愛なき道

オリジナル小説「二人の戦女神」と「リリカルなのはシリーズ」の二次創作を中心に活動中

二人の戦女神第四話  

 セレナが首都へ向かってから数日が過ぎた。




 昼を過ぎた頃。フェスタリア国、ヘリーシャム城のマーリンが使用している部屋に夕華はいた。椅子に腰かけ、若干緊張した表情でマーリンにとあるお願いをしていた。

「ふむ。ユウカ殿。確認しますが、私に歴史を教えてくれと?」

「は、はい」

 きつい視線で夕華を見るマーリン。そのきつい視線に少々怯えた様子で夕華は頷いた。自分の対応が悪かったかもしれないなと思いつつもマーリンは夕華を見る。来ている服は青を基調とした物で、三週間ほど前にマーリンに“無断”でセレナが夕華を連れて外出した時に購入した服の一着だ。

「あの……ダメでしたら、そう言っていただければ……」

 と、マーリンにジッと見られているからか、オズオズとした様子で話す夕華。かなり緊張している様子が簡単に見て取れた。その夕華を見て、自分の態度が緊張させている事に気づき、マーリンは肩を竦めて

「ああ、申し訳ない。なかなか他人から『歴史を教えてくれ』とは言われないもので、驚いてしまって」

 とにこやかに笑顔を浮かべるマーリン。全くもって嘘である。我ながら、よくこんなでたらめな事をスラスラと言えたものだと、心の中で苦笑するマーリン。しかし、それを信じ込んだ夕華は、「そうなんですか?」と聞いてくる。
 この小娘、どこまで本気なのか分からないなと少しだけ警戒しつつ

「ええ、私のような老人に聞いてくる若い者なんて、そうそういないもので」

「はぁ……でも、マーリンさんってまだお若いと思うんですけど」

(この小娘、嫌味で言っているのか?)

 今年で齢(よわい)六十を越えるマーリン。確かに見た目では五十代前半にも見えなくもないマーリン。夕華に疑いの眼差しを向けるが、それが自分の誤りである事に直ぐ気づく。それもそのはず。夕華の目は純粋その物だったからだ。

 マーリンは、夕華に対して不審な人物として対応をしていたが、今日初めてまともに話して、それが誤りだったのではないかと思い始めていた。が、まだ決めるのは早計だと判断し、もうしばらくは夕華を警戒しておこうと決める。

「して、歴史を教えるのは良いのですが、どんな歴史を知りたいのですか?」

「あっ……」

 マーリンに聞かれて、しまったという表情を浮かべる夕華。その表情から「そこまで考えてなかった」事が安易に見てとれた。

(この小娘、どこまで演技だ?)

 不審な目で夕華を見ざる得ないマーリン。これは夕華の完全な失策だ。自分が怪しいと思われているの状況で、「歴史を教えてくれ」と言っておいてこれでは、怪しさが倍増してしまうというもの。
 本来であるなら、ここで断られても仕方ない状況である。しかし、マーリンが断ってしまおうかと考えていた時だった。夕華の発言がマーリンを驚かせる。

「あうう……この国ができた頃から今までの歴史って幅広いですもんね。そこまで考えてませんでした」

「建国した頃から……?」

 驚きをなんとか最小限に抑えるマーリン。他の人間なら大声で驚いていただろうが、そこは流石フェスタリアの重鎮である。まさか、夕華が建国当時から今までを知ろうとしているとは思いもしなかっただろう。それこそ、ハンマーで頭を殴られたぐらいの衝撃がマーリンを襲っていたに違いない。
 所詮、小娘の戯言だ。最近の事だけ聞いて、「自分は記憶喪失です」とアピールしようとしているのだろうと勝手に思い込んでいた。しかし、夕華は「この国ができた頃」と間違いなく言った。

 まさか本当にこの小娘「記憶喪失」なのかと訝しむマーリン。もしこれが演技ならば、この小娘は危険人物となりうるが、どう見ても演技とは思えない。今もまだどうしようと悩んでいる夕華がマーリンの目に映る。どうしたものかと考えつつ、古代からの歴史書を書棚から取りだし、今だ狼狽えている夕華を細い目で見るのだった。





二人の戦女神
第四話「居場所(後編)」








 夕華がマーリンに歴史を教えてもらう前日の事――

「さて、各々順番に報告せよ」

 首都、フェスタリア城の一室でセレナは仕事用の部屋で、机に両肘をついて目の前にいる主要な大臣や各部署の担当官達の話しを聞く態勢に入っていた。これが本来のセレナがいるべき場所であり、ヘリーシャム城はあくまでフェスタリー一族の城であり、王としてのセレナが常在するような城ではない。
 セレナが話すように促してから最初に報告をしたのは、国の財政をまとめている大臣からだった。

「では私から……。最近、賊の討伐増加の影響で武具調達による支出が多くなっております」

 「そこまでは宜しいでしょうか」とお伺いを立てる大臣に頷くセレナ。心の中では「そんなことは言われなくても分かっておる」と言いたいのを我慢して、だ。セレナの心中を知らぬ大臣は小さく頷いてから続ける。

「その影響により、国の財政がかなり圧迫されており、このままでいくと国力の低下に――」

 スラスラと現状と今後の予測される懸念事項を述べる大臣。それをセレナは聞きながら頭の中でどうするかを思案する。いつもの事ではあるが、もう少し自分達で考えてから自分の所に聞きに来てほしいと思うセレナ。

(この間など、ただ問題がありました。どうしましょうと来おったからの……)

 心の中で深々とため息を吐きつつ、報告を全て聞いてから指示を出すセレナ。それぞれの対応に差がありすぎる事を痛感しつつ、自分の持っている知識を全動員しつつ溜まってしまった問題を一つ一つ解決へ導く。
 父、フェスタリー三世の時は、一から自分で対応をしていた。が、セレナはそれでは見えるとことも見落とす可能性があると常々思っていた。父から少しだけ権限を譲り受けた二年前に、やり方をガラリと変えた。
 それが、形となって表れてきたのが今年に入ってからで、これなら父の負担も減るとセレナが思っていた矢先に父が崩御。それまでの努力が無駄になった訳ではないが、セレナを襲った疲労感や喪失感は誰も想像できないだろう。

 だが、父が亡くなった事に泣く暇もなく、セレナは公務や賊討伐へと赴いていた。父が向こう――天国――で心配せぬように自分がしっかりしなければという、セレナの思いが彼女を休む暇もなく今も動かしている。ヘリーシャム城にいた数週間ですら、報告書や諸侯への要請文書作成等の仕事をしていたのだ。

「――でやってみるがよい。最終的な責任は妾がとる。気を楽にの」

「はっ!」

 最後の指示を出し終えたセレナは、これから細かい雑務だと思っていると、部屋の後ろにいた赤髪ツンツン頭が特徴的な、鎧を着た男が口を開いた。

「セレナ様。一つよろしいでしょうか?」

「む……ルーカウスか。なんじゃ、申してみよ」

 男の名は、ルーカウス=エーベルハルド。自慢の赤髪が全部立っているのが特徴的な三十一歳、未婚。このフェスタリアの将軍の一人である。剣術に長けているが、弓術の方でもフェスタリアでは右に出る者はいない――とまで言わしめるほどの実力者である。
 エーベルハルド家の出世頭として期待を背負い、日々鍛錬を怠ることは無い。ただ、女性を見ると見境もなしに口説く為、いつも幼馴染のメイド長に見つかっては怒られているとの噂が領土内で流れている。

 本来、ルーカウスはこのような大臣達の報告には滅多に顔を出さない。その為、ルーカウスがこの場に来ている事に大臣達がどういう事だと訝しんでいた。

「三週間ほど前、ヘリーシャム領の名も無き村で“御友人”であられる少女を一人救助されたと耳にしました」

 わざわざ「御友人」と強調するルーカウスの眼は、「御友人と言うのは嘘ですよね?」とセレナに訴えかけてきていた。ルーカウスの発言を聞いた大臣対は「初耳だ」と騒いでいる。どうやらこの場で知っていたのはルーカウスだけのようだ。

「うむ。そうじゃが?」

 やはり夕華の事は既に首都にまで届いていたか、と内心毒づくセレナ。誰がルーカウスに情報を流したかは大体分かっている。夕華の事を密偵か暗殺者かと疑っているというのなら、それは間違っているとセレナは思っていた。

(夕華の弓を見ていたが、あれは“人を射抜いた事が無い”者の弓じゃったからの)

 実際に弓を引いた所を見たのはこちら――フェスタリア城――に来る三日前の事だったが、歴戦とまでは言えないが、実戦経験を積んできているセレナはそう判断していた。

「その者が、密偵の可能性があると思うのですが……どういう判断で近くに置いているのかお聞きしたいと思う所存です」

 相変わらず変な敬語を使う男じゃと思うセレナだったが、黙していればこの場にいる大臣者達が不審に思ってしまう。なるほど、大臣や各部署の担当官が集まっているこの場で聞くのは確かに効率がいい。よく考えたものだと感心しつつ

「怪しいからと言って、すぐに放り出してしまえば、『フェスタリアの国王は困っている人間をすぐに放り出す』と噂が流れるのは目に見えておる。それに、怪しいというのであるならば、近くに置いて監視をするのも一つの手じゃと思うのじゃが……どうかの、ルーカウス?」

 セレナの言う事は確かに正しく、大臣や部門担当者も「なるほど」と頷いていた。確かに、近くにい置いて監視をするというのも分かる。だが、何かあってからでは遅い。何か対策を取っているとは思うが、王であるセレナの事が心配なルーカウス。

「確かにそれも一理あります。では、セレナ様から見て、その少女はどのように見えたかお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 珍しくセレナに喰らいつくルーカウスに、只ならぬものを感じたのか、その場にいる大臣達がザワつく。だが、その保護したという少女を見たことの無い人間にとっては、王であるセレナがどのように見えているか知りたい所ではある。
 なので、心の中では「よくぞ聞いた!」「珍しくいい所をついた」とルーカウスに称賛を送る大臣達。中にはルーカウスの日頃を考えて、季節は春だが、明日は雨か雪でも降るんじゃないかと心配する人間もいる始末。
 そんなことを大臣達が思っているとは知らないセレナとルーカウス。ルーカウスはセレナを注視したまま動かずに、回答を待つ。セレナはどうしたものかと思いながら小さくため息をつき、口を開いた。

「妾から見れば、どこにでもいるただの少女じゃった。ただ、どこかで弓の練習はしていたようじゃ」

「弓……ですか?」

 夕華が弓が得意である事を隠す必要もないと判断したセレナだったが、その事を聞いたルーカウスはピクリと反応を示す。ルーカウスは弓を得意としているが、どこにでもいるような少女が弓の練習をしていたという事が不自然だった。

(今はまだ手を出さないだけで、遠くから狙う可能性も……)

 嫌な予感がルーカウスの頭を過ぎる。その保護した少女が王を狙う可能性は低くいは無いはずだと進言しようとした時、セレナが思い出したように

「ああ、言い忘れておったが、ユウカは人を射抜いた事はないようじゃ。……無論、動物もじゃ」

「……は?」

 セレナの言葉を聞いて、素っ頓狂な声を上げて硬直するルーカウス。人や動物を射抜いた事が無い?でも、弓矢の練習はしている?一体何の為に?頭の中が混乱してしまうルーカウス。

「セレナ様。もし本当に普通の少女だというのでしたら、いつまでも保護しておく必要は無いかと思いますが?」

「確かにその通りです。何時までも傍に置いておくような事態が続いておりますと、各伯爵達のセレナ様に対して不審な目を持つ事は避けられませぬ」

 進言してきた大臣達の言う通りであのはセレナも理解している。王であるセレナと、“あくまで普通の少女”である夕華。この世界の階級差は想像を絶するほどのものであり、本来なら王であるセレナと一般人の立場にある夕華が会話することも許されないのだ。

 最下層の奴隷に至っては、人権など存在しないのである。食事を与えられなかろうが、人身売買されようが、理不尽な目に合おうが、上の階級の人間に意見を述べたり、暴力を振るう事は絶対許されないのである。そんな事をしたが最後、鞭打ちか、体の一部をはぎ取られるか、殺されるかのどれかだ。

 それほど厳しい階級差が存在している世界。もし、夕華とセレナの会話を誰かに聞かれでもしたら、夕華が何らかの処罰を受ける可能性も否めいない。その事も分かっている。分かっているのだが、どう対応すべきか悩むセレナ。どこか安全な村か街で夕華を引き取ってくれそうな所を探すべきなのだろうが、セレナはそれを決断できずにいた。セレナの奥底にある「ある一つの想い」が決断の邪魔をしていた。

「ユウカについてはもうしばらく監視をし、妾が最終的に決める。それでよいな?」

 己の迷いを見せないように大臣達に強い口調で通達するセレナ。「王がそう仰られるのでしたら……」と反対意見を出さない大臣達。だが、一人だけその通達に反対する者がいた。黙る大臣達の前に出てくる一つの影。

「セレナ様。一つ提案が」

 先ほどまで硬直していたルーカウスだった。そのルーカウスが何を提案するのかと大臣達は固唾を呑んで、ルーカウスの言葉を待つ。

「申してみよ」

 ルーカウスの事だ。夕華を一定の場所でしか行動できないようにしては、と提案してくるだけだろうと予測を立てるセレナ。しかし、そのセレナの予測は見事に外れることとなる――

「その少女と私が弓で勝負をし、少女が負けたら、即座に城から出ていってもらうというのはどうでしょうか――」

 ルーカウスの発言により静寂が部屋を支配する。その発言を理解するのに十数秒必要とした大臣達は、理解した途端騒がしくなる。だが、その騒がしい声はすぐに収まる事になる。

「皆の者、静かにせぬか!」

 ざわめく大臣達を少し大きな声を出して黙らせるセレナ。静かになった部屋にいる者たちを見まわし、最後にルーカウスに視線を向け口を開いた。

「して、ルーカウスよ。何故にお主とユウカが勝負などせねばならぬのじゃ?」

 セレナがルーカウスに聞いたのは、この場にいる誰もが思った疑問だった。セレナの言葉を信じないという訳ではないのだが、大臣達は密偵の可能性がまだ残る夕華と、この国の中でも「弓では右に出る者はいない」と言われるほどの実力の持ち主であるルーカウス。この二人が弓で勝負するメリットが見当たらない。

「理由は幾つかあります。一つは、弓の勝負の場でセレナ様に矢を向けたら即座に斬る事ができるという事」

「……確かにの」

 ユウカが自分を狙うような光景を想像できないセレナ。しかし、ルーカウスの言っている事は理解できる。勝負の場には多くの観客と称した兵士や将軍達が集まることだろう。その様な場所で暗殺を試みようものなら、即座に対応されて終わりだ。

「幾つか理由があると申したな、ルーカウス」

「はい」

「残る理由を述べてみよ」

 右手を顎に当て、思案しつつルーカウスに続きを促す。セレナが自分の意見に興味を持ったという事に、心の中でグッと右手を握るルーカウス。久しぶりに自分の意見が通りそうな事に安堵したが、勝負はこれからだと気を引き締める。

「はっ。……二つ目に、少女が本当に普通の少女だと言うのでしたら、密偵ではないという証拠を『勝負にて証明せよ』というのが、少女の為かと」

「……つまり『一騎討ちにて己の潔白を証明せよ』と言いたいのじゃな?」

 ルーカウスはその言葉に頷く。それを見たセレナは小さく分からないように息をつく。確かにそれなら、お互い納得して終われる可能性が高い。しかしその為には一つだけ問題があった。

「じゃが、ユウカが一騎打ちの話しの前に『城から出ていく』と言ったらどうするつもりじゃ?」

 そう。夕華が一騎打ちの申し出の前に出ていくことを申し出した場合、ルーカウスはどういう対応を取るのか。三週間とは言え、毎日夕華を観察していたセレナは、夕華が相手が迷惑になると判断したら、自分を殺してでも相手に迷惑をかけないようにする人間であるという事を理解していた。
 それに気づいたのは、夕華が人前で泣くような事は無かった事からだ。記憶喪失で、親が既にいないのならば、不安に押しつぶされて人前でも泣いてしまう事はあるはずだ。
 しかし、夕華は人前で泣くような事は無かった。不安そうな表情を浮かべる事はあっても、大体は笑顔で話しをしている夕華を見ていたセレナは、一騎打ちをルーカウスが申し込んだ時、夕華が去ってしまうのではないかと言う不安に襲われていた。

 それと同時に、どうして夕華が去ることに自分が不安に思っているのかという疑問もセレナの中に生れていた。マーリンに忠告を受けた日以来、「あの事」は自分の中で割り切っているのだが、心のどこかでまだ求めているのかと、自己嫌悪に陥ったセレナは心の中でため息をつく。

「セレナ様、密偵の可能性があるのに、城から出ていく事を認められるのですか?」

「……なるほど。それならば、ユウカは一騎打ちを受けざる得ないか」

 いくらセレナが夕華の身の保障をしたとしても、他の人間にそれがどう映るかという問題を考えた時、セレナの独断で夕華は安全だから出ていくのを黙認する――ということはできない。

(つくづく、考えたものよの……)

 やれやれと小さくため息を吐いたセレナは一騎打ちを行うのは認めたが、一つだけ条件を出した。

「条件……ですか?」

 怪訝そうな表情を浮かべるルーカウス。先ほどまで一騎打ちを認められた事に喜んでいたのだが、まさか条件を提示されるとは思っていなかった様子。セレナはウムと頷き

「これは妾の提案じゃが……お主が負けて、それでもユウカが城を出ると言った時に、ユウカが住める場所を提供をせよ」

 セレナが条件を言った瞬間、部屋にいた人間の動きが止まった。おや?とセレナが首を傾げていると、なんとか思考が再起動したルーカウスが呆けた表情で聞き返えす。

「……は?せ、セレナ様?今なんと……」

「お主が負けた場合、ユウカに家を提供せよと申したのじゃ」

 本日何度目かのざわめきが場を支配する。大臣達が王は何を考えているのか理解できないからだ。しかし、セレナから家の提供を命じられたルーカウスはセレナの意図を理解していた。

 それは、少女(夕華)が城を出た後、密偵の可能性があると思っている公爵達や名ばかり貴族達が夕華に危害を加えられないようにする為に、ルーカウスの領土内で監視・保護するようにとセレナは言っているのだ。先を見越しての判断に心の中で感嘆しながらルーカウスは頷き

「よろしいでしょう。その提案を受けましょう。……私がそうそう負けるような事は無いですので」

 自信満々にセレナの条件を了承するルーカウス。それを聞いた大臣達のざわつきが一層大きくなる。セレナはその大臣対の様子を見て眉間に皺を寄せるも、大臣達には何も言わずに別の事で口を開いた。
 
「一騎打ちは四日後に行う。場所は……そうじゃな、ユウカのおるヘリーシャム城でどうじゃ?」

「構いません」

 とセレナが一騎打ちの場所を提案してきたが、どこでやっても結果は見えているとルーカウスは思っていた。いくら弓ができようとも、セレナと違い普通の少女というのなら自分が負ける道理は無い。そう考えてルーカウスはセレナの提示した条件に了承したのだった。
 こうして、密偵の疑いをかけられている夕華本人の関係の無い場所で話しは進み、四日後に夕華の運命を決める一騎打ちが行われる事となった――




 一騎討ち――それは古代から今に伝わる一対一の勝負。その勝負方法は様々な形がある。剣と剣で、どちらかが死ぬまで戦い合う形式から、今回のように弓の技術で勝負という形式。馬に乗った状態で、お互い得意とする武器で戦う形式など、本当に様々な形式で今に伝わっている。

 最初の一騎打ちが行われたのは、今から二百年ほど前の事。その理由と言うのが――

「女性の奪い合いですか?」

 ポカンとした表情で一騎打ちの歴史について教えてくれたマーリンに聞き返す夕華。小さく頷くマーリンの表情は苦虫を五匹ほど噛み潰したようだった。
 セレナ達が首都で一騎打ちを行うことを取り決めた翌日。夕華はマーリンから歴史の講座をしてもらっている最中だった。歴史を知る事は、この世界の事を知る事と同じ意味であると夕華は考えていた。マーリンの聞いている途中とはいえ、夕華はこの世界が地球の中世ヨーロッパに本当に似ていると思っていた。

「ええ。後に歴史上初の女王となられたベルナデット=フェスタリア様を巡って、時の支配者であった、時の皇帝アウグスト=ラースティンとベルンハルトが、武器をもって一騎打ちをした事が始まりとされておるのですよ」

「は、はぁ……」

 「なんだかなあ」と心の中で呟く夕華。ただ、この世界ではそれが当たり前なのだと割り切ろうとも思っていた。じゃないと、この世界で生きていけなくなる恐れがあるからだ。そう思ってふと夕華は女性の名前がフェスタリア国の名であると事に気づいた。その事をマーリンに聞くと

「ああ。それはベルナデット様とベルンハルト様がこのフェスタリアを建国したからですよ」

「あ……なるほど。そういうことなんですか」

 納得いった様子の夕華を見て、さらに話しを続けるマーリン。フェスタリアを建国した二人には四人の女の子が生まれ、帝国のアウグストとも良好な関係を結んだお陰で平和な日々が続いていた。
 だが、その平和な日々が終わりを告げたのは突然の事だった。王ベルンハルトが何者かによって暗殺されてしまったからだ。子供は全員女の子でまだ未成年だった為、後継者をどうするかの問題が発生する。

 そこで王の代わりに政治を取り仕切ったのがベルナデットだったとされている。当時、女性が政治をするというのは『有り得ない事』であり、かなりの反発が貴族や公爵達からあったが、実力でその反発を黙らせたという。

「なんだかセレナ……様みたいですね」

 危うくセレナの事を呼び捨てにしそうになった夕華。その夕華の発言にマーリンのピクリと右の眉が動いた。これはまずいと内心冷や汗だらだらな状態の夕華だったが、マーリンはそれに言及する事をせず話しを続けた。そのマーリンを見て、夕華は「ふう」と心の中で息をついていた。

「ええ、先祖ということもあってか風貌もかなり似ているようです。あれがベルナデット様ですよ」

 とマーリンが右手で夕華頭上を指さす。夕華がその方向に首を向けると、セレナに似た正装した女性、ベルナデットの肖像画が飾られていた。

「セレナ様にそっくり……」

 そのベルナデットを見ての夕華の感想はそれだった。確かに、セレナと瓜二つの姿をしているベルナデットの肖像画。まるでセレナを見て描いたかのようにも見えていた。

「して、そのベルナデット様がこのフェスタリアを支え、亡くなった後は長女のセレイナ様が後を継いで国を成長させたそうです」

「そう考えるとこのフェスタリアって、古くから存在している国なんですね」

 それは、セレナから二つの大国に挟まれた小国がこのフェスタリアで、その大国の仲裁役として存在している国と聞いていた夕華の素直な感想だった。

「五十年ほど前までは今の二大国に並ぶ大国だったのですが、ランドール戦役以降、徐々に領土が奪われて、現在の状況で落ち着いているのですよ」

 五十年前のランドール戦役。フェスタリアとラースティン帝国、そしてグレンドフォール国の三国による多国間戦争の事である。それまで友好な関係だった三国だったのだが、ある一つの噂が戦争を起こした。

 グレンドフォールが帝国に攻めようとしている――

 その噂が全域に流れ、真意を確かめるべくフェスタリアはグレンドフォールへ使者を送る。が、それよりも先にラースティン帝国がグレンドフォールへ宣戦布告を表明。その数日後にはフェスタリアにも宣戦布告。その理由は「グレンドフォールと共同で攻め込もうとしている」という一方的な言いがかりによるものだった。
 そうした経緯を経て約五年以上に渡るランドール戦役は、帝国とグレンドフォールを仲裁した、フェスタリアの領土激減という形で幕を閉じた。

「あの……ランドールって地名ですか?」

「ええ。その戦争の最前線がグレンドフォールと帝国の中間に位置するランドールという場所だったのです。そして、我が国が両国を仲裁した場所もランドールということもあって、ランドール戦役という名がついたのです」

 素朴な夕華の質問。夕華の歳(とし)を考えればランドール戦役については、親や学校などでどういう戦いだったのかは教わっているはずだ。だというのに、夕華がランドール戦役すら知らない事に疑問を持たざる得ないマーリン。
 ただ、夕華を見ている限りだと演技をしているようには見えず、本当に知らない事を知ろうと必死な姿だけがマーリンには映っていた。どうしてそこまで必死なのかと疑問に思ったマーリンは、さり気なく夕華に質問をしてみようと、口を開く。

「なんですか?」

 首を傾げる夕華。その仕草一つ一つは、この少女がただの少女であると認識させられているような気がするマーリンだったが、それは一度置いておいて

「どうして、歴史を知ろうと思ったのか知りたくなりましてね」

「あの……セレナ様には言わないで頂きたいんですが……」

 上目づかいでおずおずと「いいですか?」と聞いてきた夕華に、マーリンは歴史を知ることがセレナに何か関係しているのかと不思議に思いつつ、分かりましたと簡単に返事をした。夕華はそれを聞いて、少しだけ間を空けてから静かに淡々と理由を口にした。

「これ以上、ここにいればセレナ様に迷惑がかかるのは目に見えてます。私がどういう目で見られているかも理解しているつもりです。
 それなら、ここから私が出ていくしかない。でも……一人で生きていく為には必要最低限の知識が必要ですよね?
 生活については大丈夫なんですけど、どの国がどこにあって、どういう歴史を持っているのか……そういうことを知らないと村だったり街に行っても、孤立してしまいますから」

 と当たり前のように話す夕華。それを聞いてマーリンは驚きを隠せずにいた。夕華のただの少女だと思っていたが、まさかここまで周りが見えているとは思っていなかったからだ。
 確かに、これ以上夕華がこの場所、セレナの近くにいれば、周囲の大臣達や諸侯達が黙って見ているはずがない。それなら自分から去ることが得策と夕華は考えていたのだ。

「それに……『居場所』は与えられるものじゃないですから」

 寂しそうな笑みを浮かべる夕華。それは演技ではなく、紛れもなく夕華の本心だった。ここにいたらセレナの迷惑になる。それに自分は本来はここにいるべき人間ではない。

(セレナには助けてもらって、服を買ってもらったりした。少しだけだけど“この世界に来て”初めて仲良くなった子だけど、ここには私の居場所は無いんだ……)

 メイド達の会話もそうだが、一番辛いのは兵士達や将軍と思われる人達からの視線だった。セレナには言わなかったが、自分が怪しまれている事に気づいたのは二日目の事。それ以来、いつも監視されているんじゃないだろうかという疑心暗鬼になりつつも、なんとか日々を過ごしてきた夕華。
 出ていく事を決断をしたのはマーリンに歴史を教えてもらおうと決めてからだった。だが、それで本当にいいのかと言えば、自分でも分からないのが実情だった。でも、セレナに迷惑をかけたくないとの思いが強く、この決断を変えようとは夕華は思わなかった。

 ただの少女と思っていた夕華の決断の強さを目の当たりにしたマーリンは、ある一つの思いが生まれていた。それを言うべきか言わないべきか悩むも、これはセレナの問題が一つ解決するかもしれないとも思いから口を開いた。

「ユウカ殿……あなたに一つ頼みが――」

「マーリン様、失礼します!!」

 マーリンが何か言いかけた時だった。ノックもせずに転がり込むように入ってきたのは一人の兵士だった。夕華とマーリンは何が起きたのか理解も出来ずにその場に固まる。

「で、伝言でございます!」

 その言葉で、なんとか硬直から戻ってきたマーリンは何とか声帯を動かすことに成功した。

「……伝言?誰からか聞いているか?」

「はっ!首都におられるセレナ様からです」

「セレナ様からですと?」

 何があったのかと首を傾げるマーリン。セレナだけでは問題が解決しないということはそうそう無いはずだ。もしや何かセレナの身に何かあったのかとマーリンが考えていると、兵士はその場にバッと片膝をつき手紙をマーリンに差し出しつつ、セレナからの伝言を一字一句間違えずに言葉にした。

「『本日より三日後に、ユウカ様とルーカウス将軍の弓による一騎打ちをヘリーシャムにて行う。』以上でございます!」

「……え?」

「なに?」

 兵士の言った事を理解できなかったマーリンと夕華は思考が停止した。兵士が言った事を理解するのに時間がかかり、丁度十秒後に大きな驚きの声を揃って上げた。

 夕華の運命を決める一騎打ちまで残り三日――



次回 二人の戦女神
第五話「弓を引くのに大切なこと」
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