愛なき道

オリジナル小説「二人の戦女神」と「リリカルなのはシリーズ」の二次創作を中心に活動中

二人の戦女神第十話  

 三日――


 それが夕華が刺客にナイフで刺され、意識が戻らないで眠っている日数だ。その間、夕華の眠るベッドの隣には、フェスタリア国の王であるセレナと、フェスタリア城の名物メイドであるリーシャが交代交代で夕華を看病していた。
 ただ、夕華の傷自体はそれほど深くは無かった。だが、現代の日本とこの中世ヨーロッパのような世界観のフェスタリアでは、医療技術の差が大きすぎた。夕華の治療については基本的に問題は無かった。だが、問題は流れ出た血を補う方法――つまり輸血に問題があった。
 この世界では輸血という医療技術は無く、たとえ傷を塞ぐ事ができたとしても失った血を送る事ができないのだ。遥か昔では“魔法”――今はある理由により無くなってしまった技術――で治療していたという事が書物に記されているが、それはまた次の機会にでも。

 さて、話しを戻そう。夕華が三日も経って目を覚まさないのは失った血が多すぎた事により、体が衰弱しているからである。ただ、衰弱しているという事は、夕華がこのまま目を覚まさずに命を落とす危険がまだあるという事である。
 夕華の容体が一番危険だったのは一日目……つまり、刺された当日の夜だった。二日目になると容体はかなり安定したと言えると医者は判断していた。が、目を覚ますまでは気を抜けないともセレナに伝えていた。

 そのため、セレナとリーシャは交代で夕華を看病していた。ただ、公務があるセレナが夕華の側で看病している事に批判的な意見を出す大臣もいたが、そこはマーリンがどうしてセレナが看病しているのかを説明し、批判的な意見を出している大臣達を説得していた。

「ユウカ……」

 眠っていても、まだ少女らしさが残る顔立ちをしている夕華の黒くて長い髪を右手で撫でつつ声をかけるセレナ。その表情は今にも泣きそうだった。あの時……セレナを暗殺しようと侵入したサンナに夕華が捕まった時、自分はなんと言った?

『そなた一人を助けられずして何が王じゃ!静かにそこで待っておるのじゃ!』

 確かにセレナはそう言った。それは変えられない事実である。だが……現実はどうだ?サンナではなく、隣にいた黒服の男が自分を暗殺しようとした時、反応できなかったの誰だ?男の言葉を鵜呑みにしてしまったの誰だ?そのせいで武器を持たない夕華が刺されてしまった原因を作ったのは誰だ?
 この三日間、リーシャと交代しているとはいえ、寝る事もせずにそのような自問自答を繰り返しているセレナ。その影響もあってか、セレナの凛々しい顔には疲労が浮かんでいた。特に目の下にはクマが色濃く浮かんでいる。

 セレナが王になってから、このような目の下にクマを作るなんて事は今までなかった。それはセレナがどんなに忙しくても、体調には気をつかっていたからである。だが、そのセレナが己の体調を気にする余裕もないぐらいに憔悴していた。
 その時、部屋の扉を静かにノックする音が聞こえた。だが、セレナは聞こえていないのか返事をせずに夕華を撫でている。そうしていれば、直に夕華が目覚めるのでは無いかと信じているかのように。

「失礼致します」

 静かに入ってきたのはメイド長のリーシャだった。手にはセレナの分と思われる食事をお盆に載せていた。セレナが寝ていない事を知っているリーシャは、パンとスープというアッサリとした、胃に優しい軽食を料理長に作ってもらってきたのだ。

「セレナ様。食事をお持ちいたしました」

 と、いつもより幾分か声のトーンが低いリーシャはテーブルの上に食事を静かに置いた。リーシャもセレナ同様、疲れが溜まっていた。三日間、メイド長としての仕事をしつつ同室でメイドの後輩である夕華の看病をしているのだ。いくらリーシャと言えど、疲労が溜まっていてもおかしくはない。

「……リーシャ」

 リーシャが入ってきてから一度もリーシャの方を見ないで、ギリギリ聞こえるか聞こえないかの声でポツリと名を呼んだ。リーシャは返事をしてセレナの方を向く。リーシャの立っている位置からはセレナの表情は見えなかったが、セレナの両肩は小さく震えている事だけはハッキリとわかった。

「妾は……ダメな王じゃな」

「え……」

 セレナの突然の言葉になんと返せばいいかわからないリーシャ。リーシャ……いや、下々の者達にとってセレナは先代のフェスタリー三世と同様に良き王と言える人物であった。確かに貴族と呼ばれる者達や公爵家からは、まだ若い女の王に何ができるかという目もあるのは事実。
 だが、セレナが王となって国民の生活はかなり安定したと言える。まず、セレナが王となって一ヵ月の間力を入れた盗賊討伐。それによって、盗賊が街を襲う回数が激減し、街に住む人間が安心して生活できるようになった。

 なのに、自らダメな王とは一体どういう事だろうかと、セレナの言葉を待つ。重苦しい沈黙が部屋を支配する。部屋の外では、三日前と同じように雨が降っていた――





二人の戦女神
第十話「フェスタリアの雨」






 フェスタリア城、城内の二階廊下に紅い髪を背中まで伸ばしている、甲冑を着ている眼つきの鋭い女性がいた。目つきは鋭いが、顔立ちはそこら辺にいる女性とは比べられないほど美しかった。甲冑ではなく普通の服で街を歩けば、その場の男の視線を一人占めできるぐらいの美貌の持ち主だった。
 彼女の名はレティーシャ=ブリューネル。三日前、サンナの母親を城に連れてきた将軍だった。他の者は彼女の事をこう呼んでいる。「紅蓮の女騎士」と――

 そんな二つ名を持つレティーシャは、雨が降る外の光景を見ながらため息を吐いた。その原因は三日前。彼女が仕えている王、セレナが暗殺されそうになった件であった。あの時、レティーシャはセレナの背後にいたにも関わらずに、侵入者の攻撃を防ぐ事ができなかった。セレナには怪我ひとつ無かったが、代わりにセレナの前に立ち傷を負った少女がいた。
 その少女は、この地域では珍しい黒くて艶やかな長い髪を後ろに束ねていて、メイドの服を着ていた。その少女が自らを犠牲にしてまでセレナを守った。武器を持たないメイドの少女が、だ。

 メイドである少女ですら、自らの体でセレナを守ったというのに自分はどうして動けなかった?少女が刺される瞬間をただ呆然と見ていただけではないか。彼女が刺された後に動いたとしてもそれは遅すぎる。その事は十分理解しているレティーシャは両手を力強く握る。

不甲斐ない――

 俯き唇を噛み締めるレティーシャ。今、兵士やセレナ達がこの場に来たとしても、彼女に声をかけられる者はいないだろう。そのぐらい彼女、レティーシャは落ち込んでいた。だというのに、偶々通りがかったレティーシャと同じ赤髪の男が声をかけた。

「何だ、レティーシャじゃねぇか」

「……ルーカウス将軍か」

 俯いたまま声をかけてきた将軍、ルーカウスの名を呟くレティーシャ。ルーカウスは「ああ」と言った後レティーシャの隣に立つと背中を壁に預け腕を組んだ。何かを話しをしたいという訳ではないようだが、今のレティーシャは一人になりたかった。己の不甲斐なさを痛いほど実感している最中であり、人と話す余裕は全くと言っていいほどないからだった。

「……失礼する」

 と、ルーカウスに頭を少し下げて立ち去ろうとするレティーシャ。だが、それをルーカウスはさせてくれなかった。

「まあ、待てよ」

 腕を組んで目を瞑っているルーカウスの言葉に、律儀にも足を止めて振り返るレティーシャ。一人にさせてもらいたいのに、どうしてこの人は私を呼び止めるのだろうかと疑問を抱くレティーシャ。
 数秒の沈黙の後、ルーカウスは静かに口を開いた。

「レティーシャお前、ユウカちゃんが傷ついたの自分のせいだと思っているだろ?」

 ルーカウスのその言葉に驚きの表情を浮かべて、顔を上げるレティーシャ。ルーカウスは先ほどと同じように目を瞑って腕を組んだままだった。どうして、どうして自分の考えていた事をルーカウスは分かったのか。

「あのなぁ……お前表情に出過ぎなんだよ」

「そ、そんなにか?」

 明らかに動揺しながら答えるレティーシャにルーカウスは右手を額に当てて深々とため息を吐いた。レティーシャはまだ二十四歳と若く、戦場での経験は豊富なのだが、自分を責める癖がある事をルーカウスは知っていた。
 それが、数日で済めばいいのだが酷い時は三ヶ月以上も引きずるので、見るに見かねた幼馴染のリーシャの命令もあって、ルーカウスは時々さり気なくレティーシャにアドバイスをしていた。

「ああ。そりゃもう『私ダメな子です』って感じな?」

「なんで疑問形なのですか!?」

 眉間に皺を寄せて抗議の声を上げるレティーシャを、まあまあと宥めつつルーカウスは続ける。

「とにかく、そのぐらい酷い顔してたってこった。……何思いつめてるんだ?話しぐらいは聞いてやるぞ?」

 本当なら嫌なんだけどなと心の中で呟くルーカウス。今回も、幼馴染のメイド長にお願いという名の命令をされたからこうやって声をかけているわけであるのだが、その事を知らないレティーシャは話すべきか悩んでいる様子を見せていた。

 いつもなら、ここで冷やかしの言葉を入れるルーカウスがそれをしないのは、レティーシャにそのような事をすれば鉄拳制裁が待っているのだ。その事を自分の体に覚え込まされているからだった。一度、冗談半分で冷やかしの言葉をレティーシャに言ってみたら、右ストレートを顔面に叩き込まれたのはルーカウスにとって苦い記憶である。

「……ボクは騎士として失格です」

 ポツリと呟いたレティーシャの言葉遣いが先ほどとは全く違っていた。本来の彼女の言葉遣いというのはこちらである。だが、将軍という身である事、また女将軍ということもあって多くの人間から嫌でも注目される。だから彼女は、下に見られないように素の自分を隠し、隙のない人間であるように演じていた。

「……どういう所が?」

 そのレティーシャが珍しく弱音を吐いているのもそうだが、素の自分を表に出している事に内心驚くルーカウス。レティーシャは素の自分を表に出すという事は今まであまり無かった。あったとしても激怒しすぎた時ぐらいだった。そのレティーシャは俯いて黙っている。静かな廊下に雨音だけが響く。
 どうしたものかと考えるが、どう声をかけるべきか答えが出ないルーカウス。その沈黙はルーカウスにとって五分以上にも感じられたが、実際は一分にも満たない時間であった。

「セレナ様の背後にいながら、セレナ様を護る為の行動ができなかった」

 情けない話しだな全くと自嘲気味に話すレティーシャは続ける。自分は騎士であり、王であるセレナ様が危険な状況に陥りそうになった時、自分の身を捨ててでもセレナ様を護るのが自分の責務であると。だから、それができなかった自分は騎士失格であるとレティーシャはルーカウスに話した。
 それを聞いたルーカウスは「こりゃ重症だな」と心の中で呟きながらどうレティーシャに口を開く。その考えは間違いである事を伝える為に――

「『たら、れば』で言えばな……あの時俺達が動けていればユウカちゃんが傷つく事もなく無事に終わっていたかもしれない。……だがなレティーシャ」

「?」

 事実、あの時ルーカウスも動く事ができれば夕華が三日も意識を失ったまま、目覚めないでいるという事は無かったはずで、セレナも公務に集中する事ができたはずだ。だが、それはルーカウスとレティーシャが動けていればという仮定であり、現実は夕華は意識を取り戻さずに眠ったままで、その横でセレナが看病している。

「……それで?」

 どうしてそんな事をと言いたげな表情でレティーシャは続きを促す。ルーカウスは腕を組んだまま天井を見上げると

「起きちまった事は変えられない。今俺達がすべきなのは、後悔じゃなくてこの後どう動くかじゃないか?」

「ですが――」

 ルーカウスに反論しようとしてレティーシャは気づいた。ルーカウスが右手を強く握りしめすぎて血が流れている事に。それだけルーカウスも自分自身を責めているとの証拠であろう。でなければ、手から血が出るぐらいまで強く握る事なんてルーカウスはしないはずだ。
 表面上はいつも通りのルーカウスだが、内面では夕華とセレナを護れなかった事に対して怒りで満ちていた。それでもいつも通りの姿を演じられるのはルーカウスだからだろう。
 それに気づいたレティーシャは持っていた布を取りだして、ルーカウスの右手を手に取る。突然の事に驚くルーカウス。

「なんだよ」

「動かないでください。そんなに強く握りしめるから……。一応、ボクが持ってる布で応急処置しますけど、後でリーシャさんに手当てしてもらってください」

 ルーカウスは手を振りほどこうとしたが、レティーシャに動くなと言われ、しかも手から血が出ている事に今頃気づいたルーカウスは、リーシャの名前が出てきた事に最悪な気分になっていた。リーシャにこの手を見せたらなんというか目に見えているからだ。

『また怪我しのた!?ルーカウス。毎回言ってるわよね?無茶はしないでって。なのにどうしてこう無茶ばかりするの!?』

 と、毎度怪我する度にリーシャから言われている言葉がルーカウスの頭の中で再生されていた。丁寧に治療をしてくれるのはいいのだが、その後待っているのは涙を眼に浮かべたリーシャによる説教である。
 それを思い出したルーカウスは頭を抱えたくなる衝動に駆られたが、レティーシャが右手に布を巻いている最中なので、頭を抱える事ができなかった。やれやれと思いつつもルーカウスは、黙ってレティーシャが布を巻き終わるのを待とうと決める。

「ルーカウス将軍……」

「……なんだよ」

 布を巻き終えたのか、レティーシャはルーカウスの手を離して静かに声をかけてきたので、ルーカウスもそれに倣うように静かに答える。レティーシャは数秒の間俯いていたが、顔を上げて

「確かに後悔ばかりしていてはいけませんね。後悔しつつ前に進まないといけない。ボクは……前を向かないで後悔だけしていた……ありがとうございます」

「感謝される義理はねえよ。ただ、お前が『後悔してます』って空気を周りに出して、他の連中に影響が出るのが嫌なだけだ」

 そう言うとルーカウスは深々とため息を吐く。将軍という身分になってしまうと、否が応でも自分の言動が周囲の人間に与える影響と言うのは大きくなってしまう。それを嫌と言うほど痛感しているルーカウスは、後輩であるレティーシャが自分と同じ問題で悩むような事をして欲しくなかった。ブルーノに対しても同様だった。
 だから、後輩である二人にはお世話かもしれないなと思いつつも、愚痴を聞いたりアドバイスを言ったりと、後輩指導に力を入れてきたつもりであった。時々、リーシャにお願いと言う名の命令を受けてレティーシャの相談に乗った事もあるが、それはそれである。

「……ルーカウス将軍」

「なんだ?」

 真面目な話しをしていたはずだったのだが、なぜかレティーシャは呆れた表情を浮かべていた。自分は変な事を言っただろうかとルーカウスは思いつつも返事をすると

「あなたが、そういう発言すると気持ち悪いだけですよ?」

「……今度からお前の相談には絶対ならねぇぞ」

 レティーシャの発言にガックシと項垂れるルーカウスはボソリと呟いた。が、その声をレティーシャには聞こえていたらしく、両手を組んで

「あなただけに相談しているわけではないので、あまり……困らない?」

「てっめえええええ!!人が時々だけど、親切に相談やら助言してやっているのに、そういう態度とるか!?」

 堪忍袋の緒が切れたのか、ルーカウスは額に青筋を立ててライオンが吠えるかの如く怒鳴る。この場所にブルーノがいればルーカウスに少しは同情しただろうが、残念な事にブルーノはセレナ暗殺を目論んだ男の行方を調査する為に不在。同情する者は今ここにはいない。
 その怒ったルーカウスに対してレティーシャは涼しげな表情で

「おや、リーシャさん」

「なっ!?」

 バッと振り返るルーカウスだったがそこには誰もいなかった。騙された――彼がそれを理解するには数秒必要だった。だが、その数秒さえあればレティーシャがその場から離脱するのには十分だった。ルーカウスがどういう事だとレティーシャに問い詰めようと、レティーシャの名を読んで振り返るもそこには誰もいなかった。

「レティーシャ……!!」

 体を震わせながら唸るような怒りに満ちた声を出すルーカス。ただ、声とは裏腹に表情はどこか呆れており、すぐに肩を竦めて小さく呟いた。

「後は、ユウカちゃんが無事に目覚めるのを祈るだけだな――」

 神など信じていないルーカウスだが、それでもあの少女……数ヶ月前の一騎打ちの最中に楽しそうに弓を引き、メイドとなってからは――かなり頼りないが――それでも一生懸命働きながら周りに笑顔を振りまいていた夕華が無事に目覚める事を祈った。



「セレナ様、どうしてそんな事を?」

 リーシャはセレナに発言の真意を問う。どうして急に「自分はダメな王だ」と発言したのか真意を測りかねていた。セレナは俯いていて、セレナの後ろ――と言っても四メートルばかり離れた位置に立っているリーシャからはその表情は全く見えなかったが、長年の付き合いの勘とでも言おうか。セレナが今にでも泣きそうな表情をしているのだけはリーシャは理解していた。

「目の前にいる人間を護れぬ者が、自分の領地におる民を護れると思うか?……答えは否じゃ。目の前の人間を護れて初めて民を護れるものなのじゃよ」

 セレナは幼い頃から父である故フェスタリー三世からそう教わってきた。王となるべく人間は、自分の目の前で死にかけている、もしくは殺されそうな人間を助けられるような人物でなければ、自国の民を護る事は出来ない――と。
 リーシャも何度もセレナの傍で王の娘として、いつかは一国の王としての心構えを聞いていた。それでも、今回の件は仕方ない――という一言では済ませられないが、セレナは夕華を助ける為に武器を手放したと聞く。セレナは最善を尽くした。そうリーシャは思っていた。だが、今のセレナにどんな言葉をかけていいか分からず、彼女はただ黙ってセレナの独白に近い話しを聞いていた。

「ユウカは、どんな時でも笑っておった。……心から泣いたのを見たのは“あの日”ぐらいじゃ」

 あの日――ルーカウスと一騎打ちに負け、自分が絞首刑になると思い込んでいた夕華に、セレナは「生きたいか?」と聞いた。最初は動揺していたのか、夕華はどう答えていいのかわらない様子で狼狽えていた。
 もう一度セレナが同じ問いをすると、今度は泣きながら途切れ途切れではあったが、ハッキリと「生きたい」と夕華が言った事をセレナは鮮明に覚えている。それ以来、弱気になった夕華を見た事が無い。いつも笑顔でいて、セレナの愚痴を隣でしっかり聞いて、紅茶を出してくれていた。

 夕華が明るく振る舞っていたからこそ、セレナは不安に駆られていた。夕華が笑顔でいるように無茶をしているのではないのか……と。それと同時に、夕華は何か自分に隠しごとをしているような気がしていた。
 夕華はいつも笑顔でいるのだが、時々見せる不安と悲しみが入り混じった表情。まるでその表情は、遠く離れた場所にいる人を思うようなものだった。その夕華の悲しげな表情にセレナは違和感を覚えていた。

 夕華は“記憶喪失“であるはずだ。なのに、遠く離れた場所にいる人を思うような表情をする。本人は、そんな表情をしているとは思いもしないようだったが、セレナは夕華のその表情を何回も見ている。だから夕華が無理をしているように見えてしまった。

「妾は怖いのじゃよ」

「怖い……ですか?」

 小さく頷くセレナ。若くして王となったセレナですら怖い物とは一体なんなのだろうと、考えるリーシャ。だが、考えても思い浮かばなかった。いつも強気で、それでいて弱い人間に対して優しく接しているセレナに怖いものがあるのか?

「ユウカはの……『フェスタリア国王のセレナ』ではなく『個人のセレナ』として妾に接してくれていた。無論、メイドの仕事をしている時は別じゃ。じゃがな、ユウカ以外の同い年の者達で、妾に対等に接してくれた人間はおらん……。だから妾は怖いのじゃ。……ユウカを失う事が」

「セレナ様……」

 王、いや王の娘として生まれてからずっと同い年の子供達からでも敬語を使われ、『友達』という認識で接してもらえなかったセレナ。だからだろう。この年になって初めてできた「友」とも呼べる存在が、目の前で死にそうになっている事に恐怖を覚えたのは。
 夕華がセレナの事をどう思っているかはセレナ自身分からないが、それでもセレナにとっては夕華は大切な『友』だ。王という身分にいる自分がそれを望んではいけないという事を理解していても、夕華の『友』でいたいと願っている自分がいた。

 夕華はいつでも笑顔でセレナの隣にいて、仕事をしつつ愚痴を聞いてくれていた。時には他愛もない世間話もする時もあった。たったそれだけではないかと、セレナ以外の人間から見ればそう映るかもしれない。
 だが、セレナにとってそれが重要だった。その時だけは、『王としてのセレナ』ではなく『少女のセレナ』としていられた。ハッキリ言ってしまえば、セレナは夕華に依存してしまっていた。

 初めての「友」と言える存在に出会えた事もそうだが、夕華の性格もセレナとの相性が良かったのが影響しているだろう。話しを聞いていたリーシャは、もし夕華が死んでしまえばセレナはどうなるのだろうかと考えるとゾッとした。
 もしかしたらセレナが二度と立ち直れないほどに、心に深い傷を負う事になるのではないのかという不安がリーシャを襲う。夕華とセレナが気楽に話す事によって精神的に楽になると期待したのは自分だ。だが、まさかここまでセレナが夕華に依存してしまうとは考えていなかったのも事実。

「……」

 上辺だけの言葉ではセレナの心に届かない。いや、自分ではどれだけ想いを込めた言葉でも届かないかもしれないと思ったリーシャは、黙ったまま右手を胸に当てて夕華が無事に目を醒ます事を祈る。
 セレナもそれ以上何も言わずに両手で夕華の左手を優しく握って祈っていた。その時だった。

「う……ん」

 その彼女らの祈りが届いたのか、夕華が声を上げるとほぼ同時に目が微かにだが動いた。セレナは夕華の左手を握ったまま夕華の様子を見守る。リーシャも声に反応してセレナ傍に立つ。

「ユウカ……」

 静かに名を呼ぶセレナの声に反応したのだろうか。ゆっくりと目を開ける夕華。何度か瞬きをしているが、どうやらまだ起きたばかりで、ユウカはここがどこか分かっていない様子だ。

「……あ、セレナにリーシャさん?」

 顔だけセレナの方に向けた夕華。まだ目の焦点が定まっていない様子だったが、セレナとリーシャの名を弱々しい声で、だがそれでもセレナとリーシャの耳にハッキリと届いた。

「ユウカ……!」

 感情を抑えきれなかったのか、セレナは夕華の名を呼びながら抱きつく。突然の事に一瞬何が起きたのか理解できなくて動けない夕華だったが、十数秒かけてやっと何が起きたのかを理解したようで慌てた様子で

「せ、セレナ?ど、どうしたの?」

 前言撤回。自分がどういう状況に置かれているのかを理解していない様子だ。セレナの方は、やっと落ち着いた様子で夕華から離れて椅子に座って俯いて黙ってしまう。リーシャが何か言おうと口を開こうとするが、主であるセレナを差し置いてメイドの自分が説明してもよいものか。それにその場――夕華が暗殺者に刺された現場――にいなかった自分が説明しても説得力が無いと考え、セレナが話すまで黙っていた。
 一方、まだ目を覚ましたばかりの夕華はどうして二人が黙っているのか、それ以前にどうして自分は寝かされているのかすらわかっていない様子だった。その為、普段と同じように起き上がろうとして刺された腹部に鋭い痛みが走る。

「痛っ……」

「ユウカ!?」

「ユウカちゃん!?」

 右手を腹部に当てて肩で息をしている夕華に慌てて声をかける二人。鋭い痛みに夕華は声が出せない。だが、それでも懸命に笑顔を浮かべて大丈夫と言おうとするのは、彼女の健気さか、それともセレナ達に心配させまいという心意気か。
 ただ、その笑顔はかなり歪んだ物になってしまったのは仕方のない事であろう。

「ば、馬鹿者!まだ傷口が完全に塞がってはおらんのに、普通に起きようとすれば傷口が痛むに決まっておろう!」

「そうよ!まだ安静にしていないといけないのに、起きようとするなんて!いくらユウカちゃんでも怒るわよ!」

 と怒気を込めてセレナは夕華を優しく介抱しながら夕華を叱る。リーシャもセレナと一緒になって怒っているのだが、夕華が目を覚ました事に対する安堵からか、口調は厳しいのだが顔が今にも泣きそうなのだが、その事に本人は気づいた様子はない。

 しばらくして、腹部の痛みも治まった様子の夕華は、セレナ達に手伝ってもらい上半身だけ起こしてもらった。その際、先ほど痛みの走った腹部をリーシャとセレナが確認したが、傷口が再び開くという最悪の事態も避けられたので、二人とも心の底から安堵していた。先ほどの鳴きそうな表情のままリーシャが「医者を呼んできます」と言って部屋から出て行った。
 リーシャが出て行くとセレナは椅子に座ると黙って俯いてしまい、部屋には重い沈黙が訪れていた。夕華も目覚めたばかりとは言えど、セレナに聞きたい事があったのだが、セレナの様子を見て今はそれを聞く状況に無いと判断して黙っていた。

 両者沈黙のまま時間だけが流れる。セレナも何か言いたいのを我慢している様子なのは明白であるのだが、あと一歩踏み出せないでいるようだった。この数カ月――と言ってもメイドとしてだが――隣でセレナを見てきた夕華はなんとなくであるが、そう感じていた。
 そして、数分――いや、十数分にも感じられた沈黙は、セレナによって破られた。

「ユウカ……」

「は、はい」

 俯いたまま夕華の名を呼んだセレナ。その声は、いつもお茶の時に話すような気軽な声ではなく、王として振る舞う時によく使っている女性の中では低い部類に入るであろう威厳ある声だった。その影響を受けてか、夕華の返事にも自然と緊張の色がみられた。

「先に言っておくぞ。すまぬ……と」

 セレナがそう言った直後、乾いた音が部屋に響いた。一瞬、何をされたのか理解できなかった夕華だったが、左頬がジンジンと痛む事から、自分がセレナに叩かれたという事を理解した。左頬に左手を当てつつ、呆然とした表情でセレナを見る夕華。どうして自分が叩かれたのか理解できないでいるようだった。

「ユウカ……そなたは馬鹿じゃ。大馬鹿者じゃ」

 今にも泣きそうな表情を浮かべているセレナは体を震わせながら呟くように話す。夕華は黙ってセレナの話を聞く。叩かれた左頬の痛みは徐々に消えているが、セレナにそんな表情をさせているという事実に心が痛んだ。

「自分の身を挺してまで妾を護ろうとするなんて大馬鹿者じゃ……!妾がどれだけ心配したかわかっておるのか!」

 刺されてから今まで、セレナが看病していた事は知らない夕華だが、セレナがどれだけ心配していたかは分かっているつもりだった。意識を取り戻した時に、セレナが喜びのあまり抱きついてきた時の様子を見れば一目瞭然だ。
 だから夕華はセレナに心配をかけたという事に責任を感じており、黙ってセレナの言葉を受け入れるしかなかった。肩を震わせているセレナはまだ俯いたまま黙ってしまう。本日何度目かの沈黙が部屋を支配する。

「すまぬ……」

「……え?」

 しばらく沈黙が続いたが、それを破ったのはやはりというべきだろうか、セレナだった。一瞬、セレナの言葉を理解できなかった夕華。どうしてセレナが自分に謝る必要があるのか。それ以前にセレナが自分に対し、何か悪い事でもしただろうかと考えるも、逆に自分がセレナを心配させるような行動をしたのだから、謝るのは自分であるはずだ。セレナが謝る理由が見つからない夕華は眉間に皺を寄せて悩む。

「あの時、そなたが妾の言葉を覚えておるか?」

 自分が侵入者に掴まってしまった時の事であるとすぐに理解した夕華は、セレナがなんと言ったか思い出す。あの雨の中、自分を見てセレナは鬼気迫る姿でこう言った。

『そなた一人を助けられずして何が王じゃ!静かにそこで待っておるのじゃ!』

 確かにそう言った。結果的に、自分は無事に傷一つなく解放されたんだから問題ないのでは?と言って首を傾げる夕華。俯いたままのセレナは夕華の様子に気づいた様子を見せずに話しを続ける。

「じゃが、結果はどうじゃ?……あの時、夕華が身を挺して妾を護ろうとして刺された時、妾は何もできなかった。そのせいで夕華、そなたが生死の境を彷徨う事になってしまった。もし、夕華が死んでしまったら妾はそなたの親や『ミナセンパイ』なる者に、なんて言えばよいのじゃ……」

「え、セレナ……それは――」

 夕華はセレナの発言に驚き、自然と下げていた顔を上げてセレナを見る。自分は“記憶喪失”という事になっているはずだ。親だけなら分かるけれど、弓道部の先輩である大野美菜の名前がどうしてここで出てくるのか。

 記憶喪失――

 “この世界”に来た夕華がセレナに助けられた際、意識を失ってしまった。そして目を覚ましてセレナと話しをしていく中で、セレナの勘違いから夕華は“記憶喪失の少女”という扱いにセレナの中でなっていた。
 なのに今、セレナは何と言った?自分の世界――現代日本――の高校の先輩、大野美菜の名を口にした。それが意味する事。それは、夕華が“記憶喪失では無い”とセレナが知っているのではないのかという疑問に辿りつく。大野美菜の事をどうやって知ったというのかと疑問を抱く夕華を差し置いてセレナは続ける。

「ユウカ……もうあんな事をするのは止めて欲しいのじゃ。もし、それでそなたが命を落としてしまえば、残された者達が悲しみに暮れる……。その事を忘れないで欲しいのじゃ。……無論、妾もそうじゃ。ユウカが死んでしまえば、妾はどうすればよいのじゃ?」

「セレナ……。ごめん……なさい」

 夕華は静かに頭を下げる。その謝罪の意味は二つ込められているのだが、それを知るのは言った本人だけである。セレナはゆっくりと顔を上げると、夕華の頭に右手を軽く乗せて撫で始める。

「でも……本当によかった。目を覚ましてくれて……」

 いつもよりかなり優しい声のセレナ。夕華は「あうう」と顔を真っ赤にしているが、その姿がセレナは可愛いと思っているとは思いもしないであろう。しばらくセレナは夕華の頭を撫でていたが、静かに撫でるのをやめて真剣な表情で夕華を見る。そのセレナの真剣さを感じ取った夕華は、顔を真っ赤にしたままセレナと向き合う。
 セレナは一度深呼吸をした後、口を開いた。

「話してくれないか?そなたが妾に隠している事を――」





次回 二人の戦女神
第十一話「嘘をつきたくない」
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