意識的に敬語を使う夕華。というより、セレナの雰囲気に圧倒されてしまって自然と敬語になってしまった。
 厳格な雰囲気とまではいかないが、いかにも上流階級の人間であるということは夕華ですら理解できた。ただ、王という言葉に心の中で引っかかりを覚えていたが、今は深く考えないようにした。

『……そんなに緊張せんでもよいぞ、キしの=ユうカ?』

 夕華の反応に少し首を傾げるセレナは、夕華の名前の発音に戸惑いをみせた。その様子を見て、自分が日本式の発音をした事にすぐに気づいた夕華はわたわたと両手を動かしながら

『あ、えと……ユウカでいいです』

『ユウカか。よい名前じゃな』

 夕華の名前をもう一度言ってから微笑むセレナ。その微笑みがまるで少女のような笑みで、気絶する前に見せた厳格な雰囲気とは程遠い物だったので、どう反応すればいいか戸惑う夕華。
 それ以前に、王様に対して自分がどういう態度で臨めばいいかなど学校や普段の生活で習うことなどない。それもそうだ。夕華の住んでいる日本で、王様と接するマナーなんて教わる必要などないからだ。最低限の社会的なマナーは学ぶ機会はあるが、こんな時授業の内容は全然使えない事を痛感する。

『そうじゃユウカ。そなたの近くに落ちていた奇妙な荷物はそなたの物でよいのか?』

『え……奇妙な?』

 何の事を指しているのか理解できない夕華。自分が持っていたのは弓道道具一式と一日分の――
 そこまで頭の中で整理して、セレナの言っている事を理解した夕華。そう、ここは日本ではない。なら自分の荷物が奇妙だと言われても何ら不思議ではない。

『あ!そ、そうです!私のです』

『そ、そうか。ならよかった』

 夕華の勢いに少しだけ体を仰け反るセレナ。

『荷物を勝手に見たのだが、あの民族衣装みたいな服と、弓か?あれは?普通の物と少々形式が異なっていたが……。なかなか奇妙というか、好奇心を煽られる物が入っておったな』

『そ、そうですか?』

 弓道着の事を言っているのだとすぐに理解していたが、そこまで奇妙なものなのだろうかと首を傾げる夕華。ネットや映像で見た事無いのかなと思った所で、先ほどの村には電信柱などまったくなかった事を思い出す。それに道路なんて舗装されていなかった。
 
(そっ……か。完全に見たことも無い服だとしたら、奇妙に見えるよね)

 自分が知らない場所にいることを改めて実感した夕華は肩を落とす。

『時にユウカよ。つかぬことを聞くが、そなたは旅人か何かか?』

 唐突に質問してきたセレナに思考が停止する夕華。それもそうだ。自分自身、どうしてここにいるのか、それ以前にどうやってこの地域に来たのかすら全く分かっていない状態だ。
 嘘を吐く訳にはいかないと思いつつも、どうやって説明したらいいか思い浮かばない夕華。いっその事旅人ですと言って誤魔化そうかと考えていた矢先、黙って下を向いていた夕華を見てセレナは何を勘違いしたのか、突拍子もない事を口にした。

『そなた……記憶喪失か?』

『……え?』

 セレナの言葉があまりにも突拍子的すぎて再び思考が停止する。記憶喪失?誰が?自分が?いや、確かに家に帰る途中から草原で目が覚めるまでの記憶は無い。でもそれが記憶喪失かどうかと聞かれたら、答えはNoだ。
 自分の事は知っているし、日本のどこに住んでいたかも覚えている。それに友達や家族の事だって忘れてはいない。となれば記憶喪失ではない……はずだ。
 どう反応すればいいか夕華が困っていると

『そう(記憶喪失)なら、妾の事を知らないのも頷ける。それに、話し方も妾の知る物と少々発音が異なっておる』

 目の前で困惑している夕華を置いといて、夕華が自分の事を知らない事を勝手に納得するセレナ。なんでバレているんだろうと思いつつも、セレナの様子を見守る夕華。

『ユウカ……思い出せるのは自分の名前と他に何かあるかの?』

『え?』

 本日何度目になるだろうと自分で思いつつも、素っ頓狂な声をあげてしまった夕華。かなり不審に思われちゃったかなとセレナの表情を窺うも、その表情には一切疑っているような雰囲気は無かった。逆に同情や憐れみにも似た感情が浮かんでいた。

『えと……自分と、その荷物が自分のである事。家族がいたって事ぐらい……です』

 こうなったら「記憶喪失」で押し通そうと思いつつも、大胆な嘘をつく事が出来なかった夕華。「家族がいる場所を聞かれたらどうしよう」と冷や冷やの夕華だったが、セレナは

『そうか……既に家族は「他界」されておったか……。すまぬ、辛い事を聞いてしもうたな……』

 とまた勝手に誤解をするセレナ。お願いだから勝手に人の親を殺さないで欲しいと思っていたが口には出せない夕華。下手に口に出せば話しがややっこしくなってしまう。それなら、黙っている方が賢明だ。だが、ここがどこなのかを知りたい夕華は、セレナにここがどこかを聞く。できれば聞いたことのある地名である事を願いながら。

『ここがどこか?そうか、そういう所が抜けておるのじゃな……』

 腕を組んでブツブツと小さく呟きながら考え込むセレナ。私の質問はどこに行っちゃたのだろうと思いつつもセレナの思考がこちらに戻るまで律儀に待つ夕華。

『ああ、すまぬな。ここがどこかという質問じゃったの』

『は、はい』

 一分ぐらい考え込んでいたセレナだったが、何とか戻ってきてくれた。何とか話が進みそうだと夕華は安堵していたが、その安堵もセレナが言った国名によって束の間の物となる――

『ここはラースティン帝国とグレンドフォールという二つの大国に挟まれた小国、フェスタリアじゃ――』


次回 二人の戦女神
第二話「見知らぬ国で」
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