愛なき道

オリジナル小説「二人の戦女神」と「リリカルなのはシリーズ」の二次創作を中心に活動中

二人の戦女神第二話  

 夜も深まった頃。夕華はセレナが用意した客室にいたが、寝れずにベッドの上でチョコンと座っていた。
 今日(厳密には昨日なのだが)気がついたら草原で倒れていた事。やっとのことで辿り着いた村で男達に追われて、襲われそうになった事。そこでセレナ王女に助けられた事。

(それと――ここが過去もしくは別世界……ってことかな)

 夕食の少し前までセレナから簡単に説明を受けていた夕華は、その時のことを思い返していた。

 目を覚まし、ここがどこかと聞いてきた夕華に対して、夕華が「記憶喪失」と勘違いしてしまい、この”世界”について一から説明をするセレナ。髪を後ろで束ね、椅子に座りながら説明をしてくれているセレナの姿は、夕華には先生のように映った。
 そこで聞かされた国々は、歴史を得意とする夕華ですら知らなかった。ラースティン帝国とグレンドフォール、そして今いるフェスタリア。これらが主要各国だそうだ。確かもう三国ぐらい小国があったはずなのだが、それらは夕華の頭に全く入ってこなかった。

 それもそうだ。「現代日本」に帰れる希望すらない状況になってしまった夕華。その現実を受け入れられなくても何ら不思議ではない。今もまだ受け入れたくないという思いの方が強いだろう。
 説明を受けている時にあまりにもショックが大きかった夕華は、帰る為には何をどう調べればいいかわからず、ただ呆然とセレナの話しを聞いていた。その夕華の様子を見ながらセレナが説明を続けていた時だった。夕華のお腹がいい感じでクウと鳴った。

 その音が鳴り響いた後、部屋がシンと静まり返る。これは人間の体の構造上、仕方のない事だ。夕華が悪いわけではない。タイミングが悪すぎただけの話しである。夕華は顔を真っ赤にして恥ずかしそうに枕で口元を隠す。

「くっくっ……ハッハッハッ!」

 それを見て、笑いを耐えていたセレナが大きな声で笑い出した。そんなに可笑しかったのか、笑いすぎて眼には涙がうっすらと浮かんでいる。笑われている夕華は縮こまり、両手で枕を抱えるようにして完全に顔を隠す。
 その夕華の恥ずかしそうにする姿を見て、笑いを堪えながらセレナが夕華を宥める。

「いや、すまんすまん。そうじゃったな。あれから何も食べておらんのだから、仕方の無いことじゃて。……ユウカ、何か食べれそうか?」

 今だ恥ずかしいのか、夕華は枕を両手で抱えながらコクリと小さく頷いた。

「そうか。なら、妾もユウカと一緒に食べるとしよう。一人で食べるほど寂しい物は無いからの」

 と言いながらセレナは立ち上がった。それを見た夕華は「あっ……」と小さく声をあげた。その表情は一人になる事への不安が浮かんでいた。その表情を見てセレナは夕華を一人にする事を躊躇ったが、ニッコリと優しく頬笑むと

「大丈夫じゃ、ユウカ。ここは妾の城じゃ。誰もそなたの事を襲う者はおらぬ。それに妾もすぐに戻ってくることを約束しよう。だから少し横になって待っているがよい。よいな?」

 優しく、それでいてすぐに戻ってくるということをセレナの口から聞いたからか、素直に頷く夕華だったがその表情にはまだ不安の色が残っていた。
 それを見たセレナは、夕華を一人部屋に残すのは後ろ髪を引かれる思いがしたが、食事を取らないと夕華が倒れるかもしれないとの心遣いから、部屋を出ていった。

 静かに閉じられた扉を見た夕華は、盛大にため息を吐いた。それもそうだ。特別な階級にいるわけでもない人間の前に一国の王がいて、緊張をしない人間がいたら見てみたい。
 しかし、夕華の緊張の原因はそれだけではない。生命の危機から始まり未知なる国への不安。今まで経験したことの無いことの連続に、夕華の精神は悲鳴をあげる寸前だった。

(私、どうなるんだろう……)

 行く当ては無い。この国の地理も分からない。分かるとすれば英語に似た言語を話していて、日常的に人が人を殺し合っている事。つまり、戦争、略奪が当たり前のように起きている事だ。
 そんな中に放り込まれてしまえば、あの村の女性のように自分も――

「っ!」

  思い出しただけでも吐き気がぶり返してきてしまい、慌てて右手で口元を抑える夕華。しばらくその状態でいたが、ゆっくりと右手を口元から離して深呼吸を三回した所で下を向く。吐き気は何とか落ち着いたのだが、目には涙が浮かんでいた。
 どうして殺し合っているのだろうか。どうして自分はこんな所にいるのだろうか。どうして――

「ユウカ、食事を持ってきたんじゃが……大丈夫か?」

 深い思考の海へどっぷりと浸かりそうになっていた夕華だったが、声に反応して顔を上げて入口を見る。そこには二人分の食事を運んできたセレナが心配そうな表情で立っていた。




二人の戦女神
第二話「見知らぬ国で」





 今頃皆大慌てしてるだろうなと思いつつ、窓を開けて夕華は夜空を見る。夜空には数多の星々が輝いており、その中央には刃のように尖った三日月が浮かんでいた。
 ここにも月はあるんだと少しだけ安堵して、しばらく夜空を見る夕華。やや冷たい風が背中まで伸ばした髪を優しく撫でた。

「……はぁ」

 ため息。日本に帰れるかどうかの不安もそうだが、今後の事を考えると夕華を襲う不安は想像を超えているだろう。今はセレナの好意で身の安全は保障されていると言える状況。
 ただ、その保証がいつまで続くかわからない為、夕華の不安は消える事は無い。どうすればいいのだろうと思うも、現状ではどうする事も出来ない夕華。

「母さん、父さん……みんな……帰りたいよ」

 ポケットに入れていた携帯を取り出し、両手で握りしめ下を向いて呟く夕華。その姿は祈りでも捧げているかのように見えた。少女の小さな願い。それが叶う事はあるのだろうか――


 同じ頃、セレナは自分の部屋で夕華が辿りついた村の状況報告を受けていた。

「……そうか。あの村の生存者はユウカだけか……」

「はっ……難から逃れた者もいると思われますが、現状ではあの少女のみです」

 直立不動で報告をする兵士。今日の夕方まで、あの村で生存者の捜索をしていた一人だ。隊長と十数人の兵は、今もまだ生存者の捜索や亡くなった人々の埋葬作業を続けていた。あの小さい村だ。その作業も明日の昼頃までには終了する見込みであることをセレナに伝える。

「もうよい……下がって休むがよい」

「はっ!」

 一礼して退室する兵。報告の兵が退室してから、きっかり十秒後に深々とため息をつくセレナ。また人を救えなかった、と小さく呟いた。
 セレナの元に、十数人の賊が村を急襲したとの報せが届いたのは、夕華が村につく約一時間前。その報せが届くまでの時間を考慮すれば、村が襲われたのはもっと前になる。

 ただ、報せを受けたセレナの判断は迅速だった。選抜隊として兵を三十人引き連れて即座に賊を討伐する為に出陣。第二陣の兵百人を即座に編成準備させ、準備完了次第出陣せよとの指示を出した。
 報せが入ってから第一陣が出るまで迅速な対応だった。ただ、報せが入るのが遅すぎた。いくら迅速な対応が出来たとしても、情報が入るのが遅ければ意味が無い。

「くっ……妾は無力じゃ……」

 右手で力強く机を叩くセレナ。その表情は悔しさを滲ませており、唇を強く噛みしめていた。一国の王となって約三週間。その間、賊の討伐は既に二桁を超えていた。
 セレナも父が存命時に討伐任務に参加した事はあるが、ここまで賊の活動は酷くなかった。それだけ父、フェスタリー三世の力が強かったということ。父が治安維持の為に努力してきたかをセレナは実感して、改めて自分の無力さに腹が立つセレナ。
 右手で頭をくしゃくしゃと掻き、盛大な溜息を吐いてからセレナは思い出したかのように呟く。

「ユウカのあの服装……妾でも見たことの無いものじゃったな」

 生まれてから、舞踏会などで様々な服を見てきたセレナですら見たことのない夕華の服。それもそのはずだ。夕華が着ていたのは「現代日本」で使用されている高校の制服だ。白のワイシャツの上にグレーを基調としたブレザーに、膝が若干見える程度に短くしたスカート。
 スカートはまだいいとしても、ブレザーやワイシャツのような服はこちらの世界では珍しい物と言うよりは初めて目にする物だろう。まだブレザーのような服の製造技術が確立されていないのだから当たり前の話しではある。

「東方の服装というわけでもないようじゃが……分からぬな……」

 謎の服装。しかし、夕華について考えている余裕はないと判断したセレナは、一度夕華の件は保留にし、数日様子を見る事に決める。
 ゆっくりと立ち上がり窓際に立つ。息を吐いてから夜空を見上げるセレナ。

「ユウカは妾と同じ年齢にも見えたの……。できる事なら――」

 言いかけて目を瞑って小さく首を左右に振る。『そんな事』を自分が望んではいけないのは分かっている。セレナの立場上『それ』を望むのは、自分を信じて着いて来てくれている者達への冒涜に値する。

「分かっておるのじゃが……まだまだ妾も弱いの」

 自嘲めいた笑みを浮かべるセレナ。やれやれと言わんばかしに肩を竦めて窓から離れ部屋を出た。




「あう……部屋どこだっけ?」

 朝も早い時間。まだ鳥も起きたばかりだというのに、夕華は部屋ではなく廊下を彷徨っていた。部屋を出た理由はトイレで、偶然夕華がいた部屋の前をメイドと思わしき人が歩いていたので、場所を聞いてトイレに行った所まではよかったのだが、部屋までの帰り道が分からなくなってしまった。

「こんなに広いのに、首都のお城じゃないだなんて……首都のお城はもっと広いってことだよね……」

 昨日、セレナに色々聞いた時の事を思い出して、この城はセレナ個人が所有する城らしく、本城とはまた別との事らしい。その時は一種の別荘みたいに使っていると認識した夕華だったが、彷徨っていてこれがただの別荘ではないと思い知る。
 歩いても歩いても同じ風景が続いていて、一体何処が自分のいた部屋なのかわからない。これの何処が別荘なのだろうか。十分本拠地として使用できるじゃないかと思いつつ、夕華は歩き続ける。

「あれ?」

 ふと、夕華の耳に何かの歌が聞こえ足を止める。どこかで聞いたことのあるようなメロディー。ここが異世界と仮定すると、自分が聞いたことのあるメロディーは無いのではないのかと首を傾げる夕華。

(どこで聞いたんだっけ?)

 腕を組んでしばらく考えるが、思い出せない夕華は一度だけ大きく頷き

「行ってみよう!」

 この時、セレナ以外の人間から自分が怪しい人物だと思われいるとは知らない夕華。本来なら、こういう場所でウロウロするのは控えるべきなのだが、それを気にした様子を見せない夕華。さっそく階段を見つけると歌声のする場所へスキップでもするかのような軽い足取りで向かう。

 階段を上って行くごとに歌声はしっかりと聞こえてきた。どうやら一番上で誰かが歌っているようだ。邪魔しちゃいけないかなと思いながらも、誰が歌っているのか気になる夕華。好奇心には勝てないようだったが、歌声に近づくごとにゆっくりとした足取りになる。

(やっぱり、どこかで聞いたことあるんだけどなぁ……どこだっけ?)

 首を傾げながら階段を上りきると、そこは開けた場所になっており、太陽の光が目に入ってきた。その光の眩しさに目を細めながら屋上に目を向けると、白いドレスを身にまとった金色の髪を風に靡かせた女性が目を瞑って歌っていた。

「~~~~~♪」

「……」

 呆然とその女性の姿を見る夕華。女性の歌っている姿がとても綺麗で、夕華の目にはまるで女神がこの世に現れたかのように映っていた。

「~~~~♪……む?」

「あ……」

 歌っていた女性が歌を止め、夕華の方を見る。数秒の間、夕華と女性は見つめ合う。どこかで見たことのある女性だったのだが、少し遠い為はっきりと思いだせない夕華。しかし、女性の方は一人納得したようで何度か頷いたと思うと、夕華の方へ歩いてきた。そして目の前に立つ。そこで夕華はこの女性が誰かやっと分かった。

「どうしたのじゃユウカ。まだ朝も早い時間じゃが……」

 そう。歌っていた女性はセレナだった。今日は昨日束ねていた髪を、何もせずに自然と下げているので同一人物とは思えなかった夕華。昨日の束ねている姿も十分に王らしい厳格な雰囲気を持っていたが、今日は厳格ではなく神々しい雰囲気だなと夕華は思っていた。

「あ、えと……道に迷いまして……」

 と夕華がドギマギしつつ答えると、セレナは一瞬だけ寂しそうな表情をしたかと思うと、眉間に皺を寄せて「ああ……」と呟いた。どうやらそれだけで納得してくれたようだが、夕華は一瞬だけ見せたあの寂しそうな表情が気になった。

(私、何か悪いこと言ったかな?)

 と心の中で首を傾げる夕華。

「この程度の城で迷子とはな……。ユウカ、お主が首都フェスタリアの城に行ったらどうなるか見てみたい物じゃな」

 と楽しそうに笑うセレナ。その表情には先ほど見せた寂しさは消えていた。自分の見間違えかなと夕華は安堵する。

「うう……そんなこと言わないでください。自分でも不安なんですから」

「くく……妾としては二日間ぐらい彷徨ってもらえると楽しいのじゃがな」

「二日間って……私を餓死させるつもりですか!?」

「さあのぅ。そこはユウカ、お主の努力次第じゃ」

 と笑いながら階段を下りていくセレナ。慌ててセレナの後を追いつつ、頬を膨らませて抗議する夕華。その光景は仲の良い友人が談笑しているようにも見えた。


「は……服ですか?」

「そうじゃ。ユウカの服を買いに街に行こうと思っておるのじゃ」

 朝食が終わり、一段落してからセレナが夕華に唐突に提案してきたのは、夕華の服を購入する為に街に行く事だった。現在、夕華が着ているのは高校の制服であるブレザーとスカートで、他には弓道衣の袴しか手持ちにない。
 それと比較すると、セレナの着ている服は映画などで貴族が着ているようなドレスだ。後は秋葉原とかでいそうなメイド服の女性に、ファンタジー小説に出てきそうな槍を持った兵士達。なんとなく理解はしていたが、改めて考えると自分の服装がどれだけ異端なのか実感する夕華。

「分かっておると思うが……その服装は目立ち過ぎるのじゃ」

「だと……思います」

「自分でも思っておるなら話しは早い。今日は妾の方は公務は一切無い。ということで妾の服を貸すから、街へ行って服を何着か購入しようという訳じゃ。勿論、妾も一緒に行ってユウカの似合う服を探そうかと思うとる」

「……え?」

 セレナの発言に固まる夕華。いや、固まっているのはユウカだけではなかった。セレナの周りにいるメイド四名も「今なんと仰られましたか?」と言いたげに固まっている。
 それもそうだ。一国の王が記憶喪失(とセレナが勝手に思い込んでいる)で、言い方は悪いが、どこをどう見ても王より階級が下の人間である夕華。そんな人間の服を王が一緒に探しに行くなんて聞いた事が無い。

 いや、前代未聞だ。そんな事をすれば王としての立場が悪くなるのは明白。それに、この事を大臣兼世話係のマーリンが聞いたら、黙って了承する訳が無いのは目に見えている。砲撃のような口撃が始まるのが目に見えている。なのに一緒に行くと決めたセレナ。一体何を考えているのかと夕華は疑問を抱いた。

「皆の者、何を驚いておるのじゃ?『妾の客人』で『妾に会いに来ようと旅をしていたら、盗賊に襲われ、衣類の入った荷物を無くしてしまった』のじゃ。しかも、襲われたのが妾の領土内。そういう訳なら妾も行くのが筋であろう?」

 「そういう事でございますか」と、詳しい事情を知らないメイド達は勝手に納得する。その一方で、まさかそういう嘘をでっち上げるとは夕華は予想してなかったので、その場で固まるしかなかった。話しを合わせられる状況ではなかったので、心の中で悲痛の叫びを上げていたのは夕華だけの秘密だ。

「あ、あの……」

「ユウカ、なんじゃ?」

 おずおずと右手を上げてセレナに声をかける夕華。もう分かりきっているのだが、確認をしたい事が一つあったのだ。右手にカップを持って優雅に紅茶を飲んでいたセレナは「なんでも聞くがよい」とでも言わんばかりに柔らかい笑みを浮かべた。
 夕華には、セレナが優雅に紅茶を飲む姿が、夕華が持つ貴族のイメージとピッタリ一致していた事に内心驚いていた。

「あの、その『客人』って誰の事でしょうか?」

「ユウカ、そなた以外誰がおる?というか自覚ぐらいはして欲しかったのう」

 持っていたカップを置いて呆れた表情を浮かべるセレナ。

「あ……そ、そうですよね。アハハ」

 分かっていた事ではあるが、セレナが言った「客人」というのが自分である事にどう対応すればいいかわからず、乾いた声で笑う夕華。こうなったら自棄だ。このまま無理矢理話しに乗って、服でも剣でも何でも買いに行こうじゃないか、と諦めに入る夕華。

「ユウカらしい冗談じゃの」

「で、ですかね?」

 これまた乾いた声で笑う夕華。これでは周りにいるメイド達に嘘だと見抜かれるのも時間の問題だ。嘘をつくのは苦手なのに、と内心冷や汗を流す夕華に対し、余裕の表情で紅茶を飲むセレナ。

(じ、次元が違うよね……)

 流石、王なだけあってハッタリも簡単にかますものなのだと認識する夕華。だが、王だからと言って、全員が全員ハッタリを余裕でかませる事は無いのだが、王をセレナしか知らない夕華にとって、王というのはセレナが全てになってしまうので仕方の無い事か。
 夕華は少し落ち着こうと思い、自分のカップに入れられている紅茶を口に含んで、慌ててカップを置いて左手で口を隠す。口を隠している夕華の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。

「慌てて飲んだのじゃな?」

 一連の流れを見て呆れた様子のセレナの問いにコクコクと頷く夕華。紅茶の温度の事を考えていなかったので、舌を少し火傷したようだ。周りのメイドもクスクスと笑っている。
 それを恥ずかしそうに顔を真っ赤にして下を向く夕華。セレナは小さく溜息を吐いてから爆弾発言を口にした。

「その服では目立って仕方あるまい。そうじゃのう……妾の服を一着ユウカに貸すとするか」

「え、ええ!?」

 突然の事に驚く夕華。誰の服を自分が着る?王であるセレナの物を?

「フフ……後で使いの者を部屋に送る。その者に着るのを手伝ってもらうがよい」

 と、満面の笑みを浮かべて話すセレナ。その笑みは子どもが悪戯を思い浮かんで、旨く事が進んでいる事に喜んでいるかのようだった。再び話しについていけなくて呆然とする夕華を余所に、セレナは「支度をしてくる」と言って部屋から出て行った。

「え、えと……どうすればいいのかな?」

 と、残された夕華は呟くも、前に立っているメイドは何も言わずにただ微笑んだだけだった。



「うわぁ……」

「なんじゃ、ユウカ。そんな驚いた声を上げおって」

 夕華は賑わっている街を見て驚きの声を上げる。今、街の中心とも言える大通りを歩いている最中の夕華とセレナ。その大通りでは多くの人が行き交いしていて、まるで都会に来たかのような錯覚を覚える夕華。

 ここフェスタリア領ヘリーシャムは、農業がフェスタリア国で最も盛んな街である。その為、多くの商人が食糧を求めてこの街にやってきている。商人達が高値で農作物を買って行く影響もあり、街全体としては比較的豊かな部類に入っている。
 他にも織物関連も近年需要が増加傾向にあるが、農業に比べるとまだまだ感があるのは否めない状況ではある。

「さっきも言ったのじゃが、ここが首都という訳ではないぞ?」

「わ、わかってます。ただ、思った以上に人がいたのでつい……」

 顔を少し赤らめて恥ずかしそうに右頬を掻く夕華。ヘリーシャムに着く前に、馬上でセレナから「少し大きな街」と説明を受けていたが、話しを聞いただけというのと自分の目で見るのとでは大きな差がある。
 その前に、ここまで馬で二人乗りをしてきたので、緊張のあまりセレナと何を話したか覚えていない夕華。まさか、自分が漫画や時代劇のような二人乗りをするとは、夕華は夢にも思わなかった。それと同時に、本当にどこの誰かも分からないような人間に、王さまが服を貸すなんて事が現実的にあるという事に驚いていた。
 今、夕華が着ている青を基調とした貴族とはかけ離れた質素なローブは、セレナ曰く「公務が嫌になった時に、街へ出る為の服じゃ」とのことらしい。
 セレナも先ほどまで来ていたドレスのような高貴な服ではなく、袖の無い淡い緑色のローブを着て肩から先は袖なしローブの下に着ている白の服を見せていた。それでもどことなく高貴に見えるのはセレナの育ちが影響しているのだろうと勝手に思っておく夕華。

「さて、少し歩く事になるのじゃが……ユウカ、逸れないようにの」

「は、はい」

 緊張した表情で返事を返す夕華。返事をするだけで緊張しているのが丸分かりだったので、セレナは腕を組んでどうやったら夕華の緊張がほぐれるかを考える。
 それに、年齢が同じに見える女性が一緒に行動しているのに、片方が敬語で緊張している姿は周囲の人間からしたら不自然だ。

(どうしたものかの……ふむ……これしかあるまい)

 と、何か思い浮かんだ様子のセレナは前を歩く夕華を見る。キョロキョロとまるで初めて街に来たかのように周囲を見る夕華。その姿がとても微笑ましいのだが、セレナは逸れないようにと夕華の左手を掴んで

「ユウカ。はしゃぐのもよいが、逸れたら危険じゃ」

「あ、ご、ごめんなさい」

 素直な夕華にうむとセレナは満足そうに頷いてから、夕華の耳元に口を近づけ小さな声で

「それと、今は妾と二人だけじゃ。敬語などいらん」

「え、でも」

「よ・い・な・ユ・ウ・カ?」

 夕華に反論すら言わせない勢いのセレナ。鬼気迫る物を感じたのか、夕華は何度もコクコクと頷いた。若干涙目になっている夕華だったが、残念な事にその表情をセレナは見ていなかった。そして、満足そうに頷いたセレナは夕華から離れてニコリと頬笑むと

「うむ、その方が妾も気が楽でいい」

「う、うん」

 セレナの満面の笑顔とは対照的に、冷や汗を流しながら引き攣った笑みを浮かべる夕華。もし、ここで敬語で話す事に拘ったら命が無い――そんな予感が夕華の頭を過ぎっていたからだ。
 夕華の思い込みが激しいのも影響しているのもあるが、それだけセレナが『普通』にしていたいとの気持ちが強かったのが前面に現れてしまったわけであるのだが、それを夕華が知る由もない。

 到着早々に、多少の問題はあったが、それ以降は少々ぎこちない敬語無しの会話をしつつ、夕華の服を探しに服を扱っている店に向かった二人。服を購入する際、購入枚数の倍以上の服を試着した夕華は疲労困憊だった。人生で経験したことが無い数の試着をした夕華。それを見て似合うか物だけを選別するセレナ。
 その様子は傍から見れば、子供の洋服を選びに来た母のようだった。ただ、年齢が近いという事もあって、そういう目で見られる事は無かったのだが、店主が「どういう関係だと」裏で首を捻っていたに違いない。
 尚、購入した服の数は十を越え、結局城まで運ばせることになってしまったのだが、店主もセレナがお忍びで来ていることを知っているようで、場所を聞いても驚き一つしなかった。

「さて、買い物も終わったのじゃが……少し休憩してからにしようと思うのじゃが……。どうじゃユウカ」

 この街にどこに何があるかを一通り説明し終えたセレナは、夕華の疲労具合を考慮してそう提案した。

「さ、賛成」

 疲労感たっぷりの口調の夕華。時間も昼を過ぎた頃だ。昼食を取るのもいいだろうとセレナは考えつつ移動しようとしてふと、人が一箇所に集まっているのが目に入った。夕華もそれに気づいたらしくセレナの隣でその場所を見る。

「なんだろう?」

 首を傾げる優華はセレナを見る。セレナは黙って様子を見守っている。その目つきは先程まで見せていた柔らかいものから、まるでここが戦場だと夕華が錯覚するぐらい鋭いものに変わっていた。

「せ、セレナ?」

 恐る恐る声をかける夕華。先程までの楽しい会話をするような雰囲気ではないのは隣にいる夕華はすぐに分かった。だからこそ緊張する。また目の前で誰かと誰かが殺し合うのかと思うと――

「あ、すまぬすまぬ。妾とした事がついの……どうやら喧嘩の様じ「この糞アマがぁぁぁぁぁ!!」……ではないようじゃな」

 男の怒声を聞いて深々とため息を吐くセレナ。喧嘩ならよく見かける光景なのだが、どうやら今回は男の怒声通りなら、相手は子供のようだ。「ユウカ、逸れんようにの」とだけ言って人込みの中へ向かうセレナ。その後を慌てて追う夕華だったが、何となく嫌な予感しかしない。
 例えば、怒りの矛先が自分の方へ向かうとか、相手の男がよく漫画に出てくる屈強な筋肉達磨とか、何故か飛んできたテーブルがこれまた漫画のように顔面に直撃するとか、色々な嫌な予感が浮かんでは消える。

「あ、ごめんなさい」

 人込みの僅かな隙間を通り抜けている為、時々人にぶつかる夕華。流石に謝らずに通るほど人間できていないので、謝りながら無理をしつつ通る夕華。セレナの後姿を追いながらやっと前列に出ると、そこにはセレナと同じ金色のショートカットに、肌を大胆に露出しているバンダナを巻いた女の子と……

(どうして嫌な予感って当たるのかな……?)

 そう、先ほど夕華が予想していた通りの屈強な筋肉達磨の男が立っていた。傍から見ても男が怒っているのは明白。
 よく見るとセレナがヒソヒソと隣に立っている野次馬の若者に何が起きたのか聞いていたので、夕華もその会話が聞こえる位置まで移動する。

「それで、何が起きたのじゃ?」

「ああ、なんでもあの女の子が偽物の宝をあの男に売ったらしくて……」

「男がそれに激怒して今に至ると?」

 セレナの言葉に男は頷きながら続ける。

「そういうこと。でも、女の子は本物だって言い張ってるんだよね……。しかし、あの女の子……この辺りじゃ見かけないんだよね」

「ふむ……」

 腕を組んで考える仕草を見せるセレナは、若者に礼を述べて事態がどうなるか注視する。男は右手にナイフを。女の子は不貞腐れた表情で左手で頭を掻いていた。男と違って武器は一切持ってない。これは危ないんじゃないかなと夕華は思いセレナにそれを言うと

「今はまだ動けぬよ」

「な、なんで?あの女の子殺されちゃうかもしれないんだよ?」

「ユウカ、それは無いから安心するのじゃ」

 なんで?と首を傾げる夕華に説明をするセレナ。なんでも人殺しを犯した者には、かなり重い罰が待っているそうだ。勿論、どうしてそうなったかの弁論をする機会はあるそうだ。なので、戦場以外でそう簡単に人殺しは起きないというセレナの説明。
 日本で言う裁判みたいなものなのかなと認識する夕華。一先ず安心だが、女の子がどうなるか不安がある。

「言い訳はもうねぇよな?」

「だ・か・ら!さっきから言ってるけど、あれは本物だって言っただろ!保証証までつけたんだから問題はないはずだろ!」

「質屋持っていったら、『偽物』って言われたんだバカヤロウ!」

「んなヘボ質屋に持っていくバカが悪いじゃねぇかよ!」

(言葉遣いが……女の子なのに……)

 会話を聞いて、目の前がクラっとする夕華。女の子の口調を一言で表現するなら「汚い」。オブラートに表現するなら「女の子らしくない」とでも言おうか。セレナの場合は、王族として気品ある喋り方なので問題はないのだが、さすがにあの言い方はまずい。相手の男を挑発するのには十分だ。
 その証拠に、男の顔はみるみるトマトのように真っ赤になっていた。このままでは本当に刺されてしまうのではないかと危惧する夕華。

「ふむ……どうやらあの女子(おなご)、多少なりと武術の心得はあるようじゃの」

「何セレ「いい加減にしやがれこのガキ!!」え?」

 セレナの呟きは隣にいる夕華でも聞き取れないぐらいの小さな声だったが、その声も男の怒鳴り声でかき消された。
 男が一直線に女の子に向かう。その手に握られているナイフの刃は女の子に向いている。だと言うのに女の子は面倒そうな表情で左手で頭を掻いていた。そんな余裕は無いはずだ。だが、一歩も動こうとしない女の子。

「あ、危ない!!」

 夕華の声の他に悲鳴に似た声が周囲に響く。誰もがそのまま女の子の体をナイフが貫くと思った時だった。

「遅いんだよねぇ……全く」

 と女の子の声が聞こえたかと思うと、鈍い音が聞こえた。それと同時に悲鳴などで混乱しかけていた周囲が静まり返る。カランと金属音が響く。何かなと夕華は辺りを見ると、少女の足元にキラリと光る何かが目に映った。少女の足元に落ちていたのは男が持っていたナイフだった。
 ズズズと音を立てるかのように膝から崩れ落ちる男。痙攣を起こしていることから気絶したようだが、女の子を除いた周囲の人間は誰一人何が起きたのか理解できなかった。いや――何が起きていたのか一人だけ理解していた人物がいた。それは――

「ふむ……いい鳩尾への肘打ちじゃったな」

「え!?今の見えてたのセレナ?」

 そう、夕華の隣にいるセレナだった。それに驚く夕華。全く少女の動きが見えなかったのだから当たり前だ。少女は両手を腰に当ててまな板のような胸を張って

「先に暴力振るってきたのはあんたの方だから、正当防衛ってことでよろしく!」

 と宣言し立ち去ろうとした時にセレナと目が合い、少女の動きが止まった。何があったのかと思いつつ夕華はセレナを見ると、かなり鋭い眼つきで少女を見て――いやセレナのそれは睨んでいたと表現するのが好ましいだろう。

「せ、セレナ?」

「むっ?……ああ、済まぬ。つい武人としての血が騒いでしまっての」

「……あんたナニモンよ?」

 少女がジト目でセレナを見ているが、かなりセレナの事を不審に思っているのが見てとれた。確かに、見知らぬ人に睨まれていたら自分に対して良い感情を持っていないと受け止めても不思議ではない。

「妾か?……ふむ、あまり大きな声では言いたくないのじゃが……」

 と言って腕を組んで悩むセレナ。二人の様子を見守る野次馬達の中で、何人かはセレナの事に気づいた人間もいたようだが、セレナの服装があまりにも質素だった為、セレナ本人と自信を持って言えなかった。
 近くでその様子を見守ることしかできない夕華は、どうしようとオロオロしていた。

「まあ良いか……。妾はセレナ=フェスタリー=フランツィスカ。このフェスタリアの現王じゃ」

「「「え!?」」」

 セレナの発言と共に周囲の人達の活動が停止した。比喩ではなく本当に誰一人動けずにいた。少女に至っては驚愕の表情を浮かべて固まっている。
 その中でも、ただ一人この状況に狼狽えているのは夕華だった。王であるセレナが自ら名乗ったということは、この場所で混乱が起きるんじゃないかという不安があった。驚愕の表情のまま少女はセレナを指さしながら口をパクパクと動かす。

「な、な、な……」

「な?」

「な、なんでセレナ様がこんな所にいるんだよ!?」

 その場にいた誰もが思った疑問を叫びにも似た大声で言う少女。そこから止まっていた時計の針が動き出すかのごとく、ザワつく野次馬たち。

「なに、知り合いの服を買いに街に来たまでじゃ。なにか問題でもあるかの?」

「問題あるかのかって……大アリじゃん!!」

 ハテと首を傾げるセレナ。お伴を連れないで、夕華と二人だけで街に出ているという異常な状況を理解していないようだ。セレナの様子を見て地団駄を踏みながら抗議の声を上げる少女。

「まあ、そなたも少しは冷静になるがよい」

「あ・た・い・は・れ・い・せ・い・だ!!」

 誰がどう見ても冷静じゃない少女。その時だった。騒然とする野次馬達の群れに大きな声が響き渡ったのは。

「そこの者たち道を開けよ!!」

「あの声は……やれやれ。ユウカ、楽しい時間はお仕舞いの様じゃ」

 セレナはそう言って深々とため息を吐いた。「え、え、え?」と何が起きているかが理解できない夕華。しかし、野次馬達が道を開けてそこから現れた人物を見てなんとなく納得した。

「王!お戯れが過ぎますぞ!!」

 現れたのは黒いマントに身を包んだマーリンだった。夕華とは初対面となるのだが、マーリンの服装や雰囲気から夕華はこの人がセレナの側近であるとすぐに理解できた。

「ああ、マーリン。遅かったのう」

 と呑気なセレナに頭を痛める夕華。一方のマーリンは諦めた表情で

「“御友人”と街に行くのでしたら、このマーリンに言ってもらわなければ困ります!!王の身に何か起きてからじゃ遅いのですぞ!」

 御友人という言葉を敢えて強調するマーリン。これは今朝セレナとマーリンが話しあって、夕華をどういう扱いにするかを話し合って(セレナが一方的に)決めたので、それに従うマーリン。正に配下の鏡だ。

「ああ、そんな大声出さなくても聞こえるぞ、マーリン。紅茶でも飲んで落ち着いたらどうじゃ?」

「私はこれでも落ち着いております!!」

 と、二人のやり取りを見て、つい数十秒前に見たような光景が繰り広げられているなと思う夕華だったが、ふと少女の方を見ると少女の姿はそこにはなかった。

「あれ……どこ行っちゃったんだろう?」

 少女の姿を探して周囲を見渡す夕華。しかし、どこにも少女の姿は見えなかった。おかしいなと思いつつ、今現れたマーリンと話しながら野次馬の群れから抜け出ているセレナの後を追う。
 その時、誰も思わなかった。姿を消した少女と、あのような形で再会する事になるとは――



「あ、危なかった。……つうか、なんで王があんな服装で街にいるんだよ」

 と先ほどまで騒動の中心にいた少女は、路地裏で息を整えつつ愚痴る。今日は朝からツイていない。家から出てすぐに黒猫が目の前を駆け抜け、自分の働いている店に行くまでに財布を盗まれて、その盗んだ男をぶん殴って財布を取り戻したり、本物の盗品を偽物だとイチャモンつけられた。
 思い返すと良い事なんて全くない日で、思い返しただけで頭痛がする少女。

「全く、今日はあたいにとっては厄日だよ、まったく」

 少女らしからぬ口調で天を仰ぐ。だが、それでも良い事はあった。まさかこんな形で会う事になるとは思わなかったが、目標の顔を見れただけでも僥倖だった。

「待っていて母さん。もうすぐ……もうすぐ、前のように一緒に暮らせるから……」

 年代物のナイフを両手で抱きかかえるように握り呟く。これが“最後の仕事”になる事を祈るかのように。

「――を――したら必ず、必ず迎えに行くから」

 少女の呟きと共に小さな風が街に吹く。これから起きる事を暗示するかのように……。




次回 二人の戦女神
第三話「居場所(前編)」
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