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愛なき道

オリジナル小説「二人の戦女神」と「リリカルなのはシリーズ」の二次創作を中心に活動中

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二人の戦女神第十二話  

 ユウカ。どうしてじゃ。どうして黙って出て行ったのじゃ――



二人の戦女神
第十二話「嘘をつきたくない(後編)」






 その日はこの数日間の雨が嘘のように止んでおり、見事なまでの快晴を迎えた朝。そんな日の朝食後というのに、セレナはフラフラとした足取りで自分の書斎へと向かっていた。

「眠っても疲れがとれぬのじゃ……」

 と呟きながら書斎の椅子に今にも倒れるのではないのかと思うぐらい、フラフラしながら座るセレナ。この三日間、休息を取っていたとはいえ、各部署からの要望や問題となっている事象の確認、及びその問題を解決する為の指示作成などなど……。王としての仕事をこなしていたセレナに、疲労が溜まるのは仕方ない事であろう。

「ユウカはどうしておるのかの……」

 仕事の最中も気にはかけていたが、なかなか暇を見つける事ができないままこの三日間は夕華に会っていないセレナは、夕華が今どんな状態であるか心配であった。
 リーシャから聞いている話しでは、腹部に傷が残るという事にショックを受けている様子で、あまり食事もとっていない様子らしい。自分と同じ年齢である夕華が、傷が残るという事にショックを受けないわけがない。だが、そんな状態の夕華になんと声をかければいいか答えが出なかったセレナ。

「せ、セレナ様!!」

 凄まじい音を立ててセレナの部屋の扉が開く。そこには顔を文字通り真っ青にしたリーシャが、息を切らせながら立っていた。どうやらここまで慌てて走ってきたようだが、リーシャが走って来るという事は一大事であるのは明白。数日前に暗殺未遂の事を考慮すれば――

「敵襲か?」

 慌てた様子を見せずに静かに立ち上がり、机に立てかけるようにして置いてある自分の剣に手を伸ばすセレナ。

「い、いえ……そ、それが……ユウカちゃんが……」

「ユウカがどうしたのじゃ?……いや、リーシャ。話しの前にまずは落ち着くのじゃ」

 敵襲では無い事に一瞬気を緩めそうになるが、夕華の事でリーシャがここまで慌てて走ってきた事に、夕華の容体が悪化したのかと不安を覚える。だが、まずはリーシャを落ち着かせるのが先決であると判断し、落ち着かせつつ自分も小さく息を吐く。落ち着いたリーシャが伝える事態は、セレナが想像していた物とは大きくかけ離れており、それでいて最悪とも言える状況であった。

「ユウカちゃんが……ユウカちゃんが、これを置いて……!」

「何……!?」

 夕華がリーシャが震える両手で手紙をセレナに差し出す。それを右手で受け取った時、その手紙の畳み方が先日ジパング国から届いた手紙の折り方と同じである事に気付いた。しかし、今はその事を気にしている暇は無い。手紙を破らないように丁寧かつ素早く開封して、夕華の書き残した手紙を読む。

『今まで騙してた形で、黙っていてごめん。本当の事を話そうか悩んだけど、話したら絶対セレナに迷惑がかかる。それだけはしたくない。セレナが私の事を思ってくれるのは嬉しいよ?でもね、セレナは一国の王だから。これ以上迷惑をかけたくない。だから黙って出て行きます。今まで本当にごめん。それと……ありがとう』

 と、手紙には書かれていた。涙を流して書いていたのか、所々涙が紙に滲みこんだ跡が残っていた。様々な感情を抑えながら手紙を書いたのだろう。字も手が震える中で書いたのが分かる字であった。手紙を読み終えたセレナは体を震わせて

「あっ……の馬鹿者がっ!!!!」

 そう怒鳴ったかと思うと、手紙を机の上に放り投げると剣を持ち、急ぎ足で部屋の入り口へと向かう。突然怒鳴ったセレナに驚きを隠せないリーシャだったが、部屋を出て行こうとするセレナの後を慌てて追いながら

「せ、セレナ様!どちらへ行こうというのですか!?」

「ユウカを探しにじゃ」

「どこにいるかも分からないのに!?」

「まだ近場におるはずじゃ。今ならまだ間に合うはずじゃ」

 叫びに近い声のリーシャに対し、声は冷静なのだが表情完全に怒りに満ちているセレナ。その歩く姿はまさに鬼気迫る物があり、周囲の兵士達が何事かと話し合える雰囲気ではなく、緊張感を漂わせながら姿勢を正していた。
 だが、そのセレナの向かう先に、一人の年老いた黒い服に身を包んだ白髪白髭の男が立っていた。白髪白髭というだけで、この城の誰もがこの人物が誰であるか分かると言わしめている人物と言えば一人しかいない。

「セレナ様。一体どうしたというのですか。今にも敵陣へと単身殴りこむような表情ですぞ?」

「……マーリンか。何の用じゃ」

 歩みを止めて、目の前でマーリンを睨みつけながらそう吐き捨てるかのように話すセレナ。本人は気付いていないようだが、今にもマーリンに対して剣を突き付けそうな勢いだった。しかし、その睨みに対して全く動じた様子を見せないマーリン。流石はフェスタリアの重鎮と言ったところであろうか。

 セレナから事の詳細を聞いている最中、マーリンは内心困っていた。セレナをどうやって静めるべきかで、だ。今回のように、セレナが怒りで我を忘れるという事は多々あったのだが、それらは全て民が賊に傷つけられたという報告によるものであり、その時は何とか対応する事ができた。
 だが、今回のように身近の人間が黙って去った時の対応はした事が無い。セレナの話しからすれば、夕華が手紙だけ置いて去った事に対してセレナは怒り心頭の様子。どうするべきかと考えるも、いい解決策が見当たらない。ここでセレナに何か釘をさしておかないと、夕華を無理やりにでも連れ戻しかねない。

「止めるでないぞ、マーリン。いくらお主でも止めるというのなら、妾は強硬策に出るぞ?」

 剣に手をかけて、今にも抜刀しそうな勢いのセレナを見て、これは夕華に任せるしか無いと、勝手に城から出て行った張本人に押し付けてしまえ、と半ば投げやりの考えに至ったマーリン。しかし、それぐらいしか有効な手だてはなかった。

 諦めた様子でマーリンは、セレナに「一つだけよろしいでしょうか」と問う。セレナは剣の柄から手を離し「申してみよ」とマーリンを睨みながら発言を許した。それを聞いたマーリンは頭を下げて

「ありがとうございます。……“狩り”に行くのは宜しいですが、“偶然”道端で倒れている人間を強制的に連れてこぬようお願い申し上げます」

 と、静かにそういうマーリンに対し、リーシャは意味が分からない様子で首を傾げ、セレナはセレナで腕を組んでしばしその意味を考えていたが、何度か頷いてから口を開いた。

「……なるほどな、マーリン。肝に銘じよう」

「そのほうがよろしいかと」

 マーリンの発言の意図を理解したセレナはニヤリと笑うが、発言したマーリンは目を瞑って再び頭を下げるだけだった。マーリンはこう言っているのだ。「夕華がどうして出て行ったかは知りませんが、連れて帰って来るのなら本人の意思を尊重してからにしてください」と。
 “狩り”というのは「夕華を探す事」を指しており、道端で倒れている人間というのが夕華の事であるのは言わずもがな。だが、その意味を理解できるのはセレナぐらいだ。マーリンとは幼年期からの付き合いであるセレナだからこそ、マーリンの意図を理解できた。マーリンはマーリンでそれを見越して発言している。互いに腹黒いと言うべきかなんと言うべきか悩む所ではある。

 セレナは笑みを浮かべつつ、隣にいるリーシャに声をかける。

「リーシャ。馬を用意せよ。妾は今から“狩り”に向かう。他の者には鎧と弓を用意させよ」

「え……あ、畏まりました!」

 二人の会話についていけずに固まっていたリーシャだったが、セレナの言葉を理解すると、慌てた様子で馬の用意をする為に早足で他のメイドに指示を出しながら自分は馬小屋へと向かった。
 リーシャが早足で向かうのを見送ってから、セレナは真剣な表情で口を開いた。

「……マーリン。礼を言うぞ」

「はて、何のことでしょうか?」

 ワザとらしく惚けるマーリンを見て、小さく笑みをこぼしてその場を後にする。一人残されたマーリンは、深々とため息を吐いて窓から空を見る。そこはここ数日降り続いていたの雨がまるで嘘のように、青々しい空が見えていた。
 いつ夕華が城から出て行ったのか。また、どうやって城を護っている兵士達に見つからずに城を出たのか。様々な疑問は尽きない。だが、それは些細な事だと割り切っていた。城の警備体制の問題等はセレナが帰って来てから話しをすればいいだけの事である。

「今は、ユウカ殿が無事でいる事だけですな」

「ありゃ……。あれほどユウカちゃんの事を嫌っていたマーリン大臣がそんな事を言うなんてな。明日はカエルでも降るのか?」

「……お前にだけは言われたくないわい」

 と、突然話しかけてきた男を見ずに、ため息とともにそう漏らすマーリン。現れた男は赤髪ツンツン頭が特徴的な、女性なら誰かれ構わず口説くルーカウス=エーベルハルド将軍だった。この騒ぎをどこかで聞いてマーリンの所に来たようだ。ルーカウスはマーリンの隣に立って、心外だなと肩を竦めつつ

「でも、実際そうだろ?」

「嫌っていたというか、疑っていたという方が正しいの、ルーカウス。突然現れた人間を素直に信じるというのは難しいのは知っておろう?」

 とルーカウスに同意を求めるマーリン。ルーカウスは右手を顎に当てながら「確かに」と同意しつつ「なら、どうしてユウカちゃんの後を追わせる真似を?」と問うと、遠い目で空を見ながらマーリンは口を開く。

「セレナ様の最近の様子を見ていると、ユウカ殿がいい意味で影響を与えておるのじゃ」

「『影響』?ユウカちゃん、何かしていたか?」

 夕華がメイドとして働いていたという事しか知らないルーカウスは、夕華がセレナに与えていた影響という事が理解できず、影響について考え込む。ルーカウスの様子を見て、マーリンは小さくため息を吐いて

「ここ最近、セレナ様がよく笑うようになった事に気づいておらんか?」

「全く気付いていないけど、それがどうしたってんだ?」

 即答するルーカウスに頭を痛めるマーリン。そこに救いの手が差し伸べられた。

「つまり、セレナ様の精神的負担が軽減されたのと、くだらない話しができる相手が常にいる。それにいるだけでその場が和む存在であるユウカさんが影響しているわけですね?」

「……ブルーノ。お前、いるならいると声にしてくれよ。心臓に悪いんだぜ?」

 ルーカウスが後ろを向くと、そこには耳が隠れるぐらいに伸ばした金髪のブルーノ=ベネディクトだった。ブルーノもルーカウス同様に、この騒ぎを聞いてセレナの所に向かう途中で、ルーカウス達の話しに入ってきたのだ。そのブルーノは「これは申し訳ない」と言ったかと思うと、冷めた視線をルーカウスに向けて

「そんな簡単な事もわからないとは、ルーカウス将軍もそろそろ引退ですかね」

「おい、そこ。喧嘩売っているのか?」

 いつも温厚のルーカウスも流石にブルーノの言い方が癪に来たのか、動物が獲物に照準を合わせるかの如くブルーノを睨みつける。また始まったかとマーリンは思いつつもルーカウスを宥めつつ、心の中で夕華の無事を祈るのだった。




 フェスタリア城より徒歩で約五時間ほど進んだ森の中。この世界では存在しえない白を基調としたワイシャツの上に紺色のブレザーを着て、紺色のスカートを穿き、背中まで伸ばした黒髪を揺らしている少女が、荷物を持って歩いていた。
 その人物こそ、フェスタリア城から何も言わずに去って行った岸野夕華、その人だった。まだ完全に癒えていない腹部を庇いながら、夕華は行く当てもないのに森の中を歩いていた。自分の弓道道具や着替え一式を持って、だ。

「はあ…はあ……」

 ただ歩いているだけだというのに、夕華は肩で息をしていた。それもそのはずだ。つい先日腹部をナイフで刺された夕華。傷が完治しているはずがない。本当であるなら、完治するまで絶対安静と医者のジェフに言われている。
 だが、夕華はそのジェフの言葉を守らずに森の中を歩いていた。いや、彷徨っているというべきか。行く当てなど夕華には無いのだから。

「あ……」

 突如、開けた場所に出た夕華の眼に入ってきたのは、太陽の光でキラキラと反射している遥か遠くまで広がっているのではないかと思えるほどの巨大な湖だった。今まで休まずに歩いてきた夕華にとって、この場所で休憩する事にしたらしく、一度荷物を置いて湖の水を啜る。
 湖の水が汚れているとか、体に悪いなどと考える余裕もない様子で水を飲む夕華。二口ほど飲んでから荷物を下ろした木の下に座る。今頃、城ではどういう状況になっているだろうかと思うが、たかがメイドの一人が城からいなくなった程度で、城中が大騒ぎになる事は無いだろうなと考えていた。
 なぜ夕華がそんな考えに至ったのか。それはメイドが仕事についていけなくなって、いなくなる事はよくある事だとリーシャから聞いていらからだ。ただ一つ気掛かりなのは――

「セレナ……怒っているかな」

 そう。黙って出て行った事と、恩を仇で返す真似をしてしまった夕華。セレナの事を思っての判断なのだと自分に言い聞かせているが、実際はセレナに事実――自分が異世界から来た事――を話す事から逃げ出しただけだった。

「……これからどうしよう」

 この世界に、セレナ達以外知り合いなんていない夕華はこの後の事を考えるも、明確な答えなど出るはずが無かった。体育座りになって俯く夕華。今後の事もそうだが、それ以前にこの先に村があるのか。またこの世界に来た時みたいに盗賊に襲われるかもしれない。
 不安と恐怖に押し潰されそうになる夕華。だが、ここで弱気になるわけにもいかない。自分には帰る場所なんて無いのだから。自分でどうにかするしかない。だが、夕華を襲う不安と恐怖は大きくなる一方であった。

「……怖い」

 ポツリと呟く夕華。思い出されるのは、この世界に来て彷徨い歩いた果てに辿り着いた村での惨状。そしてそこで死んでいた女性達がどうなっていたか――

「うっ!」

 “それ”を思い出した夕華に吐き気が襲う。慌てて左手で口を抑えて吐き気と戦う夕華。セレナに保護されて以来、思い出す暇もないほど忙しい日々を過ごしてきた夕華。だが、今は自分の身は保障されていない。だから思い出してしまった。“あの残虐な光景”を。

「怖い……」

 吐き気が治まり(おさまり)、夕華が先ほどと同じ言葉を呟いた。自分もあの女性達のように――されてしまうのではないのかというのと、死への恐怖が夕華を襲う。この世界で生きていくにしても、何処にいてもその恐怖は付きまとう事になる。
 体が自然と恐怖で震える。膝を抱えて震えを抑えようとするが震えは止まらない。怖い。今、こんな状況で盗賊とかに出会ってしまったら、間違いなく――

「ひっ!」

 風が吹き、木々が揺れただけでビクッと反応してしまう夕華。その目は完全に恐怖の色で染まっていた。ガタガタと震える体を抱きかかえるように縮こまる夕華。完全に恐怖に心を支配されてしまっていた。これではこの場から動く事もままらない。いや、震える体を鎮める事すら出来ないかもしれない。そんな時だった。遠くから馬の鳴き声が聞こえてきたのは。

「え……」

 その馬の鳴き声を聞いた夕華は頭が真っ白になる。まさか、本当に想像していた事態になってしまうのではないのかという不安と恐怖が更に強くなってしまい、どうする事も出来ずにその場で固まってしまう。
 次第に馬が駆ける足音が大きくなる。こちらに向かって走ってきているようだ。恐怖で動く事も出来ない夕華は、両手で耳を塞ぎ目を閉じる。だがいくら耳をふさいだからと言っても、周りの音が完全に遮断されるという事は無く、馬の足音は夕華の耳に入ってきており、確実に夕華の近くへと向かってきていた。

(やだ、やだ、やだ、やだ。誰か、誰か――)

 どんなに思ってもそう都合よく助けなんて来る訳が無い。だが、それでも夕華は願ってしまう。その夕華の願いもむなしく馬の足音が目の前で止まる。もう駄目だ――諦めと恐怖で心を支配された夕華は目を瞑り、耳を塞いだままガタガタと震えるしかなかった。そんな夕華を見てか馬に乗っていると思われる人物が声をかける。

「そこの女子(おなご)よ。一つ聞きたい事があるのじゃがよいか?」

「……え?」

 耳をふさいでいる中で、微かに聞こえた声に素っ頓狂な声を上げる夕華。その声はここ三日ほど聞く事が無く、城を去った今、一生聞く事は無いと思っていた人物の声に似ていた。
 恐る恐る夕華が目を開けると最初に入ってきたのは白い馬の脚だった。そこから視線を上に向けると、馬の上には金色の髪を腰まで伸ばし、銀色の甲冑に身を包んだ碧眼の美少女がそこにはいた。

「せ、せれ……な?」

 驚愕の声でその人物の名を呟く夕華。どうして、王であるセレナが一人でこんな所にいるのか。そもそも、どうやって自分がここにいる事が分かったのか。広い森の中、人間一人探すだけで一日が終わりそうなものだが、今目の前で馬の上から夕華を見下ろすように見ているセレナは、あっさりと夕華を見つけ出した。
 一体どういう事だろうかと夕華が混乱していると、セレナは馬から飛び降りて馬を湖に一番近い木に縛り付けてから夕華の前に立つと

「質問なのじゃが、そなたと同じ年齢で、背中まで伸ばした黒髪の黒い瞳を持ち、ここら辺では全く見ない服装をした女子を見なかったかの?」

「え、え、え?」

 セレナの問いに戸惑いを隠せない夕華。セレナが探している人物は自分ではないのか?自分と同じ髪型や服装をしている人間がいるかもしれない。ユウカが返答に困っている様子を見たセレナはワザとらしく盛大にため息を吐いて

「やれやれ。どうやらその様子だと、そなたは見ていないようじゃの。一体何処に行ったのじゃ。あの大馬鹿者は」

「お、大馬鹿……者?」

 勝手に話しを進めるセレナに戸惑いつつ、大馬鹿者という言葉に反応してしまう夕華。自分の事を言っているのだろうが、少し言い方が酷いのではないだろうかと抗議の声を上げようとしたがそれは出来なかった。

「あ、あの?」

「ん?なんじゃ。妾が隣に座っては駄目じゃったか?」

 そう。いつの間にかセレナが隣に座っていたのだ。しかも平然とした表情で、だ。一体何を考えているのか理解できない夕華はただオロオロと狼狽えるしかなかった。オロオロと狼狽えている夕華を見て小さく笑ったセレナは口を開いた。

「まあ丁度よい。少し妾の愚痴に付き合ってはくれぬかの。なあ“見知らぬ旅人”よ?」

「……」

 ワザとだ――夕華はセレナがワザと自分の事を知らないフリをしている事にやっと気付いた。ここまでする意味が分からないが、セレナなりの無断で出て行った人間に対する罰なのかなと思いつつも小さく頷くのだった。

「礼を言う。見知らぬ旅人よ。そうじゃな……あれはもう三ヶ月ほど前の話しになるかの。そやつと出会ったのは」

 セレナはそう切り出して、夕華と出合った時の事を話し出した。見た事も無い服装の、自分と同じぐらいの年齢であろう女子が賊に襲われそうになっていたところを自分が助けた事。その後、女子は安心したのか気を失ってしまった。

「その後、近くに落ちていた奇妙な荷物も持って城に連れて帰ったはいいが、目覚めた女子にいくつか質問をしたら記憶喪失である事が判明しての、この国がどこかも思い出せない様子じゃったので、妾自ら説明をしている最中に、その女子のお腹がクウと鳴っての。妾はつい笑ってしまったのじゃよ」

 と、その時の様子を思い出したかのようでクックックッと笑うセレナ。話しを聞いていた夕華はその時の自分の様子を思い出し、恥ずかしそうに顔を赤らめて下を向いていた。笑ったままセレナの話しは続く。まるで、自分の記憶を確かめるかのように。セレナの話は進み、夕華にとって自分の運命をかけた弓による一騎打ちの話しになった。

「での、そやつときたら、勝手に“負けたら絞首刑”って思い込んでおっての」

「あ、あはは……」

 その時の事を思い出して乾いた笑い声の夕華。あの時は本当にそう信じ込んでいた夕華。矢が的から外れた時、夕華の中には絶望しか無かった。あの時の夕華は、今までの人生で体験もした事が無いぐらいに精神的に追い詰められていた。

「そやつはな一騎打ちの最中、いつ泣きだしてもおかしくはないぐらいの表情をしておったのじゃ。じゃが、途中から弓を引く事を楽しんでいるかのように笑顔になっての。そやつがどうしてそんな表情になったのか、妾は結局最後まで分からなかった。旅人よ、今の話しを聞いていて何か分かるかの?」

「え……あの?」

 突然話を振られて困惑する夕華。そうでなくても、どうしてこうやってセレナが自分にそんな話しをしているのかすら理解できていない。そんな状態なのに、話しを振られてもどう答えて良いのか判断しにくい夕華であるが、一つだけ言えるとするなら――

「きっと、最後の弓となるなら『楽しもう』って思ったのではないでしょうか?」

 その時、自分の思っていた事を素直に伝える。それしか夕華には出来なかった。だが、それを聞いたセレナは「ほう」と呟いて右手を顎に当てながら

「なるほどのう。そういう事なら納得できるの。……じゃが、どうやってそこまで辿りついたのじゃろうか?追い詰められた故に開き直ったのじゃろうか?はたまたは……まあよい。旅人よ、とても参考になった。礼を言うぞ」

「い、いえ……私が思った事を言ったまでです」

 セレナの「旅人」という単語が夕華の心に突き刺さる。昨日まで――この三日間は仕事が忙しくて会えなかったが――セレナのメイドとしてほとんどの時間を共に過ごしてきた。なのに、こう他人のフリをされるのは夕華には辛かった。

 その後も、セレナの話しは続いた。変な所で固い所があって、いつも緊張の糸を張っているような雰囲気でメイドの仕事をしているという話しから、失敗をした時にオロオロする姿がとても可愛らしいと城中で噂になっているという話し。更には暗殺者対策についてその者に参考程度にどうするべきかを聞いた時、自分の補佐役兼教育係の大臣(マーリン)が驚くほどの的を射た発言をした話しを夕華は聞かされた。

 そして、つい数日前のセレナ暗殺の話しになった途端、セレナの表情が一変する。その表情はとても複雑そうな表情で、傍から見れば怒っているようにも、悲しんでいるようにも見えた。

「――で、妾は危うく殺されかけたのじゃ。でもの、そやつが体を張って妾を助けてくれての。そやつが刺された瞬間を目の前で見ていた妾は、頭が真っ白になった。なんで妾でなく、そやつが刺されているのか。それに音をたてて落ちている赤いのは何じゃ?……もう何も考えられなくての」

 空を見上げて、その時の事を思い出すかのように目を閉じるセレナに、隣で話しを聞いている夕華は何も言えなかった。セレナをこんな表情にさせてしまっているのは自分であるのだから。

「そやつが目を覚ましてから、何か妾に隠しているのではないのかと問うたのじゃが、結局話してくれなくての。それで今日、そやつが何も言わずに城から出て行ったのじゃよ。見つけたら怒鳴ってやろうかと思っておったのじゃが……見つからなくての」

 困ったのというセレナ。見つからないというのは嘘だ。目の前にその人物がいると言うのに、セレナは“その人物が探している人物とは別人”であるかのように話している。

「まあ、『恩知らず』とかは言わぬが、世も世じゃ。恐怖に震えていなければよいのじゃが……」

 セレナの呟きにビクリと反応してしまう夕華。先ほどまのでの自分はセレナの言ったように恐怖で震えてしまい、その場から動けなくなってしまっていた。もし、現れたのがセレナではなく賊だったら――そう考えた瞬間、再び体が震えだしてしまう。セレナはそんな夕華の状態を横で見えていないようで、声をかける事もせずに話しを続ける。

「なあ、旅人よ。妾はな、そやつが何も言わずに出て行った事に対して怒っているのじゃよ。出来るなら隠している事を話して欲しのじゃが、それができないならそれでも構わんと思っている。ただ、何か一言だけでもあってもいいと思うんじゃ。手紙じゃなくて、正面から。本人の言葉で、の。そう思わぬか…………ユウカ?」

「え……」

 突然自分の名を呼ばれた夕華は、膝を抱えたまま顔だけセレナの方に向ける。今だ体の震えは治まっていない。セレナと夕華の目が合う。お互い何も言わずにただただ黙って見つめ合う。しばらくして、セレナが夕華の震えに気づいたのか、心配そうな表情で

「どうしたのじゃユウカ?」

「え……あ……。な、何でも無いよ。本当だよ?」

 と、慌てて笑みを作り右手を振る夕華だったが、突然セレナが抱きしめてきた。何が起きたのか一瞬理解できなかったが、セレナが自分を抱きしめてきている事を理解した夕華は混乱していた。

「馬鹿者……。こんなに震えておるというのに、何でも無いというのは無いじゃろうて」

 と、夕華の頭に手をまわして、夕華を落ち着かせるかのように撫でるセレナ。先ほどまでの恐怖もあり、夕華は既に泣きそうだったがそれに耐えていた。今泣いてしまえば、セレナにまた迷惑をかけてしまう――

「ユウカ。そなたが何を抱えているのかは、妾は分からぬ。じゃがな、そなたの事を心配している者達がおる事を忘れるでないぞ。リーシャも、マーリンも……それに妾もじゃ」

「で、でも私、私……」

 セレナ達に「記憶喪失」であると嘘をついていたんだよ――その言葉を発しようとするも、今にも泣きそうな夕華は上手く言葉にならず、一粒の涙が頬から伝い落ちる。その夕華にセレナは口を開いた。

「のう、ユウカ。今まで話した事が無いのじゃが、妾は今まで『友』と呼べる存在が近くにおらんかったのじゃ」

 突然の告白に夕華は驚き、顔を上げてセレナを見る。セレナは苦虫を何匹か噛んだような表情を浮かべ肩を竦めてみせた。

「なに、妾は『王の娘で姫様』じゃ。周囲の同い年の子から敬遠されてしまっての。『下手に機嫌を損ねたらその家は終わる』という形での」

 そんな事をする訳が無いだろうに、とセレナは少しだけ怒ったような表情で話す。夕華はセレナに友達がいないという事実に驚きを隠せなかった。それと同時に、リーシャがあの時、メイドになったばかりの自分もセレナとお茶会をしようと提案した理由が分かった。セレナに友達がいないから、同い年の自分と仲良くさせようとしたのだと。

「……友がいないとは言ってもの、遠い国の姫とは仲が良かったりするのじゃが、お互いの地位もあるが、海を渡る必要があっての、なかなか会えなくての……」

 と、今まで見せた事の無い儚げな表情を浮かべて笑うセレナ。王としてで無く、ただ一人の人間としての、少女としてのセレナ自身の気持ちを吐露していた。今までは王として“それ”を求めるのを諦めていた。ただ、夕華がそれを拒否した場合自分はどうすればいいのかという不安はあるのも確かであった。
 その話しを聞いていた夕華は、どう反応すればいいのかに悩んでいた。ただ、セレナが誰にも言った事の無い話しを自分にしている事。それの意味を理解しているつもりだった。セレナはきっと――

(私を信頼しているから話してくれているんだ……)

 でなければ、セレナが自分の事をそう易々と教えるような真似をする事は無い。だが、セレナが自分の弱さを見せてまでそれを話すのは、それだけ夕華を信頼している証しであるという事。なら自分はそのセレナの信頼にどう応えるべきか――

(……分かってる。話さなきゃいけないという事ぐらい。でも……)



 拒絶されるのが怖い――



 本当の事――異世界から来た事――を話した時、セレナがどんな反応を示すのか。自分の事を否定してしまうのではという思いが確かにあった。証拠云々の前に、たった数ヵ月とは言えどセレナとの信頼関係が壊れるかもしれないという怖さが、夕華が本当の事を話せないでいる原因であった。

(でも……拒絶されたとしても……セレナには嘘をつきたくない。それに、拒絶されるとしても……話して後悔した方がいいよね――)

 心の中でセレナだけには話そう。そう夕華が決めた時、体の震えは自然と止まっていた。夕華の体の震えが止まった事に気づいたのか、セレナは首を傾げ大丈夫かと言いたげな表情で夕華を見る。夕華はその視線に気づいた素振りも見せずに静かに口を開いた。セレナに自分の事を話す為に――

「セレナ……今から私の事を話すけど、信じなくてもいい。けど……聞いて」

「うむ」

 夕華の決意が伝わったのか、夕華を抱きしめていた手を離したセレナは、姿勢を正して真剣な表情になって頷いた。夕華から話される想像を遥かに超える事を聞く事になるとは知らずに――

「あのねセレナ……。私、異世界から来たんだ―――」


 夕華はすべてセレナに話す。この世界よりもかなり発達した世界、地球という名の星で自分は生きてきた事。その地球に存在している日本という国では戦争は無い事。学校という教育機関があって、そこで出会った学友たちや、弓道部の先輩である大野美菜の事。今まで隠してきた事を話す夕華。話している間も、夕華の不安は消える事は無かった。

 一方セレナは、常識では考えられない夕華の話しを、一言一句聞き逃さないようにしっかり夕華の目を見て聞いていた。ただ、セレナは心の中で夕華が嘘をついていないと確信していた。それは、夕華が嘘をつくのが苦手である事を知っているからだ。演技をするのも、本人には失礼ではあるが下手である。だからこそ、何かに脅えているような表情で自分の事を話している夕華が嘘をつくとは思えなかったのだ。

「……それで、五月。今から約三ヶ月前の事。私は、部活の合宿からの帰り道で気を失ったの。次に目を覚ました時、周囲は何もない草原。行く当てもなく歩いていたら、黒い煙が上がる村に辿りついて、男の人達に見つかって、訳もわからず追われて……」

 再び当時の事を思い出してしまったのか、小さく震える夕華。セレナが「大丈夫か」と言うよりも前に、無理につくった笑顔で「ごめん。私は大丈夫だから、話し続けるね」と言う夕華。どこがどう大丈夫なのか、セレナは問いたかったが、夕華が既に話し始めてしまったので、それは後にして今は夕華の話しに集中する。

「追い詰められてもう駄目と思った時に、セレナが助けに入ってくれて……。あの時、セレナが来なかったら、私ここにいなかった。ありがとうね、セレナ」

「ユウカ……気にするでない。妾は、当たり前の事をしたまでじゃ」

 と、面と向かって感謝の言葉を聞くのは少し恥ずかしいのか。セレナは少し頬を赤くして目を逸らして右頬を掻いていた。それを見た夕華は小さくクスリと笑う。だが、すぐにまた何かに怯えた表情で、セレナに助けられた後、この世界の事を聞いた時の事を思い出しながら話しを続ける。

「頭が真っ白になっちゃって……聞いた事もない国だし、人が人を殺す事が当たり前の世界に独り放り投げ出されて……。帰りたいって何度も思った。願ったよ。どうして私だけこんな目に合わなくっちゃいけないんだろうとも思った。訳もわからない内に『決闘で自分の潔白を証明しろ』って言われた時も、怖くて逃げ出したくなった。……喚きたかった。泣き叫びたかった。『自分は何も知らない!この世界の住人じゃない!』って……。でも、でも出来なかった。それを言っても、誰も信じてくれないのは分かってた!私を迎えに来てくれる人も、私が帰る場所はこの世界には……。だから……だから……!」

 途中から自分の感情を抑えきれなくなった夕華は、涙を流しながら心の奥底から叫ぶように話していた。全てを聞いたセレナは優しくに夕華を抱きしめて口を開く。

「よくぞ話してくれたのユウカ」

「セレナ……私……セレナの事、騙していたのに……信じてくれるの?」

 夕華は恐る恐る顔を上げる。信じてもらえない。そう思っていた夕華にとって、セレナがこの後なんと言うのか、また騙していた事に対してどう思っているのかで不安だった。だが、その夕華の不安は杞憂に終わる。

「信じるに決まっておるじゃろ、ユウカ。じゃが……すまなかったの。妾の勘違いからそなたを苦しめてしまった……。本当にすまぬ」

 セレナは言葉に誠心誠意を込めた。夕華にとってそれ以上の言葉は必要なかった。今までセレナ達を騙しているという気持ちが日常の中でもあった。それで夜眠れなくなる日も数多くあったのも事実。本当の事を話したい。セレナ達を信じたい。だが拒絶される事への恐怖が夕華を襲い、結局はセレナ達の優しさに甘えてしまっていた。
 セレナは腕の中で涙を流す夕華を上から覗き込むようにして口を開く。

「のうユウカ。前にも言ったかもしれぬが……妾はそんなに頼りない人間に見えるか?そんなに弱々しい人間に見えるか?」

「あ……」

 あの時――夕華が将軍、ルーカウスと弓での一騎打ちに敗れた時――にセレナが自分に言った事を思い出した夕華。あの時は、自分が負けたのに「生きたい」と切に願っていたのに、「セレナ達に迷惑がかかる」との理由から、自分の負けを素直に受け入れていた夕華にセレナが「自分を頼れ」と優しく、それでいて力強く言ってくれた。
 なら今は?そう考えた時、夕華は自分がセレナ達を信じられずに、頼ろうともしなかったという事に気付いた。全て自分の中に抱え込んでしまっていた。

「ユウカ……妾じゃそなたの『友』にはなれぬじゃろうか?」

「え……」

 セレナの突然の申し出に素っ頓狂な声を上げる夕華。自分は異世界から来た人間で、この世界の位で言えば平民クラスの人間だ。それが王であるセレナと友達になる?しかも、一度自分の事を話す事への恐怖から、城から逃げ出したような人間と友達になるつもりなのかと困惑する夕華。

「セレナ……私、もしかしたらいなくなっちゃうかもしれないんだよ?」

「そうじゃな。でものユウカ。そうなる時まで……いや、ユウカが元の世界に戻ったとしても、妾はそなたの友でいたいのじゃ」

 真剣な表情でユウカに思いを伝えるセレナ。いずれ元の世界に戻る事になるかもしれないであろうが、夕華の友達でいたい――そうセレナは思っていた。それは今思ったのではなく、出会ってから夕華と話しているうちに心の奥底で「友達になれたらいいのに」と気付かないうちに思ってしまっていた。

 それは、セレナが今まで同い年の女の子と話し合う機会が全くなかった事もそうだが、夕華のように王であるセレナと対等に話しをしてくれるような人間に出会った事が全く無いというのが影響していた。
 それが自分の弱さなのか、はたまたは何なのか分からないセレナだったが、夕華と友となりたいという気持ちだけは真実(ほんとう)であった。

「うぅ……」

「ゆ、ユウカ?どこで泣く必要があるのじゃ?」

 自分の腕の中でまた泣きだす夕華を見て、狼狽える(うろたえる)セレナ。夕華は小さく、顔を横に振って無理やり作ったような笑顔ではなく、自然の笑顔を浮かべて

「私、……セレナが私の話しを信じてくれた事に、ホッとした。それに……」

「それに?」

 セレナは夕華にその先を促すのだが、夕華は恥ずかしいのか、顔をセレナの胸に埋めて小さな声で

「セレナと友達になれる事が嬉しくて……」

 と耳まで真っ赤にして呟いた夕華は恥ずかしそうに顔をセレナの胸に埋めている。セレナは一瞬自分の聞き間違えかと思ったが、夕華の様子を見て聞き間違いでない事を理解した。ただ、こういう形ではなくハッキリと“その言葉”を聞きたい。そう思ってしまったセレナ。人間とは欲深いものだと自分自身の欲望に半分呆れながらも、夕華に声をかける。

「ユウカ……きちんと答えを聞かせてくれぬかの?そうでないと、妾は夜も眠れなくなってしまう」

 と冗談半分に言うセレナ。自分でも嬉しさから気持ちが高揚しているのが分かる。だが、実際に夕華の口から、声で、しっかりと答えを聞きたい。夕華は恥ずかしそうにしていたが、下から見上げるような格好で顔を上げて深呼吸を一度して口を開いた。

「私をセレナの友達にしてください」

「喜んでじゃ、ユウカ」

 まるで好きな人物への告白をするかのように緊張した口調の夕華。それをクスリと笑い、夕華の頭を撫でながら返事をするセレナ。しばらく黙って見つめ合っていたが、二人同時に盛大に笑いだす。

「くっくっくっ。なんじゃ、まるで『結婚して下さい』と恋人に言うような台詞(せりふ)は」

「せ、セレナだって、そういう答え方しかできないの?」

 そう言ってからまた見つめ合う二人。しばらくしてからまた二人して笑う。その声が森に響く。夕華の表情も、先ほどまで見せていた暗くて、何かに怯えているような表情ではなく、本当に自然に、心の底から笑っている表情になっていた。セレナも夕華と同じように心の奥底から笑っていた。それは、夕華が本当の事を話してくれた事もそうだが、こうやって夕華と笑い合える事が嬉しかったからだ。
 しばらく二人は笑っていたが、夕華が「痛っ」と腹部を抑えた。まだ完全に癒えていない腹部の傷が痛んだようで、夕華の目の前にいるセレナが慌てた様子で夕華に声をかける。

「大丈夫か、ユウカ!?」

「痛……う、うん。だいじょぶ……笑いすぎて、傷に響いただけだから」

 まだ痛いはずの腹部を擦りながら、無理に笑顔を浮かべる夕華。その笑顔を見たセレナは、右手を握り夕華の頭に乗せるような形でコツと叩く。「え、え?」と現状を把握できていない夕華はオロオロとしているが、セレナはそれに笑う事無く、少し怒っている様子で

「馬鹿者。そんな表情で大丈夫な訳無かろうて。ユウカ、そなたは我慢しすぎじゃ。痛いなら痛いと言わぬか。そうでないと、妾はそなたにどうすればいいか分からないではないか」

「ご、ごめん」

 セレナが自分の事を思って言っている事が伝わった夕華は、素直にセレナに謝った。夕華の謝罪に満足したのか、セレナは「ウム、分かればよいのじゃ」と一度頷いてから立ち上がると

「ユウカ、帰るぞ。……妾達の城へ」

 とセレナは夕華に右手を差し伸べる。そのセレナの表情は、城の人間が見た事のない満面の笑みであり、王としてではなく少女のセレナの表情。それを見た夕華は十数秒ほど、そのセレナの表情を驚いた様子で見ていたが、我に返るとセレナと同じように笑顔を浮かべてセレナの手を取るのだった。



 その後、城に帰ったセレナと夕華を城門で待ち構えていたのは、マーリンではなくリーシャと医者のジェフだった。セレナと夕華を見つけた瞬間、鬼のような説教がその場で展開され、夕華が涙を浮かべながら二人に謝ったのは言うまでもないだろう。だが、セレナは流石は一国の王と言ったところか、全く動じた様子を見せずに二人の説教を聞き流していた。

「ですからセレナ様!まだ重度の怪我人のユウカちゃんを気分転換という名目で“狩り”にお連れしないよう申し上げたはずです!」

 とはリーシャの言葉。どうやらマーリンとセレナの会話の意味を理解したらしく、今回の件についてはセレナが無理やり連れて行ったという方向で話しが固まったようだ。

「はて?そんな事をリーシャは言っておったかの?」

 リーシャの意図を理解したセレナはワザと惚ける。それがリーシャとジェフの怒りに油を注ぐ事になる。ジェフは夕華に笑顔で注意をする程度で済ませる。だが、夕華はそのジェフの笑顔は、何処をどう見ても怒っているようにしか見えなかった。医師であるジェフからの指示を破ったのだから仕方ない。だが、その怒りの矛先が自分では無くセレナに向かうとは思ってもいなかった。

「セレナ様……少々お話しがありますので、後ほどお会いしたいのですが?」

「……よ、よかろう」

 あのセレナがジェフの気迫に一歩後ずさる。夕華が自分で城から出て行った事を知らないジェフは、今回セレナが無理やり夕華を“狩り”に連れて行ったという認識でいる為、医師として夕華に無理をさせたセレナに対し怒っていた。
 「では後ほど」とセレナに伝えてから城内に入って行くジェフ。その後ろ姿からでも怒っているのが手に取るように分かるほどであった。

「セレナ……ごめん」

 ジェフが去ってから小さく、セレナが聞き取れるぐらいの声で謝る夕華。それを聞いたセレナは肩を竦めてみせると

「なに、大した事ではない。妾が悪いのじゃ。そういう事にしておけばよい。……そうじゃユウカ。言い忘れていたことがあったの」

「?」

 「でも」と言いかけた夕華はセレナの言葉に首を傾げる。言い忘れていた事とは一体何か。セレナは三歩ほど歩くと、突然クルリと夕華の方を向いて笑みを浮かべて

「お帰り、ユウカ」

 一瞬、夕華はセレナの言葉の意味を理解できなかったが、その意味を理解したのか、満面の笑みを浮かべると

「ただいま、セレナ」

 その答えに満足した様子のセレナと夕華はお互いの顔を見つめあった後に笑い合う。その二人の様子を見たリーシャは安堵の息を吐いていた。夕華が無事に戻ってきたという事もそうだが、夕華の笑顔が戻った事と、セレナの笑顔が心の奥底から笑っていたからだ。
 二人で何を話したかはリーシャは知る由もないが、ただ言えるのは夕華がこの城に戻ってきて、これからも一緒にセレナを支えていくという事だけだった。




 この時、彼女達は知らない。自分達に歴史を動かす大きな風に巻き込まれると言う事を――




二人の戦女神
第一部 完
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