愛なき道

オリジナル小説「二人の戦女神」と「リリカルなのはシリーズ」の二次創作を中心に活動中

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二人の戦女神第五話  

 どうしてあの子がここにいないのだろう――



 タンと小気味いい音を立てて、的に弓が当たる。それを数秒間、じっと凝視してから深々とため息を吐いたのは、夕華も通う私立聖南学園高等学校弓道部主将、大野美菜。その人だった。風で頭の後ろで縛っている長い髪が揺れていた。放課後の弓道場に美菜一人だけしかいない。
 まだ部活前ということもあるが、本来なら隣で真剣な表情で弓を引く夕華がいる。が、その夕華は現在行方不明。夕華がいないという現実を改めて認識した美菜は再びため息をつく。

 夕華と美菜は中学校時代からの知り合いだ。と言っても、その出会いは普通ではなかった。夕華と美菜が初めて会話をしたのは、夕華が中学一年になって一ヵ月も経っていない、ある土曜日の午後の街中でだった。
 美菜は中学校に弓道部は無かった為、学校が休みの日に町にある弓道場へ通っていた。その弓道場へ向かう途中、自分と同い年ぐらいの少女が、大学生ぐらいの男に絡まれているのを見てしまう。その絡まれていた少女というのが夕華だった。

 当時はまだ見知らぬ者同士だった二人だったのだが、夕華が「あ、あの私用事あるので……」と愛想笑いを浮かべてその場から離れようとしているのに、男が「いいからいいから。俺と遊ぼうぜ」と無理やり夕華の手を掴んでどこかへ連れて行こうとしていた。どうやらナンパの様だ。
 困っている夕華を見た美菜は、見知らぬ人間とは言え困っている夕華を放っておけずに

「あ、こんな所にいたんだ。ほら、さっさと弓道場に行くよ」

 と声をかけ、夕華を連れて行こうとしていた男の手を振りほどいて夕華の手を取ったのだった。突然の事に驚いて何か言おうとする夕華。しかし、それよりも先に夕華をナンパしていた男が声をかける。

「おい、ねぇーちゃん。この子の友達か何かかい?」

「ええ。これから弓道する仲間ですけど?」

 夕華を護るかのように自分の後ろに立たせ、ジッと正面から男を見る。その姿は「まるでおとぎ話に出てくる騎士のように見えた」と後に夕華は語る。あともう少しで夕華を連れていけそうだった男は目を鋭くして美菜を見る。美菜も負けじと男を睨みかえす。両者沈黙のまま睨み合いが続くも、何が起きているんだと周囲にいた通行人が足を止めて集まりだした。
 それを見た男は、これ以上ここでナンパを続けるのは無理だと判断したのか、舌打ちをしてその場から去って行った。男がいなくなるのを確認してから夕華に振りむいて

「怪我とかは無い?」

「は、はい!あ、あの、ありがとうございます!」

 慌てて返事をする目の前の夕華は、勢い良く頭を下げる。すごく真面目な子なんだなということが手に取るように分かってしまい、苦笑いを浮かべる美菜。
 一言だけナンパに対しての注意をしてから、弓道場へ向かおうとする美菜だったが、夕華がそれを止める。なんだろうと思いながら夕華の方を見ると

「あ、あの……私、岸野夕華と言います。よろしければ名前を教えて頂けませんか?」

 緊張した表情の夕華。「名前ぐらいならいいかな」と安直な考えで夕華に自分の名前を教える美菜。それが夕華との長い付き合いの始まりだった。
 次の月曜日にたまたま登校でばったり出くわした二人は、同じ学校の先輩後輩という事が分かり会話が弾んだ。いつ頃からか二人とももう忘れてしまったが、休みの日には一緒に出かけたりする仲になり、夕華も美菜の影響を受けて弓道を始めたのだった。

 最初は世話の焼ける後輩という認識だった美菜だったが、夕華の明るい性格や少々ドジっ子な面もあってか、いつしか美菜の中で夕華が妹のように大切な存在になっていた。それに弓道の方もかなり上達してきていて、自分もウカウカしていられないなと思い始めていた。

 しかし、今その夕華はここにはいない。あの日、夕華が行方不明になっていると聞いたその日から、心にポッカリと穴があいたような感覚の美菜。
 自分を見つけると子犬のように走ってきて、笑顔で挨拶をしてくれる夕華の声が消えた。いつしか、夕華が自分の中で大きな存在になっている事に改めて知らされた美菜。部活でいつも自分の隣で弓を引く夕華の姿が無いだけでも寂しさが込み上げてくる。
 どうして、夕華が居なくなってしまったのだろう。どうして自分に何も言わずに消えてしまったのか。様々思いが美菜の胸の中に浮かんでは消える。

「……どこにいるの夕華」

 空を見上げて、行方が分からない夕華を想う美菜。無事でいて欲しいと願う美菜の想いは、果たして届くのだろうか――




二人の戦女神
第五話「弓を引くのに大切なこと」







 部屋にいた夕華は、一騎打ちという弓勝負の準備をしていた。これが最後の弓を引く事になるかもしれないという悲壮な思いを抑えていた。
 あの時、マーリンに“この世界”の歴史を教わっている途中、セレナからの伝言を受けた兵士が部屋に転がり込んできたのが、今、夕華が悲壮な思いを抑えている理由だった。


 一騎打ちにて、己の潔白を証明せよ――


 兵士が持ってきたセレナからの手紙にはそう書かれていた。もちろん、夕華もその手紙を読ませてもらった。確かに手紙にはそう書かれていた。その為、夕華が受けた衝撃はあまりにも大きく、危うく倒れかけてしまったぐらいだった。

 その手紙を読んでからこの三日間は、碌に食事も喉を通ることは無く、睡眠時間も半分以上にまで減っていた。それだけ夕華の中で、一騎打ちをするという事が重くのしかかっていた。
 それもそうだ。マーリンから聞いた話しによると、「自分の潔白を証明」するために一騎打ちをして負けた場合、ほとんどが絞首刑になるというのだ。例え潔白だったとしても「疑わしきは罰せよ」との考えによるものだという。どのような嫌疑がかかっているかにもよるが、暗殺や密偵の疑いがある者達は九割という高確率で絞首刑になっているとのこと。

 それを思い出してしまった夕華の体は自然と震える。自分が負けたら絞首刑になり、二度と平和だった「現代日本」に戻ることができない。それに、今日で弓を引くのが最後になるかもしれない。二度と美菜と一緒に弓を引くことができなくなるかもしれない、という恐怖が夕華を襲っていた。まだ十七歳という若い夕華。死への恐怖で体も震えるというもの。
 震える体で自分の持っていた鞄から、綺麗に畳んである弓道で使用する袴を取りだす夕華。これが最後の弓を引く機会になるかもしれないとの思いから、この服で一騎打ちに挑もうと決めていた。

「母さん、父さん、美菜先輩……力を貸してください……」

 ギュッと袴を抱きしめる夕華の頬に一筋の涙が流れていた――



 そろそろ一騎打ちが始まる頃合いだ。しかし、弓による的当てが一騎打ちというとは少々おかしい表現ではあるな、とセレナは思いつつ用意された椅子の背もたれに全体重を預けて座る。
 今回の一騎打ちはヘリーシャム城中庭にて行われ、放つ位置から約三十メートル離れた場所に直径約三十六センチの的目がけて射抜く。中央の赤い部分に当てたら十点。中心部から遠くなると五点、一点と点数が減る方式だ。的から外れれば無得点なのは言わずもがな。夕華の知る弓道の得点制と変わらないものだった。

 その中庭にフェスタリア国の四大将軍が一人、弓のルーカウスが自慢の弓を携えて堂々と立っていた。表情は緊張など無く、いつも通りと言えば聞こえはいいが、いつも通りよりも気楽に構えているようにセレナには見えた。「自分がただの少女に負けるわけがない」という驕りがあるようだった。

 そのルーカウス以外には、王であるセレナに十人の兵士達にマーリン。そして、セレナの背後には四大将軍の一人であるブルーノ=ベネディクト、二十九歳がいた。ブルーノは戦場では誰よりも感情を表に出し、訓練中や休みの日などは気軽に兵士たちと喋る為、傍から見れば将軍とは思えないほどのお人好しでフェスタリア内では有名だ。
 このブルーノは、セレナの護衛任務の為にわざわざ首都から連いてきた。セレナの護衛もそうだが、ルーカウスと一騎打ちをするという少女を一目見たいという好奇心もあった。

「さて、そろそろじゃが……来たようじゃな」

 セレナの場所から夕華が歩いてくるのが見えた。左手には弓を携えて、だ。歩き方を見る限りでは、いつもと何ら遜色の無い歩き方ではあった。だが、服装がセレナと一緒に買いに行った服ではなかった。この中庭にいる誰もが見たこともない服装。白を基調とした胴着に、足全体を隠すほど長い紺色の袴。胸には黒の胸当てをし、右手には弓掛(ゆがけ)と呼ばれる手の保護を目的とした手袋をしていた。

 この国で知る者はいないであろう服装をした夕華の姿は、とても神秘的にセレナたちの目には映った。これからなにかの儀式でも行うようにも思えた。だが、表情はかなり緊張に満ちており、まるで今から死地に赴く兵士のような表情だった。

 ふと目が合うセレナと夕華。夕華は目があった瞬間、何か言いかけるも下を向いてそれを抑え、再びセレナの方を向いて儚げに笑ってみせた。夕華自身、自然に笑っているつもりなのだろうが、無理をして笑っているようにしか見えなかった。

「くっ……」

 その笑みを見たセレナは、夕華から目を逸らして右手を強く握りしめた。自分と同じ歳の普通の女子に何たる表情をさせてしまっているのだと自分を責めるセレナ。夕華が笑う前に見せた表情。あれは――

(『悲壮な覚悟』を決めた者の表情ではないか!!)

 夕華があの様な表情になる理由。それは、セレナが命じた「潔白を一騎打ちにて証明せよ」が原因であることは明白だった。夕華が「悲壮な覚悟」をする理由もセレナは想像がついていた。それは

(夕華は記憶を無くしておる。知り合いに頼ることもできぬ状態じゃ。どこに行っても独り……それほど怖い者はあるまい)

 下唇を白くなるぐらい強く噛みしめるセレナ。後悔、自己嫌悪……様々な感情がセレナの中を渦巻く。しかし、それを表に出さないのは王としての立場があるからか、それとも――

「……美しい!!」

「え?」

「は?」

 突然大きな声を上げたルーカウスに、その場にいた人間の動きが止まる。ただ一人、ブルーノだけは「また悪い癖が始まったか」と右手を額に当てていた。
 ルーカウスの悪い癖――それは、女性ならば誰彼構わず口説く癖がある。老婆だろうが、自分より十歳以上年下だろうが関係なく、だ。ただ、分別はつけているようで、幼い少女には口説いている姿は誰も見た事が無い。尚、セレナにも一度アタックしているが、結果は裏拳が飛んできたとだけ記しておこう。

「こんな美しい方がこの世にいるとは思いもしなかった!神よ、私にこの美しきお譲さんに会える機会を与えて下さったことに感謝します。……お嬢さん、お名前をお聞きしてもよろしいかな?」

 ルーカウスの凄まじい勢いに、緊張していた夕華の表情が困惑に変わる。どう反応すればいいのか分からない様子の夕華。

「え、えと……夕華と言います」

 そんな困惑した状態で名前をきちんと言うのは、まじめな性格をしている夕華だからか。それを聞いたルーカウスは何度か頷いてから

「ユウカ……素晴らしい名前だ!貴女の容姿にピッタリな素晴らしい名前だ!今から一緒にお茶でもどうですか?」

 一騎打ちのことなど忘れた様子のルーカウスは、ズイッと近寄ると夕華の両の手を握る。その動作があまりにも自然すぎて、どう反応すればいいか分からず「え、あの、その」と動揺する夕華。
 助けを求めようとセレナの方を見る夕華。しかし、唯一この状況を助けてくれそうなセレナ達は固まったままで、未だに何が起きているのか理解したくない様子だった。

(あうぅ……こんな堂々としたナンパなんて経験したことないよぉー!!)

 心の中で、先ほどまでとは全く違う悲痛な叫び声を上げる夕華。ナンパをされた経験はあるが「ねえ、お嬢ちゃん。俺とお茶行かない?」程度で、ルーカウスのように人を褒めながらナンパしてくる人はいなかった。
 しかもナンパをされたのは一回だけの夕華。ナンパの免疫なんてほとんど無いに等しい。そんな夕華の心中を知らずに、夕華のことをべた褒めし続けるルーカウス。この男、本当に一騎打ちにしに来たのかと疑いたくもなるぐらい、満面の笑みで夕華に話しかけている。

「あー……ブルーノ将軍」

「はっ、何でしょうか姫」

 なんとかこちらに戻ってきたセレナが後ろに立っているブルーノに声をかける。つい癖でブルーノはセレナのことを姫と言ってしまったが、セレナは気にした様子を見せずに続ける。

「勝負を始めようと思うのじゃが……“あれ”をどうにかできんものかの?」

「……“あれ”をですか」

 少々疲れた声のセレナに対し、困惑した表情を浮かべながら今もまだ夕華を口説いている同僚を見やる。はっきりと言ってしまえば見たくもないし、“あれ”が同僚とはい思いたくもないブルーノ。確かに武や弓の技術は素晴らしい。が、それとこれとは話しは違う。
 あの女性を見たら即口説く癖はどうにかならぬものかと思いつつも、セレナの頼みを断ることは出来ない。仕方が無いと自分に言い聞かせつつ、夕華を口説いている同僚に近づく。

 今もまだその同僚は夕華を口説くことに集中しており、ブルーノが背後に立っていることに気づいていない。ブルーノに気づいた夕華は、見知らぬ人で自分より二十センチほど大きい男性の為怖い印象を持っていたが、藁にもすがる思いで「助けてください」と眼で訴えた。
 ルーカウス……口説くのはいいが、怯えさせてどうすると思いつつ小さく頷いてから、右手を握りしめて、勢い良くルーカウスの頭めがけて振り下ろす。

「いってぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

 頭を抑えて地面をのた打ち回る、将軍ルーカウス。それを見て呆然と立ち尽くしている夕華。

(“これ”で自分よりも年上というのには納得できん)

 と、自分よりも“年上”で貴族としても上であるルーカウスに内心呆れつつ、夕華の方を見やる。先ほどまでルーカウスに口説かれていたというのに、「大丈夫ですか?」とルーカウスを介抱している夕華。これが素なのか、演技なのか判断に困るブルーノであったが、夕華のことは後回しにし、今だ蹲ったまま頭を抑えているルーカウスに呆れた口調で

「ルーカウス将軍。口説く為にここに来られたのか?」

「ブルーノ。何度も言ってるかも知れないけどな……こんな美女を口説かないで何が男だ!」

 と、グッと右手を握り勢いよく立ち上がり力説するルーカウス。ルーカウスは、セレナの父であり前王のフェスタリー三世が存命中に任命した将軍の一人である。いくら人材不足とは言えど、こんな性格の男が将軍で本当にいいのかと考えて、眩暈を覚えるセレナ。その隣に居るマーリンですら、ルーカウスの言動の影響で額に青筋が一本立っていた。
 ブルーノは右手を額に当ててため息を深々と吐いてから

「そんな物は後にして頂き、今は一騎打ちの準備をするよう願いたいのだが?」

「それぐらい俺でもわかっているさ、ブルーノ」

 「わかっていないだろ」とその場にいた全員が思ったが、誰一人としてつっこみを入れる者はいなかった。ルーカウスの言動に疲弊して言えなかっただけというのもあるが……。
 再びため息を吐いて、気持ちを落ち着かせようと試みるブルーノ。ルーカウスの調子に合わせていると疲れるだけなのは前々から知っていた。が、初対面で、しかも間諜・暗殺者の疑いがある少女を口説こうとするのはどういう神経をしているのか疑いたくもなるというものだ。
 ブルーノはそんな無駄なことを考えても仕方ないと、ルーカウスの口説きを頭から切り離し、夕華と向き合う。

「さて……ユウカ殿」

「は、はい」

 緊張した様子で返事をする夕華。ブルーノは静かに頭を下げると

「私の同僚が迷惑をかけてしまい申し訳ない」

「あ、いえ。迷惑だ何て……。私なんかに謝らないでください。え、えと……」

 ワタワタと弓を持ていない右手を振る夕華。なかなか面白い娘だなと思いつつ自分が名乗っていなかったことに気づき

「ブルーノ=ベネディクトです。ユウカ殿。名乗りが遅くなり申し訳ない」

 以後お見知りおきを、と夕華に一礼をするブルーノ。夕華も礼儀よく頭を下げて自己紹介をする。その際、ブルーノは夕華が無駄のない動作で礼をしたことに内心驚いていた。普通の少女かと思っていたが、洗練された動きができるとは予想外だったからだ。

(見た目で騙されてはいかんな。……一挙一動を注視しないといけないぞ)

 と、夕華に対して内心で警戒を高めるブルーノ。夕華の洗練された動作は弓道部の練習の賜であり、暗殺者とはまた違った物であるのだが、そこまでブルーノは見抜けていなかった。この中庭に射る人間の中で、その夕華の洗練された動作が暗殺者とは違っていると見抜いた人間がいた。その人物は――

(ふむ。洗練された動きではあるが、暗殺者としての動きにはかなり無駄があるの。シャドウなら、礼をするだけというのに衣服の音や気配をさせぬからの)

 ――そう。用意された椅子に座っているセレナだった。様々な将軍や剣術の使い手と手合わせをした経験があるから分かることだった。さて、と呟いてから立ち上がると

「始める前に今回の勝負方法を確認しようと思うのじゃが……ルーカウス」

「はっ」

 先ほどとは打って変わって真剣な表情で、跪いて返事をするルーカウス。それを見て慌てて跪いて頭を下げる夕華。その夕華の様子に、思わずクスリと笑いかけるセレナだったが、ルーカウスに対し、その真剣さを常時維持できぬものかと心の中で思った。叶わぬことを思っても仕方ないかと小さく息をついてから

「お主が提案したこの勝負じゃ。言わなくても分かっておるな?」

「はっ。このルーカウス。全力を持ってユウカさんと戦いましょう」

 夕華のことを「さん」と言っている時点で、気が緩んでいる証拠ではないか。少々頭痛がするセレナであったが、気を取り直して夕華を見る。既にガチガチに緊張しているのは手に取るように分かった。

(しかし……ユウカ、緊張しすぎじゃ)

 セレナから見て……いや、この場にいる夕華以外の人達から見て、夕華の緊張は異常だった。負けたとしても命の保証はされているというのに、夕華のそれはまるで今から命を懸けて望むようだった。
 明らかにおかしいと思いつつも、セレナは二人に今回の勝負方法を説明する。矢を的に当て、合計点数が多い者が勝ちということを伝えると、その的を見た夕華が安堵の表情を一瞬だけ浮かべた。

(よかった……弓道とほとんど同じ距離……。僅かだけど希望はあるのかな?)

 弓道の試合以外の方式だったら夕華に勝ち目は無い。が、今回はほとんど弓道試合に近い形式だ。射た点数も弓道の点数制と変わらない。これなら――と夕華が少しだけ希望を抱くのも頷ける。

「では、すぐに試合を始める。両者は準備をせよ――」

 そんな夕華の心理状況などお構いもなしに、夕華の運命を決める試合の開始は淡々と近づいていた――


 試合方式は簡単だった。各自が好きなタイミングで自分の的目掛けて矢を射る。矢を射る本数は十本だけ。その十本の合計得点で勝敗が決まる。たった十本の勝負。それの結果によって夕華の運命が決まるのだ。
 夕華が負けた場合、フェスタリア国からの追放となるのだが、当の本人は「絞首刑」になると思い込んでいる。その原因は今、セレナの隣に座っているマーリンであろう。本人にしてみれば、前例を話しただけにすぎないが、当事者であり、情報が限られている夕華にとってはそれが全てになりうる。
 ただ、残念なことに、今もまだマーリンは今回の勝敗によって夕華の処遇がどうなるかを聞いていない。聞こうとしたのだが、セレナに話しかけるタイミングが無く今に至る。

(しかし……セレナ様が一騎打ちを認めるとは思わなんだ)

 チラリと横目でセレナを窺うマーリン。年齢が同じということもあって、夕華と仲良くなっていたセレナが一騎打ちを認めるとは思ってもいなかったマーリン。それと同時に、認めてくれたことによって、セレナの立場が保たれるということに安堵していた。
 夕華には悪いが、この国を保つためだ。潔白かどうかは、自分で道を切り開いてもらうしかない。そうマーリンは思いながら勝負を見守る。

 先に弓を放ったのはルーカウスだった。構えを取ってから的を見ずに矢を射た。一瞬のことで理解できなかった夕華の「え……」という呟きと同時に、放った矢が的に当たる独特の音が響く。当たった場所は的のど真ん中。

「大体こんな所か」

 と、ここで初めて的を見るルーカウス。放った弓は的の中央より下に刺さっていた。ただ呆然とするしかない夕華。ルーカウスのそれは夕華の知る弓の扱い方とは全く次元の違うものだった。
 『全く的を見ない』で弓を引くというのは考えられない。どこかの高校の男子生徒は「当たるとイメージすれば中央に当たる」と言っていたが、実際はそんなのは無理だ。

「相変わらず、早打ちな奴だ」

 と呆れ半分に呟くブルーノ。あれが早打ちという言葉で片付けられるほどの技量ではない。弓道の射法八節をせず、ただ弓を引いて矢を放ち、見事に的に当てているルーカウスに、果たして自分は勝てるのか不安になる夕華。
 夕華が不安になっている間に、ルーカウスが二本目を放つ。これもやや中央より下に的中する。余裕の表情で肩を竦めて見せるルーカウス。不安と負けられないという重圧が夕華を襲う。小さく震える体で、夕華は弓を左手に持ち、右手には矢を持ったまま両拳は腰に当て、両足を揃えて立つ。

 弓道の基本である射法八節をする夕華。その表情は真剣そのもの。夕華が弓を構えようとした瞬間、場の空気がまるで今から儀式でも行うかの如く神妙な空気になる。誰一人何も話さない。ただ風で木々が揺れる音だけが聞こえた。
 そんな緊張感が漂う中、夕華は小さく息を吸い込み、取懸けと言われる、右手に付けている弓掛で矢と弦を持つ動作に入る。これは弓を放つ前に行う準備動作だ。
 弓を持つ左手を整えてから、両拳を垂直に持ち上げる。位置にすればやや頭より高いぐらいの位置。顔は既に的の方に向いている。
 が、この時点では矢と弦はまだ引いていない。この動作のことを「打起こし」と言うのだが、それを知っている者は夕華以外にこの場にはいない。小さく息を吐いた夕華は、静かに「引分け」と呼ばれる、弓を押し弦を引く動作をする。顔の正面ぐらいに弓矢を引き下ろし、ジッと的を見る。

「……」

 集中。一筋の汗が夕華の頬を伝い落ちるも、それを気にした様子すら見せない。
 弓と矢の位置を保ちながら、弓を引くタイミングを整える。そして矢を放つ。放たれた矢は中央よりやや左にそれて当たる。夕華は放った後の姿勢を保ったまましばらく的を見ていたが、小さく息をついて肩から力を抜く。
 しばらく静かだった中庭がざわつく。夕華の弓を引く姿があまりにも型になっていたこともそうだが、その型の綺麗さに驚いていたのだ。だが、そんな驚きの声も今の夕華には届いていなかった。

(狙った位置から大きく離れてる……このままじゃダメだ)

 点数制のため、どこに当たったかが勝敗を大きく左右することを理解している夕華は、出来ることなら最初に中央に当てておきたかった。その理由は後半になればなるほど、点数差によって精神的に追い詰められる事を経験しているからだ。

 気持ちを切り替えて二回目の挑戦。今度は中央から右に逸れてしまう。だが、それでも五点の場所。辛うじて点数を稼いでいる。
 一方、ルーカウスはその間に四回目を終了していた。四回目は逸れてしまい五点となったが、それまで中央に当てていたため合計三十五点。一方夕華も四回目を終えての得点が二十五点と、両者の得点にやや差がついた。

「……夕華にはかなり厳しい状況じゃな」

 冷静に勝負の行方を分析するセレナ。一回一回のペースが早いルーカウスと、型を整えてから矢を放つ夕華。全く違う形の両者であるが、ルーカウスの方が精神的に余裕があるのは明白だった。
 夕華の表情には余裕はなく、いつ緊張に押し潰されてしまってもおかしくはない状態。それに弓を放つ時、体がガチガチに固まっている。あれでは当たる物も当たらない。

「ええ、ルーカウスは遊んでおりますしね」

 セレナの後ろで立っているブルーノが同意する。「遊んでいる」という言葉にピクリと反応するセレナだったが、実際遊んでいるようにしか見えないルーカウスの打ち方に頭を悩めた。明後日の方向を見て弓を引いたり、まるでどこかに散歩にでも行くかのように口笛吹きながら引いてみたりしているのだ。

 それが夕華にどんな影響を与えているかと思うと、今すぐにでもルーカウスを怒鳴りたくなる衝動に駆られるセレナだったが、王である自分がそんなことができる訳なく、ギリッと唇を強く噛みしめた。

 その直後、盛大なため息が周囲から漏れた。何事かとセレナが顔を上げると、そこには弓を放った姿勢のまま、瞬き一つせずに固まっている夕華の姿があった。その視線の先を辿ると――

「は……ずれ?」

 セレナから見て、夕華の矢は的に当たらずに、的を固定している木に刺さっているように見えた。ざわつく観戦者達。一体何が起きたのか。当事者である夕華はそれを理解したくなかった。
 弓を下げても、呆然とその光景を見ていることから、夕華のショックは大きかったに違いない。今の矢を外したことにより、ルーカウスとの点差が更に開いた。残る矢の本数は、ルーカウスが一本に対し、夕華は三本。そして点数は

「ルーカウスが六十四点に対してユウカは……三十五点、か。厳しいの」

 あくまで冷静を装うセレナ。しかし内心では夕華がそこまで動揺している理由が見つからず苛立っていた。もし、負けたとしても追放処分のみ。裏で自分(セレナ)が動けば最低限の保障は出来る。それを話していないとは言え、どうして夕華はあれだけ追い詰められている表情をしている――

「ユウカ殿、もしや絞首刑を意識して……」

「!?」

 隣に座っているマーリンの呟きに驚愕するセレナ。絞首刑?誰が。夕華が負けたら?様々な言葉が浮かんだが、セレナは隣にいるマーリンの胸ぐらを掴むと

「絞首刑とはどういうことじゃ、マーリン!」

 と、大きな声を上げてマーリンを睨むセレナ。それを宥めようとブルーノがセレナを抑えるも、セレナの足は一歩も動かない。突然、セレナに胸ぐらを掴まれたマーリンは驚いていた。今までたった一人のためにこんなに激怒したセレナを見たことがなかったからだ。
 しかし、どうしてセレナが怒っているのか理解できないマーリンは、なんとか説明をしようと口を動かす。

「い、いえ。このような一騎打ちの場合、疑いがある物が負けた場合は絞首刑と――」

「妾が『絞首刑』と一言でも申したか!」

「そ、それは……」

 セレナの周りが騒がしくなる。しかし、それすらも耳に届いていない様子の夕華。強く目を瞑り、違う世界にいる弓道の師とも言える大野美菜のことを思い出す。

(先輩……私もうダメです……。こんな状態で弓なんて引けないです……)

 点差もそうだが、的を外したことによって夕華は弱気になっていた。その心理状態は弓をまともに引ける状態にはなかった。それもそうだろう。次の矢を外せば絞首刑になることが決まる。ただ、絞首刑になるというのは夕華の思い込みではあるのだが、その思い込みが夕華を苦しめているのは間違いではない。

(どうすればいいんですか……先輩……)

 藁にもすがる思いで、ギュッと美菜から貰ったお守りを握る夕華。その時だった。

『夕華、これだけは絶対忘れちゃダメよ?』

「え……」

 不意に懐かしい美菜の声が聞こえた気がして、夕華は目を開けてバッと左右を見る。その際、隣で弓を構えようかどうか悩んいでいたルーカウスが首を傾げたが、ルーカウスに構っていられるほど今の夕華に余裕はない。

「そら……耳?」

 周囲には美菜の姿はなく、何か騒いでいるセレナたちの姿が目に映る。が、夕華は美菜の声が空耳であったことに肩を落としていて、セレナ達が何で騒いでいるのか気にすることは無かった。

『いい?今の夕華は、強くなろうとして練習に励んでいるけど、基本的なことを忘れてるわ』

(え?また……聞こえた?)

 再びキョロキョロと周囲を見渡すが、やはり美菜の姿はない。首を傾げつつも目を閉じて耳を澄ます夕華。すると、ある日の美菜とのやり取りが脳裏に浮かんだ。


『基本的なことですか?』

 と、首を傾げる夕華。自分が上手くならないと、先輩である美菜に追いつけない。それ以前に、部の足を引っ張ることになってしまう。その思いが強い夕華にとっては「急に何を」と首を傾げた。その夕華を見て目を細めて笑いつつ

『うん。上手くなるって思いは必要だけど、今の夕華はそれが強すぎるの』

 上手くなりたい。それは誰もが願うことではあるが、それだけでは上手くなれないことを理解している美菜からすれば、当時の夕華は何処となく危うく、部の中でも少し浮きかけていた。だからこそ、美菜は夕華に伝えておきたい。弓を引くことに大切なことを。

『基本的なことってのはね夕華。弓道を楽しむこと。夕華、弓道を本当に楽しんでる?』


「そっか……そうですよね、先輩」

 大切なことを思い出し、空を一度見上げて、ここにはいない美菜に感謝する。

(そうだ。先輩が教えてくれたことを忘れてた。これが最後になるって言うのなら……思いっきり弓道を楽しまなきゃ!)

 視線を元に戻す夕華。その表情には不安や動揺は一切なく、自然の笑みがこぼれていた。先ほどまでとは違う雰囲気にルーカウスは首を傾げるも、大勢がほとんど決している今、少しの変化だけで勝負がひっくり返ることはないと気楽に考えていた。

(どんな結果になっても……弓道を楽しんだことを誇れるように……先輩、見ていてください)

 左手に弓を持ったまま目を瞑り、右手を胸に当てて祈るかのような仕草を見せる夕華。十数秒間、その仕草をしていたが、右手を静かに腰に当てて的の方へ一歩的の方へ踏み込んだ――


 最悪だ。それが今のセレナの心境だった。自分の犯した失策とは言え、夕華を精神的に追いこんでしまったという事実がセレナをチクチクと心を突く。確かに、前例では絞首刑がほとんどであった。例えそれが力無き子供だったとしても……だ。

(じゃが……それが本当に正しいのか……妾は――)

 唇を強く噛みしめ下を向いたまま様々なことを考えるセレナ。上に立つ者としてこのままでいいのか?という思いが強かった。その時だった。突然、周りが騒がしくなった。先ほどまでルーカウスの勝利がほぼ決まった雰囲気だったはずなのに、一体何が起きたのだと顔を上げると――

「ユウ……カ?」

 そこには矢を放った後の姿を保ったまま、シッカリと、それでいて弓を引くことが楽しそうな表情を浮かべている夕華の姿があった。的を見れば夕華の矢は的の中央に当たっていた。
 先ほどまで泣きそうで、不安で押しつぶされそうな表情を浮かべていたとは思えないほど、別人の表情を浮かべている夕華。

(一体、何があったのじゃ?)

 その夕華の表情を見たセレナは、戸惑いに似た感情を覚えていた。それもそうだ。泣きそうな表情を浮かべていた人間が、突然笑顔になれば誰だって不思議に思うだろう。
 しかも一度、矢を的から外していた状況を考えれば、まともに矢を放てるような状態ではなかったはずである。しかし、夕華は今の矢を的のど真ん中に当てている。

「あの状態で当ててくるとは思いませんでしたね」

 セレナの後ろに立っているブルーノが驚いた様子で口を開く。それに同意するかのように頷くマーリン。喋らないのは、先ほどセレナに胸ぐらを掴まれた影響が残っているからだろうか。顔色もよくよく見ればまだ青ざめているようにも見える。

「そうじゃな……。何が――を変えたのじゃろうか」

「何か仰られましたか、セレナ様?」

 セレナが何か小さく呟いたため、聞き取れなかったブルーノが聞くが「いや、何でもない」と、セレナは首を横に振って構えに入った夕華を見る。
 ブルーノはそのセレナの後ろ姿を見ていたが、セレナと同じようにユウカを見る。

「……」

 その夕華は小さく息をついてから左手に持つ弓を押し、右手で矢と弦を引く。数秒の沈黙の後、矢と弦を持っていた右手を離す。勢い良く放たれた矢は一直線に飛んでいき――

「中央じゃな」

 的に矢が当たったのを見てセレナが冷静に呟いた。セレナの言う通り、夕華の矢は先ほどと同じように的の中央に刺さっていた。これで夕華の点数は六十点で、ルーカウスに四点差まで詰め寄った。残る矢は互いに一本。次の矢で勝負は決まる。

「……」

 夕華の矢を見たルーカウスの表情から余裕が消えた。この最も緊張するであろう局面で、二回連続で中央に的中させてきた夕華。ルーカウスは最低でも五点は取っておかなければ勝つことはできない。
 しかし、夕華は次も中央に的中して、ルーカウスが五点未満でなければ負けが決まる。次の矢でお互いの勝敗が決するという緊張感は、ルーカウスにとって心地よいものだった。

 夕華もその緊張感は心地いいと感じていた。絞首刑への恐怖はまだ残っている。が、それを上回るほど今は弓道が楽しいと感じていた。体の震えは無い。的もきちんと見える。次も中たるという確信に近い何かが夕華にはあった。

 ブルーノとマーリンは、夕華が本当に間諜・暗殺者であるのかと自分に問いかけていた。今の夕華の矢を見る限り、純粋に弓を引く事を楽しんでいるようにしか見えなかった。
 夕華が矢を構える形は、暗殺をするのには時間がかかりすぎる。簡単に言えば暗殺には不向きな構えだ。なら、夕華の形は何のために――
 それと同時に、セレナが夕華のことを気にかける理由。それがなんとなくだが分かってきたブルーノとマーリン。

(本当にあの子は、平民かもしれない――)

 それが二人が勝負が終わりかけに、やっと出した答えだった。

 様々な思いが交差している中庭は、緊張感で静まり返る。二人が同時に、それでいて静かに弓を構える。夕華が頭より上に弓を構える。一方のルーカウスは既に弓を引いて狙いを定めていた。
 あまりの緊張感に、一人の兵士が持っていた槍を地面に落してしまい、ガチャリと派手な音が中庭に響くも、二人にはその音が聞こえていないかのようで、夕華が静かに「引分け」をしながら狙いを定める。

(……今っ!)

 矢の軌道が明確にイメージできた夕華が矢を放つ。それにやや遅れた形でルーカウスも矢を放つ。
 夕華の矢が的に当たった直後に、ルーカウスの矢も的に当たる。夕華はしばらく矢を放った後の姿勢を保ったまま的を見る。そして、肩の力を抜いて弓を下げて空を見上げて

「……負けちゃった」

 と呟く。その表情は負けたというのに明るく、後悔は無いように映った。今、夕華が放った矢は、的の中央の赤い部分のやや下に中っていた。一方のルーカウスは赤い部分中央に中てていた。
 最終結果、両者の点数はルーカウスが七十四点に対し、夕華が六十五点。これにより夕華の敗北が決定した。ルーカウスが勝ったことに安堵する兵士達。しかし勝負に勝ちはしたが、腑に落ちないルーカウスは厳しい表情を浮かべていた。
 そんなルーカウスに夕華は近寄り声をかける。

「ルーカウス将軍」

「なんでしょうか、ユウカさん?」

 と、厳しい表情から一変して笑みを浮かべるルーカウス。喜怒哀楽の激しい人なんだなと思いつつ、夕華は背筋を伸ばして

「将軍のおかげで“最後にいい弓が引けました”。ありがとうございました」

 と頭を下げた。夕華の言葉に違和感を覚えるルーカウスだったが、夕華に一言だけ「こちらこそ、勉強になりましたよ」と笑顔を浮かべる。それにつられるかのように笑みを一瞬だけ浮かべる夕華。
 そして、セレナの方を向いて、袴が皺にならないように、左膝を地面につけて片膝立ちをし頭を下げて、夕華は口を開いた。

「セレナ様。御覧の通り私の負けでございます。既に覚悟は決まっておりますが……一つだけお願いが」

 夕華の話し方、それとその態度に先ほどまで、ルーカウスが勝利したことに安堵していた雰囲気から一変して緊張が走る。

「……申してみよ」

 夕華の体が小さく震えているのが目に入る。覚悟は出来てるけども死にたくはない。まだやりたいことや、会いたい人がいる。でも――

(私は負けたんだよ)

 この一騎打ちに負けた夕華の未来は閉ざされることになる。それは夕華も理解していた。だから、静かに、それでいて強い意志を込めた眼でセレナを見て

「私の刑が執行された後、私と一緒にこの弓を埋めていただきたいのです」

 夕華の発言に周囲の人間がざわめく。それもそうだ。今回の一騎打ちで夕華が負けた場合、国外追放という話しを聞いていたからだ。だが、当事者である夕華が「刑の執行」と「弓を埋めて欲しい」との言葉を聞いて、「絞首刑なのか?」と互いに確認し合う兵士たち。
 震える両手で弓を差し出している夕華。それを見たセレナは小さく頷いてから口を開いた。

「ユウカ一つだけ問おう。……そなたは生きたいか?」

「……え?」

 セレナが何を言ったのか瞬時に理解できず、素っ頓狂な声を上げる夕華。セレナの突然で不自然な問いかけ。それが意味することが何なのか理解できない夕華。死にたくない。でも、自分は勝負で負けた敗者。その敗者が、勝者の決めたことに従わなかったら、それこそ勝負の意味が無くなる。それに――

(セレナの迷惑になっちゃう)

 生と死の分かれ目とも言えそうな場面で、自分のことより他人のことを考えてしまう夕華。それこそ、夕華の持つ「優しさ」ではあるが、そこまで己を殺す必要があるのか。だが、夕華は決めていた。生きたい。けども、それは言わないと――

「もう一度問うぞユウカ。……生きたいか?」

 黙っている夕華を見かねたのか、もう一度同じ質問をするセレナ。夕華が生きたいと思っていることはセレナは理解していた。が、夕華の口からは一度もその言葉を聞いてはいない。

 この三週間、近くで夕華のことを見てきたセレナ。その間、夕華が人前で泣きもせず、いつも笑顔で明るく振る舞っていたことを知っている。夕華が我慢強くて、弱さを見せない人物かを。
 だからこそ、セレナは夕華の本音を聞きたかった。自分を信用して欲しかった。頼って欲しかった。

 他人に迷惑がかかると思って、独りで頑張ることを全て否定するわけではない。だが、時には人に頼らなければ無理なことだってある。今回は、セレナの判断によって夕華を苦しめた。その結果、自分は夕華をどうするかの決断を下さなければならない。ただ、今の状況ならば――
 セレナの優しさが伝わり、夕華の中で我慢していたものが決壊した。

「……たいです」

 小さく、擦れた声で夕華は呟いた。あまりにも小さな声で誰にも聞こえなかったが、その声で辺りが静まり返った。誰もが夕華の答えが何なのかを聞こうとしていたからだ。

「生き……たいです……!」

 今度ははっきりと聞き取れた。見れば夕華の体は小さく震え、涙が頬を伝い地面に落ちていた。それを聞いたセレナは小さく息をついて微笑み、夕華に近寄ると子供をあやすかのように抱きしめ、夕華の頭を撫でつつ

「よく言ってくれた……。妾もそなたのような、純粋な同い年の子を失いたくはない」

「セレナ……私、私……」

 涙を流しながらセレナに抱きつく夕華。絞首刑への恐怖。この世界に独りぼっちという不安。夕華が我慢してきた様々な感情が一気に溢れだしたのだ。

「もう大丈夫じゃ……もう……」

 夕華を安心させようと努めるセレナの姿は、まるで母親のように映った。今まで見せたことのない、王セレナの姿に驚きを隠せないマーリン達。今までのセレナなら考えられないほど、その表情は慈愛に満ちていたからだ。

「……驚きました」

「何に?」

 ブルーノの呟きにいつの間にか隣にいたルーカウスが小さな声で聞き返す。

「姫が、あのような表情をするとは思いもしなかったので」

 確かになと同意しながらセレナの方を見るルーカウスはある決意をした。夕華がここに残るために自分ができることをしようと。

「さてと……もう一仕事してきますか」

「?」

 ルーカウスの呟きに首を傾げるブルーノ。どういうことだろうかと思っているとルーカウスがセレナと夕華の前に行くと跪いた。「何事だ」と兵士たちやマーリンが驚いていると、ルーカウスが口を開いた。

「セレナ様。一つよろしいでしょうか?」

「ルーカウスか。申してみよ」

 夕華を撫でながら、一緒に立ち上がるセレナ。一体何をするつもりだとブルーノは思いつつも、事の成り行きを見守る。数拍置いてからルーカウスはそのままの姿勢で

「この勝負、私の負けでございます」

「……なんじゃと?」

「「「「……はぁぁぁ!!??」」」」

 夕華以外の人間が驚愕の声を上げて、周囲が騒然となる。夕華は「一体何を言っているんだろう。点差では私の負けなのに」と、涙を流しつつも冷静に思っていた。その騒然としている周囲にお構いなしにルーカウスは続ける。

「あの、追い詰められた直後に本当に楽しそうに、それでいて真剣に矢を放つユウカさんの姿をご覧になったセレナ様ならわかると思います。あれは“人を殺したことのある”人間にはできませぬ!」

「……して、それがどうしてお主の負けに繋がるのじゃ、ルーカウス?」

 言いたいことはわかる。だが、ルーカウスの負けとするには理由が見つからなかった。下を向いていたルーカウスが顔を上げて

「それは、私がユウカさんの純粋たる矢を侮辱したからです」

「……確かにの」

 最初は的をまともに見ないまま放ちで、その後は形などお構いなしだった。最後の最後で、夕華の楽しそうな表情に触発されて真面目に矢を放っていたが、確かに侮辱していたと捉えられても仕方はなかった。

「ですので――「そんなのダメです!!」……え?」

 ルーカウスが驚きの声を上げて、自分の言葉を遮った人物を見る。周囲の全ての視線もその人物に注がれる。その視線の中央にいたのは――

「そんなの……ダメです。どんな形でも……勝負は勝負には変わりないんです」

 ルーカウスの言葉を遮ったのはセレナに支えられていた夕華だった。夕華は支えてくれていたセレナに小さく「ありがとう」と呟いてからセレナから一歩離れて続けた。

「それに、私は侮辱されたと思っていません。弓を放つ型というのは人それぞれです。それを咎める理由にするのは……ズルイです」

 今だ流れる涙を拭いながらハッキリと言う夕華。黙っていれば、夕華が国外追放にならない方向にまとめても周囲からの賛同を受けることができただろう。しかし、それは夕華は嫌った。その理由と言うのが――

「それに……勝負の結果を捻じ曲げてまでセレナや……皆さんに迷惑をかけたくないんです……!」

 震える声で自分の想いを伝える夕華。ただそれを隣で聞いていたセレナが、感情を抑えきれずに夕華を抱きしめる。「え、え?」と涙を流しながら困惑する夕華。その夕華にお構いなしに、セレナは自分の想いを伝えるために口を開いた。

「馬鹿者……!迷惑であるわけがなかろう!」

「で、でも……」

「『でも』ではない!お主は言ったではないか!『生きたい』と。ならばそれを貫け!迷惑になるからと諦めるでない!」

 今だ震えている夕華の体を強く抱きしめる。夕華の発言にセレナは我慢できたなかった。まるで「生きることはできない」「迷惑になる」と思い込んでしまっている。確かに、夕華がそう思いこんでしまった原因は自分にあった。
 だからこそ、夕華をどうにかして救いたい。もう一度あの笑みを見たいと思っていた。それによって自分の地位が危なくなろうが構わないとも思っていた。

「ユウカ、妾はそんなに頼りない人間に見えるか?そんなに弱々しい人間に見えるか?」

 問いかけにフルフルと顔を横に振る夕華。それを見てセレナは小さく息を吸い

「ならば妾を頼れ。お主にかけられた疑いは妾や、ここにいる者達が証明しよう……!」

「は……い……はい!」

 二度、頷く夕華。それを見ていたルーカウスは自分のしようとしたことがこのような結果になるとは思いもしなかったが、いい方向にまとまったことに安堵していた。静かに二人の傍から離れて、ブルーノの脇を通ろうとした時、ブルーノに声をかけられた。

「ルーカウス将軍。あなたの言っていた『もう一仕事』とは、これのことで?」

 ブルーノの問いにルーカウスは両肩を竦めて

「本当なら、真剣に勝負をしなかった俺に対して、真剣に勝負をしていたユウカさんへ同情を向けさせようとしたんだが」

 いい方向にまとまったみたいだなと苦笑いを浮かべるルーカウス。

「ルーカウス将軍。最初から計算してあんな弓を?」

「いんや」

 と素の表情で答えたルーカウスに、呆れてなにも言えなくなるブルーノ。それを偶々見ていたマーリンが深々とため息を吐いていたが、マーリンは安堵の表情を浮かべていた。
 それもそうだろう。自分の一言が少女(夕華)を精神的に追い詰めたのだ。負い目を感じていたとしても不思議ではない。

「しかし……どうなさるつもりですか、セレナ様」

 まだ問題は残っている。夕華の処遇をどうするのか。確かにただの少女というか、純粋な少女ということをアピールすることはできた。だからといって、それで納得してくれるような人間ばかりではないと心配するマーリン。ただ、夕華の性格からすれば、正面から話しをさせてもらえれば「もしかしたら」という希望があった。
 難しい所ではあるが、最終的には自分も走り回ることになるのだろうと諦めにも似た心境のマーリン。事実、諸侯説得の為にマーリンが走りまわることになるのだが、それは別の話しだ。

 しばらくして、落ち着いた夕華にセレナが「今回は絞首刑ではなかった」という旨を伝えた。伝えたのはいいのだが、自分の勘違いだったことを知った夕華は、恥ずかしさから顔を真っ赤にしてセレナの腕の中に顔を埋めて「恥ずかしい」と小さく呟いていた。
 その呟きが聞こえたセレナはクスリと笑いながら、夕華を宥めるのだった。

 そんなこんながあって夕華の処遇は一時保留となり、後日正式に処遇を決定することとなった。間違いなくどこかに幽閉されるのだろうと思っていた夕華は、自分がセレナの傍にいることになるとは思ってもいなかった――


次回 二人の戦女神
第六話「王の仕事。メイドの仕事!?」
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