愛なき道

オリジナル小説「二人の戦女神」と「リリカルなのはシリーズ」の二次創作を中心に活動中

二人の戦女神第九話  

 その日は叩きつけるような激しい雨が降っていた。



 その激しい雨の中、フェスタリア城の東側城壁で、十歳を過ぎたばかりと思われる金色の髪の少女が、メイド服を着た夕華を連れて追ってきた兵士たちから逃げていた。逃げている少女の名はサンナ。数週間前からフェスタリア国内で泥棒をしていた張本人である。
 そのサンナがどうしてメイドである夕華を連れて逃げているのか。

 それは、フェスタリアの国王であるセレナの暗殺に失敗したためだ。暗殺を試みたということは、国家反逆の罪でよくて一生牢屋の中。最悪死罪である。サンナにはやらなければならない事がある。その為には、こんなところで捕まって一生を終えるわけにはいかない。
 暗殺の失敗に、サンナの心の中に焦りが生まれる。そしてその焦ったサンナがとった行動は、偶然その場にいた夕華を連れて追手から逃げる――というものだった。夕華の右手を強く握りながら東側城壁を進む。

 が、サンナの進行方向からも兵士がやってきて、挟み撃ちにされた形になり逃げ場がなくなる。追い詰められたサンナはあと一歩後ろへ踏み出したら、地面に落ちるという場所に立つと

「それ以上あたいに近づくな!!このメイドの命がどうなってもいいのかい!」

 と、自分よりも身長が高いメイドの首筋にナイフを当てる。自分の首筋にナイフを押しつけられた夕華は息を飲む。それだけで、このサンナが本気である事を理解してしまったのだ。人を殺すことを躊躇わずに実行できると――

「ユウカ!!」

 サンナを取り囲んでいる兵士たちの隙間から、金色の髪を腰まで伸ばした朱色のローブを着た少女――現フェスタリアの王であるセレナが剣を片手に飛び出してくる。その勢いのまま、サンナに捕まっている夕華を助けようとする。が――

「動くんじゃないよ!」

 それを見てサンナが冷静に夕華の首にナイフを押しつける。チクリと痛みが夕華の首筋に走り、一筋の血が首を流れ落ちる。それを見たセレナはこれ以上近づけば夕華の命が奪われると判断し、その場に止まり夕華の名を叫ぶ。

「せ、セレナ様……」

 恐怖のあまり動けない夕華は今にも泣きそうな表情でセレナを見る。その表情を見たセレナはギリッと下唇を強く噛みしめる。自分の失態により、夕華を危険な目にあわせている事に対してもあるが、目の前の侵入者がどういう行動を取るか、事前に把握していたというのに、それを事前に防げなかった自分に対する怒りだった。

 今、セレナが夕華を助けようと動こうものなら、助ける前にサンナの持っているナイフが夕華の首を貫くのは眼に見えている。追い詰めたつもりが、逆に自分たちが追い詰められてしまった。
 ここまで計算してサンナが計画を練ったかと言えばそうではない。サンナは確かに武術には多少なりに心得はあるが、そこまで計画を練れる才能はなく、天がサンナの味方をした――ただそれだけの事だった。

(神様。こんな時ぐらいしか感謝しないのは悪いと思うけど、あんたに感謝するよ。母さんを助けたら、毎日あんたに祈ってやるよ)

 追い詰められているというのに、全く信じていない神に心の奥底で感謝するサンナ。このまま目の前にいる、憎き標的(ターゲット)のフェスタリアの王であるセレナを殺す事ができる。そうなれば自分と母は解放されて、自由を手に入れる事ができる――

「王を殺す事が大罪なのを、そなたはわかっておるのか?」

 セレナが俯いて、静かにサンナに語りかけるように問う。少女とはいえ、王を殺すのは死罪を免れない事を知らないはずがない。もし知らないというのなら、まだ少女を“こちら”に戻すことは出来るとセレナは考えていた。だが、サンナはニヤリと笑い

「知っているよ、お人好しの王様」

 とセレナの想いを嘲笑うかのように笑いながら吐き捨てるのだった。





二人の戦女神
第九話「天秤」






 時間はサンナがセレナ暗殺を実行する一日前まで戻る。その日も天候は雨だった。セレナは自室にて昨日大量に送られてきた各地域の報告書と格闘していた。報告書の内容の二割は、ここ最近フェスタリア国内を騒がしている盗賊についての情報。一割は吸血鬼騒動。残るは各地域からの要望書、報告書だった。

 吸血鬼騒動についてはまともな情報が一つもなく、進展は全くないと言っていいものだった。一方で、盗賊についての情報は、盗賊についての詳細が送られてきていた。それからまとめてみると、シャドウの集めた情報と一致し、サンナなる者が盗賊である事が立証された。

「……シャドウが言うには、明日にはサンナの母を救出するらしいが……間に合うかの?」

 サンナの母、アンナ・カルヴィ。現在帝国領土内のどこかで人質となっている事は確認されている。誰が何の為にアンナを人質にとって、サンナを動かしているのかは不明。サンナを動かしてフェスタリア国内で泥棒をさせているのかも不明。一番の問題は、アンナがいる場所が不明であった事。

 アンナの居場所が判明したのが四日ほど前の事だ。シャドウの部下の一人がセレナに報告しに夜やってきた。最初シャドウではない事に驚いたセレナ。どんなことがあってもシャドウはセレナに報告する時、自らやってきて報告していたからだ。
 ただ、その日報告に来た部下の説明で、アンナの居る場所が首都フェスタリアから離れている事を聞いて納得した。城までの到着日数を計算すると約三日。救出実行日も入れて約三日後にここに到着となる予定になっている。そしてその四日後というのが明日である。

 そして、シャドウの別情報によると、サンナが暗殺を実行する日も明日という。ただし、この情報は偽装の可能性もあるとのことらしいが、警戒をしておくことに越したことはないとセレナは考えていた。

「……明日か」

 書類に目を通しながらそう呟くセレナの眉間には皺が寄っていた。明日、サンナが暗殺しに来た場合の対応や、どうやってサンナを捉えるかの事を考えるもいい案が浮かばなかった。
 誰かに聞こうにも、偽装かもしれない情報で周囲を騒がせるのは、一国の王としては問題行為であるなと考えたセレナ。夕華ぐらいに入っておくべきかとも思ったが、夕華の性格を考えると変に構えてしまい、周囲に違う形で情報が漏れるかもしれない。

「ふむ……こうなれば、その時の状況に応じて対応する……というのが一番よさそうじゃな」

 腕を組んで椅子の背もたれに全体重を預けて呟くセレナ。後手に回るのはあまり好ましい状況ではない。だが、今回はいつ侵入者(サンナ)がここにくるかが不透明であることから、相手の出方次第で作戦を組み立てた方が自分に有利な状況が生み出せる可能性が高い。

「……そうじゃ、あやつには言っておくか。あやつなら口は固いし、表情にも出ないからの」

 そう呟いたセレナは勢いよく立ち上がり、ある人物に会うために部屋から出ていった。


 襲撃当日――


 激しい雨の中、サンナは緊張した表情をしたまま匍匐前進で兵士に見つからないように進んでいた。度の兵士にも気づかれないように進むというのはかなり困難であるのは彼女自身理解していた。
 それでも彼女、サンナが兵士たちに見つからずに進入出来ているのは、サンナの身長が低いというのもあるが、兵士たちの注意がこの激しい雨のせいで散漫になっているということもあった。

(やれやれ。やっと侵入できたね)

 無事城内に侵入できた事に、心の中で安堵しつつサンナは頭から被っていた布をはぎ取る。かなり激しい雨で濡れないで侵入することは不可能と判断し、体や服に付着した水が廊下に落ちないための彼女なりの工夫だった。
 ただ、問題はその布をどこに捨てるかであるが、サンナはその場でどうしようと考えている。細かい所までは考えていなかったようだ。

「……まいっか」

 と、その場に放り投げて歩き出すサンナ。兵士に見つからない自信があるとでも言うのだろうか。それとも、ただ単純に考えるのが面倒になったのか……。真意は彼女本人しか知らない。

 慎重に廊下を進むサンナ。偶然とは言え、兵士が進行方向にいないのはサンナにとって好都合だった。事前の下見で王がどこにいるかも大体把握できているので、迷わずにその場所へと向かう。
 曲がり角に差し掛かった時、向こうから話し声が聞こえた。

(マズッ!)

 隠れようにも隠れるような場所がない。柱の陰から角の向こう側の様子を窺うサンナ。そこには二人のメイドがいた。表情からすると、かなり真剣な表情であるのが窺える。一体彼女たちは何を話しているのだろうかと、気になったサンナは会話を聞く事に集中する。

「…さん…セレナ様の……おかし……」

「そうね……から…紅…でもない……」

 どうやら、サンナの標的であるセレナ王について話しているようだが、上手く聞きとる事ができない。しばらくその場で聞いていたサンナだったが、声がしなくなったのを確認して先ほどまでメイド達がいた場所へ移動する。

 今の話しからして、セレナ王の様子がおかしいという事は何となく理解できたサンナ。それはサンナにとって好都合だった。自ら戦場に出て、指揮を執って盗賊退治に赴く事があるセレナ王。
 それだけ自分を守れるほどの武術に自信を持っているという事である。それに将軍たちと訓練をしているに間違いないので、我流のサンナが正面から戦えば勝ち目がないのは目に見えていた。

(正面突破は難しいねぇ。どうしたもんかね……って、あたいが言うとでも思ってる?)

 ニヤリと獰猛な笑みを浮かべたサンナは天井を見上げる。天井には微かに隙間が見えたのだ。この隙間、実は先日サンナが偵察で侵入した際にセレナ王の部屋まで見つからずに行けるようにと、天井裏への進入口として用意したものだった。
 二度ほど屈伸をしてから、懐から先端にフックのような物がついたロープを取りだすサンナ。それを右手に持って、フックのような物がついた部分を振り子のように左右に振って勢いをつけて天井の隙間根掛け手投げる。

 カッとフックが上手く隙間をすり抜けて天井に刺さる。何度か引っ張って、安定している事を確認したサンナは、スルスルと瞬く間に天井裏へと消えていった。


「……ここだね」

 息を潜めて、天井裏の隙間から室内の様子を窺うサンナ。そこには朱色のローブを身にまとったフェスタリアの現国王、セレナ=フェスタリー=フランツィスカがいた。セレナは書類に目を通しており、こちらには気づいていない。ならば、今すぐ上からナイフを投げて暗殺するという手が思い浮かぶサンナ。
 しかし、それではリスクの方が大きい。もし、避けられた場合、自分の居場所を教えてしまい逃げる道を塞がれる恐れがある。そう考えたサンナはその案を頭から削除する。

(どうしたものかね……)

 音もなくセレナの背後に立つ自信はある。問題があるとすれば、今セレナの目の前に立って報告をしている将軍と思われる人物だろう。一体何の報告をしているのか聞こうと耳を澄ませるサンナ。

「……でありまして、――公爵については追及をしている最中です」

「ブルーノ……暴力はせぬように厳命しておるのじゃな?」

「はい。そのように通達は出しております」

 「ならばよい」とセレナは持っていた書類を机の上に置いて息を吐いた。どうやら今まで、書類と格闘しつつ将軍らに指示を出していたようだ。将軍が出ていけば、疲れがある今が仕留めるチャンスだと、サンナはナイフを構えてその瞬間を待とうとした瞬間。セレナと目が合った――

(なっ!?)

 驚きのあまり声を出しかけてしまったサンナ。ありえない。その一言に尽きるだろう。ここまで誰にも気づかれずに進入してきたはずなのに、どうしてセレナと目が合ったのか。今この場から下手に動けば、暗殺の機会をみすみす逃す事になる。それだけは避けられない。
 それに、偶然目が合っただけでこちらの存在に気づいていないかもしれない。いや、そうに違いない。偶然だと、自分に言い聞かせて静かに深呼吸をするサンナ。

「セレナ様、どうかなさいましたか?」

 セレナが天井を睨むかのように見上げたままでいるのを不審に思ったブルーノは剣の柄に右手を伸ばす。セレナは右手でそれを制しつつ頭を左右に振って

「何、少し資料を読み過ぎての……目が疲れたのじゃよ」

 と、言って苦笑いを浮かべて肩を竦めるのだった。それを聞いて安心したブルーノは剣の柄に伸ばしていた手を元に戻し、セレナに無理をしないようにとありきたりの忠告をしてから部屋を出て行った。
 セレナの言葉を聞いていた中で、一番安心したのは天井裏にいるサンナだった。自分に気づいたのではなく、偶然天井を見上げただけであった事に心から安堵するサンナ。だが、その安堵も束の間だった。

「して、妾に何用じゃ。ここ最近、フェスタリアの公爵家に忍び込んでおる盗人よ」

「!?」

 サンナは声にならない声を上げた。ありえない。自分の存在がこうも容易く見つかるわけがない。誰にも見られないで侵入して、気づかれないように息を潜めて天井裏にいたサンナ。だが、セレナはそれでもサンナの存在に気づいた。一体どうやって――
 サンナが混乱している間にも、セレナはジッと天井を見上げている。その眼はそこに誰かいる事を確信していた。両者天井の板越しの睨み合いが続いた。

「ちっ……しょうがないねぇ」

 先に動いたのはサンナだった。バレてしまっていては暗殺もできない。ならば、堂々とセレナを殺すという事に作戦を変えたようだ。ただし、それによる自身に襲い来るリスクに対しては気づいていない様子だ。

「よっ……と!」

 天井の板を人が一人通れるぐらいの隙間を開けて、飛び降りるサンナ。音も立てずに地面に着地したかと思うと、すぐにセレナとの間合いを開ける。その動きは洗練されたもので、その動きを見たセレナが「ほう」と感心した声を上げてから

「お主は何者じゃ?」

 と、椅子に座り両肘を机につき、顔の前で両手を組んでいた。まるで威圧するかのような視線がサンナを襲う。それを直視したサンナは一瞬、呼吸をする事を忘れそうになるが、すぐに平静を装いつつ

「一度会ってるはずじゃないかい、王様?」

 と、皮肉げな笑みを浮かべて質問をはぐらかす。確かにサンナとセレナは一度会っている。ただ、場所はここではない。フェスタリア国ヘリーシャムの街でサンナとセレナは出会っている。
 あの時は、サンナが男に売った本物の宝を、男が偽物だったと激怒して口論になった。最終的にはサンナが男の鳩尾に肘打ちを入れて事なきを得ている。直後、視線を感じてバッと振り返ると、そこには平民の服を着たセレナがいたという訳だ。

「……ああ、あの時の女子(おなご)じゃったか。これは気づかなんだ」

 と、大袈裟に肩を竦めるリアクションと棒読みのセレナ。もちろんワザとである。それにカチンと来たサンナは言葉を少し荒くしつつ

「で、あんたはどうしてあたいが天井裏にいるってわかったんだい」

 小国とは言えど、一国の王相手に「あんた」呼ばわりをするサンナ。怖いもの知らずなのか、それとも常識がないのか……。もし、この場にサンナの母親がいたら頭を悩ます所だろうなと心の中でセレナは思いつつ

「何、天井から隙間風が入り込んで、妾に当たっておったのじゃよ。それにの……今日あたりに侵入者が襲って来るかもしれぬと忠告があっての。警戒しておったのじゃよ」

「なっ……なんだって?」

 セレナの言葉に驚きを隠せないサンナ。自分が今日侵入して、セレナを暗殺する事は自分を含めて三人ぐらいしか知らないはずの事案である。なのに、セレナ本人に侵入者がある事が知られている?一体どうして?いや、どこから情報が漏れた?
 様々な疑問がサンナの頭の中を渦巻くが、今はそれを考えるのは止めて目の前のことだけに集中しようとするサンナ。そう――標的であるセレナが無防備……とまではいかないが、サンナの目の前にいる。なら、サンナがする事は一つである。

「まあいいや」

 若干冷静になったサンナは、どうでもいいと言わんばかり右手で放り投げるような仕草をする。それを見て険しい表情をするセレナ。どうでもいいという事は、情報が漏れても自分を殺す事ができるとサンナは踏んだのか。もしそうであるならば、厄介であるなと心の中で毒づいた。

「というわけで、“あたいたち”のために死んでもらうよ」

 と、右足に固定していたナイフをクルクルと回転させつつ構えるサンナ。「どういう訳じゃ」と言いたいのを我慢して静かに立ち上がり、左腰の剣へと手を伸ばすセレナ。緊迫した空気が部屋を支配する。
 ジリジリとセレナとの間合いを詰めていくサンナ。だが、セレナには一切隙が見当たらない。剣をまだ鞘から抜いていないというのに、今攻め込んだら間違いなく返り討ちにあう――という錯覚を覚えていた。

 外で降る雨の音だけが部屋の中に聞こえてきた。窓に叩きつける雨のように一筋の汗がサンナの頬を伝う。その汗を拭う事すら許されぬ緊張感。今までサンナが感じた事もない緊張感によって、手が自然と震える。表情にその緊張感を出さないのは、サンナには今まで失敗する事なく公爵家に侵入してきたという自信があるからか、それとも――

 二人が互いに牽制しあっている最中に、場の空気を読めよと言わんばかりにノックをする者がいた。サンナの緊張感が高まる。もし将軍クラスの人間ならば、入口に立たれたら逃走経路の確保ができなくなるからだ。

「セレナ様、失礼致します」

 だが、聞こえた声は穏やかな若い女性のものだった。それに心の奥で安堵しつつ、セレナの暗殺をどう遂行すべきかを考えるサンナ。隙がなく、正面から仕掛けたとしても負けるのは眼に見えている。やはり、後ろを取って心臓を一突きしておけばよかったと口には出さずに愚痴るサンナ。

「ユウカ、入るでない!」

「えっ?」

 扉を開けたのはいつものメイド服に身を包んだ夕華であった。セレナが入らないようにと言う前に扉を開けて、足を部屋に一歩踏み込んでいた。突然の事に驚きを隠せずにその場で固まってしまう夕華。
 それ以前に、セレナの部屋に城内では見た事のない人物がナイフを構えてセレナと対峙している事に夕華は混乱していた。

「ちっ!」

 救援を呼ばれる前に仕留めるか、逃げるかの判断をしなければなくなった事に舌打ちをするサンナ。だが、ここで仕留めるのを失敗してしまえばサンナの母の命はない。それだけは避けなければならない。

(どうする?ここで逃げたらあたいたちが幸せになんてなれない。でも仕留めてもあたいが捕まったら、母さんは間違いなく殺される――)

 最愛の母を人質に取られ、目の前にいるセレナを殺せば解放するとの約束。もし、それができなければ、サンナ達親子の命はないとハッキリと仲介役の黒づくめの男に言われているのだ。
 しかし、今は場所もタイミングも最悪だ。セレナを殺すことができたとしても逃げ道はない。ならば――

「動くな!動いたらこいつを殺すよ!」

 サンナが取った行動は、今部屋に入ってきたメイド……夕華を人質にとって逃げ道を確保出来る場所まで行くこと。セレナを殺すのはそれからでも遅くはない。サンナはそう考え実行に移した。夕華は一体何が起きているのか理解する間もなくサンナに背後を取られ、首にナイフを当てられてしまう。

「ユウカ!!」

 剣を抜こうとするも、下手に動けば夕華の命がない事を理解してしまったセレナはその場から動けなくなる。一瞬の隙……否、自分の身よりも入ってこようとした夕華の身を案じてしまった事が、事態を悪い方向へと導いてしまった。

「せ、セレナ様!」

 今にも泣きそうな表情を浮かべる夕華。夕華のほうが体格的に有利なのだが、まだ十歳を過ぎたぐらいとは思えぬサンナの腕力とナイフによる脅しによって連れて行かれた。その後を追うセレナ。しかし、セレナの足元にサンナは持っていたナイフを投げ込む。
 それを止まって回避するセレナはサンナを睨む。サンナはすぐさま別のナイフを取り出し、夕華の首に当てつつ

「いいかい。すぐに追いかけてきたらこの女を殺すよ。でも、あんたは絶対に今日、あたいが殺すから覚悟しておくんだね」

 と、少女とは思えぬ鋭い視線をセレナにぶつけるサンナ。サンナがこの後セレナを殺したとして、「王殺し」の罪で各地を追われる事になるのを知らないわけではない。

 だが、サンナにとってそんな罪と母親と一緒にいるという事を彼女の天秤に掛けた時に、どちらが重要かと言えばやはり母親と一緒にいるという事の方が重要だった。だからこそ、セレナを殺す事に対して躊躇いがないのである。
 それもそうだ。まだ彼女は十歳を過ぎたばかりだ。唯一の肉親である母親の命がかかっている状況で、赤の他人である王の命なんて知った事ではないのだ。重要なのは自分を取り巻く周り――自分の世界を守る事なのだ。それが彼女が王と母親の命を天秤にかけて出した結論だ。

 夕華が連れて行かれるのを目の前でただ見過ごしたセレナは、下唇が白くなるぐらい力強く噛みしめていた。


 そして時間は“今”へと戻る――


 追い詰められているというのに、どこか冷静な表情を浮かべているサンナに疑問を持たざる得ないセレナ達。セレナの隣にはフェスタリアの将軍、ルーカウス=エーベルハルドが剣を携えて立っていた。そのルーカウスの眼はしっかりとサンナを捉えていた。サンナの一挙一動を見逃さず、隙があれば特攻を仕掛けるつもりでいた。

 だが、運命の女神はセレナ達には微笑まないのか――

 突如サンナの横に顔をフードで隠した男が現れた。突然の事に兵士達に動揺が走る。動揺する兵士たちの中でセレナは、今現れた男がシャドウではないと瞬時に判断し身構える。

「様子を見に来てみれば……作戦は失敗のようだな。サンナ」

 男は正面で身構えているセレナを見てそう呟いた。表情はフードに隠れていて読めないが、口調からしてサンナに失望しているように感じられる。

「まだだよ!まだ作戦は終わっていないよ!」

 と、言いながら自然とナイフを握る手に力が入るサンナ。夕華の首にナイフの先端がチクチクと当たる。よく見れば手が震えている。
 この男こそ、サンナと依頼主との仲介役をやっていた男である。その男がここに現れたとのは、サンナが作戦を成功させているかどうかの確認の為であった。サンナが暗殺に成功できていればよし。だが、できていない場合は――

「……手助けはしない。母親を助けたければ自分でどうにかするのだな」

「っち……わあってるよ!」

 悪態をつきつつもサンナは両目でセレナを睨む。人質を取られた状況では、下手に動くこともできないのだが、今現れた男がただの傍観者でいるとの発言に少しだけ安心していた。もし、男がサンナの援護をするような事があったとしたら。しかも男がここにいる兵士を全員相手できるほどの実力の持ち主だったら――

 最悪な状況には変わりないが、それでも少しは希望が残っているなとセレナは思いつつも口を開く。

「サンナ。そなたは先ほど妾を殺す事の意味を『知っている』と言ったの?」

「うん?それがどうかした?」

 夕華を捕まえたままキョトンとした表情を浮かべるサンナ。セレナには、サンナが王を殺すという事の意味は理解しているが、それがどういう影響が出るか全く理解していないという表情に見えた。
 それは、隣でいつでも剣を抜ける状態で待機しているルーカウスも同様だった。間違いなくあの少女は、セレナを殺した後の世界情勢まで考えてはいない……と。しかしそれを言った所でサンナが理解できるかどうかと考えた時に、理解できないという結論に至っていた。

 それ以前にセレナ以外の者は、サンナがどうして自分達の王であるセレナを殺そうとするのか理解できないでいた。セレナはシャドウからの報告で理由を知っているのだが、それはあくまでセレナとシャドウら二人の憶測にすぎない。

 サンナはサンナで、どうしてセレナがメイド如きを人質に取られた程度で攻め込んでこないのか不思議だった。確かに人の命であるのは間違いないが、メイドなんて貴族達にはただの道具でしかないという認識でいるサンナ。
 サンナは泥棒の為に侵入した公爵家で、メイドを道具や自分の欲望の捌け口として扱っている人間を何人も見てきた。その度にサンナは殺意すら覚えていた。同じ人間であるはずなのに、どうして道具のように扱えるのか――

 だが……眼の前にいるセレナはどうだ。自分の命が狙われているというのに、このメイドが部屋に入ろうとした時に何と言ったか?メイドの名を叫び、部屋に入るなと忠告をしたではないか。

(どういうことだい?)

 お人好しと言えばお人好しなのだろうが、今まで見てきた公爵達の影響でそれが全てであると信じ込んでいるサンナにとって、セレナの行動は理解し難いものであった。

「サンナちゃん……どうして、どうしてこんな事を?」

 人質になっている夕華が震える声で問いかけてきた。自分の死が近づいている錯覚を覚えつつも、夕華はどうして少女であるサンナがセレナを殺そうとしているのか理解できなかったから問いかけた。だが、サンナから返ってきた答えは

「そんなもん、あんたに教える義理はないよ」

 と、他人には関係の無い事であると振る舞うサンナ。実際、ここで自分の境遇を話したからと言って状況が良くなることはまず……無い。しかし、サンナは知らない。セレナの命によりシャドウがサンナの母、アンナの救出任務に当たっている事を。
 シャドウが戻るのは今日。それまで時間を少しでも稼げれば――とセレナは考えるも、シャドウが戻ってきても肝心のアンナが一緒でなければ意味はない。それ以前に、夕華が先に殺される危険があるし、隣にいる男がそう簡単に時間を稼ぐことを許してはくれないだろう。

(どうする?……どうやって夕華を助ける?)

 いい策が思い浮かばず焦るセレナ。だが、その焦りを表に出さないのは流石と言うべきか――

「どんな理由があったとしてもね……人は殺しちゃいけないよ、サンナちゃん?」

 今だ震える声でサンナを説得しようと優しく諭す夕華。どうして、自分よりも小さな子が人を殺すことに躊躇いを持たないのか。もし、誰かの命令であるならまだ間に合う――そう考えて夕華はサンナに問いかけた。だが、返ってきた言葉はあまりにも冷たすぎた。

「そんな綺麗事、あたいには関係ないよ」

「で、でも――」

「ウルサイ!!あたいは、王の命と母さんの命がどちらが重いか、あたいの天秤で測って決めたんだ!!」

 綺麗事と片づけられた夕華が何か言おうとするも、サンナに一喝されてしまい何も言えなくなってしまう。ただ、サンナの言葉を聞いた夕華は、どうしてサンナがセレナを事そうとしているのかを理解した。

 母親と王の命――同じ命には変わりないが、どちらがどのぐらい重いかを決めるのはその決める人間によるだろう。恋人と親友、どちらかしか助けられないとしたら、どちらを助けるかと聞かれたら、人間誰しも悩むだろう。
 だが、あまり知らない王といつも隣にいた親の命。子供がどちらを取るかとるか考えた時、やはり親の方を取るであろう。それが、虐待や冷たくされていたという条件を除けば……だが。

「ここにいる全員に言っておくけどね、剣を今すぐ手から離せ。さもないと、このメイドの命が無くなると思え!」

 夕華の首元にあるナイフを見せつけつつ、セレナ達に武器を捨てるように告げる。たかがメイド一人の命にそこまでする訳がないと思っているサンナ。あくまでこれは脅しであって彼女の本心ではない。
 最終的にはこのメイドを突き飛ばして、無謀ではあるがセレナに突撃しようと考えていた。だが、セレナがとった行動によって、サンナの考えていた計画は無駄になる――

「……わかった」

「「セレナ様!?」」

 セレナが持っていた剣を鞘に収めて地面に静かに置いたのを見て、驚きの声を上げるルーカウスと夕華。夕華と一騎打ちをした事もあるルーカウスですら、万が一の場合は夕華を犠牲にしてでもセレナを守るつもりでいた。

 だが、セレナの行動は夕華を救う為に、自らを危険な状況へ追いやったと言っても過言では無い。たかが、メイド。しかも、一時(いっとき)は暗殺者の疑いをかけられていた夕華。そんな人物をそこまでして救う必要があるのかとルーカウスは疑問に思っていた。

「ルーカウス……」

「はっ」

 セレナはサンナを見つつ、口を最小限に動かして小さな声でルーカウスの名を呼んだ。サンナから見れば、セレナが話しているとは見えないほどの口の動きだった。こんな芸当ができるのは、フェスタリア国内でもセレナを含めて五人いるかいないかであろう。

「妾、自ら囮になる。そなたも剣を置いて、隠してる短剣をいつでも取り出せるよう準備しておくのじゃ」

「わかりました」

 セレナに合わせるように口をあまり動かさずに返事をするルーカウスは、すぐにセレナと同じように静かに剣を地面に置いて、腕を組んで胸に隠していた短剣をいつでも取り出せる体勢にする。
 今の会話だけでセレナの意図は理解したルーカウス。自ら囮になり、サンナが攻撃を仕掛けた瞬間、ルーカウスがセレナとサンナの間(あいだ)に入り攻撃を防ぐ。その直後に、セレナが剣を拾い攻撃をする――という事であろうとルーカウスは今の会話で判断していた。

「……やっぱりあんたはお人好しだよ。セレナ王」

「褒め言葉として受け取っておこうかの」

 若干呆れた口調のサンナに対し、腕を組んでサンナへ睨みつけるような視線を向けるセレナ。最善の策を考えつつ、夕華を人質としたサンナと、サンナの母を人質に取って暗殺を命じた裏にいる人物に対し彼女は静かに怒っていた。それが睨みつける視線として出ているのだが、彼女自身は気づいていなかった。

「セレナ様!私の事はいいです!ですから「ユウカ、それ以上言うのは許さぬぞ!」……っで、ですが!!」

 自分のせいでセレナが危機に陥ってしまった事に責任を感じていた夕華。自分があの時部屋に入っていなければ――あの時固まらずに走って逃げていれば――こんな状況には陥らなかったはずだ、と夕華は自己嫌悪に陥っていた。
 だから夕華は、この際自分の身はどうなってもいい。恩人であるセレナが無事であればそれでいいと思っての発言だった。

「『ですが』じゃない!そなた一人を助けられずして何が王じゃ!静かにそこで待っておるのじゃ!」

 震える声を絞り出して叫ぶ夕華を一喝するセレナ。その姿は鬼気迫るものがあり、夕華が「あう……」と言って黙るのも無理はなかった。そして、その夕華を人質に取っているサンナですら鬼気迫るセレナの姿に動揺していた。
 周りにいる兵士達ですら、鬼気迫るセレナの姿に恐怖感が心を支配しそうになっていたが、この人が王で本当によかったと一部の者は少なからず思っていた。こんな方が相手と考えただけで、自分が生き残るというイメージができなかったからだ。

 そんな時だった。燃えるような紅くて長い髪を靡かせた甲冑姿の女性と、サンナと同じ金髪がフードの隙間から見え隠れしている顔を隠している女性達が、兵士たちの波をかき分けセレナの背後で跪いた。そして甲冑姿の女性が口を開く。

「セレナ様」

 サンナに背を向けるという事は隙を見せる事になるため、セレナは前を向いたまま声の主に言葉を返す。

「む……その声はレティーシャか」

「はっ」

 レティーシャ・ブリューネル。フェスタリアで唯一の女将軍として有名である。燃えるような紅い髪が特徴的で、将軍として振る舞う時は自分の事を「私」と言っているのだが、親しい人間と話す時は「ボク」となってしまうという、お茶目さを持つ人物である。
 現在は帝国とフェスタリアの国境付近で警備に当たっているはずなのだが、このタイミングで首都に来るとは一体何があったのか。それ以前に、一緒に来た女性と思われる人物は一体何者なのか?様々な憶測が飛び交いざわつく兵士達。

「レティーシャ……今、どういう状況かわかっておるな?」

「はっ。この状況だからこそ首都へ来たのです」

 目の前のサンナを両目でしっかりと捉えつつ、今現れたレティーシャに問いかけたセレナに対し、涼しげにこの状況だからこそ自分が来たと発言した。

「?」

 どういう事だと問いかけようとルーカウスが思っていると、レティーシャは続ける。

「そこにいるサンナの母、アンナ・カルヴィをお連れしました」

「なっ!?」

 その言葉を聞いて驚愕の声を上げたのは他ならぬサンナであった。自分の母を連れてきた?いやいや、それは嘘に決まっている。こいつらが自分を陥れる為にやっている事なんだと言い聞かせるサンナ。
 しかし、それは無駄に終わる――

「セレナ様……娘と、サンナと話してもよろしいでしょうか」

 フードで顔を隠している女性が小さな声で、しかしながらハッキリとセレナへ発言をする。セレナは小さく頷いて許可を出す。それに「ありがとうございます」と言ってからフードを外す。
 そこに現れたのは、三十歳を越えたばかりと思われる綺麗な顔をした女性だった。それを見たサンナが息を飲む音が聞こえた気がした。そう。その女性こそ、サンナの母親であるアンナ・カルヴィ、その人だった。

「サンナ……」

「か、母さん」

 本来なら感動すべき親子の再会なのだろうが、状況が状況である為に感動よりも驚きを隠せないサンナ。その手に持っていたナイフを落とした事すら気付いていなかった。力が弱まったのを確認した夕華は素早く、セレナ達の場所に転がり込む。

「しまっ……!」

「っつ、役立たずが!」

 それを見た男が舌打ちをし、いつの間にか持っていた左手のナイフでセレナを攻撃しようと走りだす。ルーカウスとレティーシャですら反応が遅れ、無防備な状態のセレナを護る人物も武器も無かった。その場にいたほとんどの人間の脳裏に、男の凶器がセレナの体を貫いている最悪の状況が過る。

「セレナ様、危ない!」

それに唯一反応したのは、今まで捕まっていたメイドの夕華だった。セレナの目の間に立ち、両手を横へ広げる。鈍い音と夕華の呻き声が聞こえた。

「ゆ、ユウ……カ?」

 自分の目の前に立ち塞がった夕華の名を呼ぶセレナ。ポタリポタリと、地面に赤い赤い血が滴り落ちて――

「ちっ!邪魔が入ったか」

 男がそう言いながら“何か”を夕華の体から抜く。そしてゆっくりと夕華の体は地面へと倒れていく。セレナの眼にはそれが全てスローモーションに見えていた。どうして夕華が刺されて、倒れようとしているのか――それ以前に男の持っている短剣に血が付着しているがその血は誰のものなのか――

 思考が停止しかけているセレナを見ずに、地面に置いた剣を持ったルーカウスとレティーシャが男へ攻撃しようとする。が、男は瞬時に城壁の上に立つと

「今回は、失敗だ……。だが、次はないと思え。セレナ王とその配下の者達よ」

「待て!!」

 そう静かに呟いた男へ走るルーカウスだったが、それよりも先に男が消えるのが早かった。舌打ちをし、剣を鞘に収める。そしてルーカウスが振り返ると、そこには腹部から血を流して肩で息をしている夕華を抱いているセレナの姿があった。
 その横でレティーシャが兵士達にすぐに医者を呼ぶように指示を出していた。

「ユウカ!ユウカしっかりするのじゃ!傷は浅い!」

「セ……セレナ……無事?」

 眼の焦点があっていない夕華は苦しそうにセレナが無事かどうかを聞いていた。セレナは夕華の両手を握り今にも泣きそうな表情で

「妾は無事じゃ。ユウカが身を挺して守ってくれたお陰じゃ……」

「そっか……よかっ……た……」

 それを聞いた夕華は、ニコリと微笑んだかと思うと全身の力が抜け落ちた。その表情は、安堵に包まれており、まるで眠っているかのようにセレナには映った。

「ユウカ?ユウカァァァァァァ!!」

 何度も夕華の名を呼ぶセレナの悲鳴にも似た声が雨降るフェスタリア城の空へ消えていった――


次回 二人の戦女神
第十話「嘘と真実(仮)」
コメント
コメントの投稿
Secret

トラックバック

トラックバックURL
→http://lonelystars51.blog.fc2.com/tb.php/94-daac81d9
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

総来訪者数

プロフィール

Are you ready to Action?

リンク

カレンダー

カテゴリ

最新コメント

最新記事

Message

検索フォーム

QRコード