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愛なき道

オリジナル小説「二人の戦女神」と「リリカルなのはシリーズ」の二次創作を中心に活動中

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二人の戦女神第十六話  

 ある満月の日の夜の事だった。
 一人の少女が夜の人気(ひとけ)の無いデュジャルダンの街を走っていた。黒いローブを身に纏い、フードで顔も隠していたが、そのフードの隙間からは綺麗な長い金色の髪が見え隠れしている。少女の息は荒く、まるで何者かに追われているようで、しきりに後ろを気にしながら走っていた。
 その少女の後方には黒い影が少女を追うようにゆっくりとではあるが動いているのが見える。先程から少女はこの黒い影に追われている。追われるような事をした覚えがあればいいのだが、少女には一切追われるような事をした覚えがない。

「はあっ……はぁっ……」

 とにかく逃げる少女。しかし黒い影はゆっくりとでありながら、しっかりと少女との距離を縮めていた。徐々に近づいてくる足音に少女は恐怖に心支配されそうになるも、それでも生き延びるために疲れが見える両足を必死に動かす。左に曲がり、次は右に曲がるなどして、相手を撹乱しようとしても無意味だった。黒い影は撹乱される事無く少女の後をついてきている。

「あっ……!」

 少女が目の前の光景を見て小さく悲鳴に似た声を上げる。少女の目の前には厚い壁が立ち塞がっていた。つまりは行き止まり。道の幅も狭く、人が一人通れるだけの幅。これでは相手の隙を突いて逃げるという事も叶うまい。足音が背後から聞こえ、少女は勢いよく振り返る。ただ、少女はローブの下で何かを握っているように見えるが、黒い影はその事に気付いている様子は見えない。

「……こ、こないで」

 震えている少女はジリジリと後ろに下がる。黒い影と初めて向き合う少女。影は屈強とまでは言えないが、なんらかの武術をしているのが見受けられる体格で、身長は平均的な男性よりもやや高め。それらを基に考えれば、黒い影が女ではないのは確かではあろう。だが、少女を追う理由は未だに不明。トンと軽い音がする。それは少女が後退していった結果、背中が壁に当たってしまった音だった。その意味を瞬時に理解したフードで顔を隠している少女は青ざめただろう。もう逃げ場がないのだから――

「さて……お嬢さん。もう逃げ場はない。少々足は速かったが残念だが、私の欲求を満たさせてもらおうか」

 少女を追いつめた事により影……いや目の前の男は間違いなくほくそ笑んだ事だろう。一方、不思議な事にフードで顔を隠している少女も笑っていた。まるでこうなる事を望んでいたかのように――



二人の戦女神
第十六話「吸血鬼の王とフェスタリアの王」




 話しは少女が黒い影に追われる日の二日前に遡る。その日はあいにくの雨模様で、長い金髪が特徴的な碧眼の少女は、ここ数日宿泊しているデュジャルダン地方を治めている侯爵、シルヴェストル=デュジャルダンの館にいた。少女は退屈なのか、大きな欠伸(あくび)をしたかと思うと、机の上に顎を乗せて呟いた。

「暇じゃ……こうなるのであるなら、ユウカかリーシャでもつれてくればよかったの」

 と呟いて窓を打ちつける雨を恨めしそうに見る少女。少女の名はセレナ=フェスタリー=フランツィスカ、十七歳。今は亡きフェスタリー三世の娘であり、現フェスタリア国の王である。そのセレナが政治の中心である王都ではなく、この地方都市と言えるデュジャルダンにいるのには理由があった。
 それは、デュジャルダン地方で起きている吸血鬼事件の解決の為。その吸血鬼事件について調査をしていくうちに、死者が出た事が判明した。

 それまでは、吸血鬼に噛まれたと思われる歯の痕が被害者の首筋に残っていた。が、亡くなった女性の首筋にはそのような痕はなく、もし夕華がその死者の様子を聞いたら気絶するのではないかというぐらい、酷い有様で死体は見つかっていた。被害者である女性の顔は原形を留めておらず、腹部を中心に鋭い刃のようなもので何度も刺されていたという。
 その事件が発生したのは昨日未明との事。亡くなった女性の名はレーア。この土地の生まれではなく、二年前にデュジャルダン地方に移住してきた女性で、あまり近所付き合いをしていなかったようだ。どこの生まれかは今となっては分からないが、レーアの隣に住んでいる老婆の話しによれば、長い金色の髪の持ち主で、いつも見せる笑顔が印象的な女性だったという。
 他にも数名この街の顔見知りに話しを聞いたが、どれも返ってくる答えは同じような物で、レーアが誰かに殺されるような人間には見えなかったらしい。誰が何の為に彼女を殺したか誰も想像がつかないのが現状で、吸血鬼騒動が更に重大な事件に発展したのは言わなくてもいいだろう。
 そんな状況の中、セレナは冷静にこれが吸血鬼とは関係ない者の犯行である可能性があると分析していた。首筋には血を吸うために残るはずの噛まれたような跡がレーアの遺体には無かった。それとセレナは一つ気になっている事があった。それは――

「吸血鬼がわざわざ剣を使うとは思えぬの」

 そう。吸血鬼という種族は、その腕だけで人を殺せるという逸話が残っている。ならば、普通の女性であるレーアを相手に剣を使う必要はないはず。しかし、レーアは剣で体を貫かれ、顔も滅多刺しにされた遺体となって発見されている。吸血鬼としては少々異端の者が血を吸うだけに飽きたらずに、人を殺すという行為に快楽を覚えてしまったのだろうかと考えるセレナ。

「セレナ様、シルヴェストルです。今、よろしいでしょうか?」

 そんな時、扉をたたく音と館の主であるシルヴェストルがやってきた。入ってよいとセレナが答えると、シルヴェストルが「失礼します」と言いながら静かに扉を開けて入ってきた。どうやら何か動きがあったようだとセレナは思いつつ口を開く。

「シルヴェストル、何か動きでもあったのか?」

「ええ、気になる情報がありまして……」

「気になる情報?」

 首を傾げるセレナ。昨日までに大体の情報は集めつくしたものだと思っていたが、まだ何か吸血鬼に関する情報があったようだ。吸血鬼の姿を見た者はいないが、被害者の首筋には吸血鬼に噛まれたと思われる痕が残っている事、被害者の女性達に共通する物は一切ない事。まともな情報といえばそれぐらいしかなく、セレナも情報の少なさに頭を痛めていたところであった。そして今、シルヴェストルが気になる情報があるとやってきた。果たしてどんな情報なのか気になるセレナは、シルヴェストルに報告するように促す。

「ええ、なんでも吸血鬼騒動が起きた日の夜は、雲一つない月がはっきりと見える夜だったという事らしいのです」

「月じゃと?」

 ふむと腕を組んで考え込むセレナ。月が見えるという事は、自分の姿を見られてしまう恐れがある。そんな危険を冒してまで人を襲う事に意味があるのか。それともわざと自分の姿を見せる事によって何らかの意味をセレナ達に伝えようとしているのか。それとも何も意味が無く行動しているのか。様々な考えがセレナの頭の中に浮かぶが、吸血鬼ではないセレナが意味を見つけ出すことなどできる訳が無かったが、つい先日起きた殺人事件でふとある事を思い出した。

「シルヴェストル……先日起きたレーア殺害事件じゃが、あれは“雨が降った夜”じゃったな?」

 突然のセレナの問いかけに対してシルヴェストルは少々考えてから報告書に雨が降っていたと書いてあった事を思い出して頷きながら

「はい。確かに雨が降っていた夜でし……ま、まさか」

 そこまで言ってからシルヴェストルも何かに気付いたようだ。セレナは何かを確信し、立ち上がり

「シルヴェストル。次の月の出た夜、街へ出る――」

 そうシルヴェストルに伝えるセレナ。外では激しい雨と何度も雷が鳴っており、しばらくは晴れもそうもない。だが、セレナはこの数日中には晴れるであろうと思っていた。それがセレナの勘なのは間違いないだろう。一方、シルヴェストルはマーリンに言われていた「王であるセレナを危険にさらすな」という命令を守れないだろうと心の中で諦めていた。後でマーリンに説教されるだろうと思いながらシルヴェストルは小さく、セレナに分からないようにため息を吐いた。



 そして激しい雨が止んだ二日後の夜。その日は見事なまでに月が出ている。日が完全に落ち、月が出てから少し時間が過ぎた頃、セレナは黒いフードに身を纏って人気(ひとけ)の無いデュジャルダン街を静かに歩いていた。吸血鬼騒動が起きている夜の街を、一国の王が護衛も付けずに歩いている状況をマーリンが見たら卒倒するに違いないだろう。
 まだ夜になって数時間しか経っていないというのに静かすぎる街。本来ならば炭鉱で働く男達や、兵士や傭兵達が酒を飲んで賑わっているのだが、ここ一カ月以上そんな賑わいも消え去っていた。女性しか襲っていないとはいえ、誰しも吸血鬼という存在には恐怖を抱いているという事か。そんな事を思いつつセレナは昼間にシルヴェストルと話し合って決めたルートを歩いていた。
 その理由は、万が一本当に吸血鬼が現れた時に即座に対応できるようにしておきたいというシルヴェストルの考えと、セレナの“レーアを殺した相手”と対峙した時に対応できないという考えが一致しての事。

(さて……どう出る……闇の支配者よ?)

 あまり不信がられないように歩くセレナ。全身を隠しているフードの下には愛用の剣を持っているが、暗闇という事もあって、傍から見てセレナが剣を持っているようには見えない。ただ、セレナの長くて綺麗な金色の髪がフードから出ているのは仕方のない事であろう。セレナは歩きながらその時を待つ。



 セレナが歩き始めてから時間にして約一時間ほど経っただろうか。相も変わらず、街に人の気配など全くない状況が続いており、今日は出てこないのかとセレナは諦めかけていた。だが、まだ一時間だと自分に言い聞かせながら街を歩くセレナ。それは、フェスタリアの人々を守る為か、それとも吸血鬼という未知なる種族への好奇心か。それはセレナ本人にしか分からない。そんな時だった。

「そこの御婦人と思われる方。少々よろしいかな?」

 横道から突如黒いシルクハットを右手で持って胸に当て、正装姿の顔立ちが整っている若そうな紳士が現れた。セレナがパッと見た所、二十代中盤から後半ぐらいの年齢。言いたくはないが、ルーカウスよりも顔立ちは良い方だ。もし、昼間の街を歩いたら女性が虜になるだろう。しかし、セレナはそんな事よりも違う事を考えていた。

(妾に気配を気付かれずに現れたじゃと?)

 内心驚きを隠せないセレナではあるが「何でしょうか?」といつもの尊大な口調とは違う口調で男と接触を試みる。男の身長は約百八十といったところか。体格はお世辞にも良いとはいえず、どこか頼りなさを覚える体格だ。が、その男には一切、隙が無い事にセレナは気付いていた。頼りなさそうに見えるが、なにかしらの武術や剣術の心得があると見ていい。

「いえ、ちょっと……」

 男は言い淀みながらも一歩一歩、確実に、それでいて静かにセレナとの間合いを詰める。それに気付かないセレナではない。だが、襲われた女性の話しも聞いていたセレナは、“目の前にいた男が一瞬で背後に立っていた”という話しを思い出し、男を警戒していた。ただ、あまり警戒し過ぎると男が不審に思ってしまうので、自然に見える程度に見知らぬ男に声を掛けられて警戒をする女性を演じるセレナ。

「なに……貴女の血を少々貰いたくてね!」

(っ!速い!)

 男との間合いはかなりあった。しかし、男は一呼吸でその間合いを詰めて目の前にいるではないか。普通の人間ならば、その男の動きに驚いてしまい対処できずにやられるであろう。だが、セレナは驚きながらも男の動きを冷静に把握し、男の横をすぎ抜けるようにして走り、再び間合いを開けることに成功する。

「おや?」

 あっさりと避けられたというのに男は首を傾げる仕草をして、ゆっくりと後ろを振り返る。そこにいるはずであろう黒いローブを着た金色の少女――セレナの事だ――がいるのを確認する。しかし、男が振り返ったときには時既に遅し。セレナの姿は無く、男の視界の端に黒い物体が動いて消えただけだった。しかし、男はその黒い物体がセレナが着ている黒いローブだと確信したのか「ふむ」と右手を顎に当てて思案する素振りを見せた後、小さく呟いた。

「どうやら、面白い獲物に当たったようだな……フフフ」

 そう呟いた男。まるで新しい玩具(おもちゃ)を与えられた子供の様に嬉しそうな声でセレナの後を追う。先程の男の動きならば、追いつくだけならすぐにでも出来るのだろう。しかし男はそんなことをせず、狩りを楽しむかのように獲物であるセレナをジワジワと追いつめていく。男は気付いていない。その背後にもう“一つの影”がいた事を――



 時は戻り――行き止まりにセレナが追いつめられ、男と対峙している。男は先程自分の横を走って逃げた少女を追い詰めた事に満足しているのか、満面の笑みを浮かべながら一歩一歩、確実に間合いを詰める。
 満面の笑みを浮かべている男の口に大きくて鋭い犬歯が見え、この男が普通の人間ではない事を示している。追いつめられたセレナは冷静にその男の姿を見ていた。追いつめられたのは計画通りだったからだ。シルヴェストルと話し合って決めたのは、追いつめられたと思わせて、一対一で戦わせる状況を作る事。ただ、あいてが吸血鬼という人間離れしている事を考慮し、シルヴェストルが吸血鬼の背後から挟み撃ちをする形で戦う事を取り決めていた。

(……ふむ。まるでどこぞの貴族か何かと間違えそうな品の良い男じゃの)

 吸血鬼だと思われる男を冷静に分析していたセレナが下した評価がそれであった。古典的と言うには少々見た目が若く見えるが、品の良い貴族の若者と言っても通用しそうな容姿の持ち主。だが、先程も見ていて思ったが、どうも体格のせいか頼りなく見える。
 貧相とも言えるほどではないが、フェスタリア国の男の将軍達と見比べてしまうと、どうも弱々しく見えてくるセレナであった。だが、流石にそれだけで判断するのは危険なのは先程の動きを見て十分把握している。

「さて……お嬢さん。もう逃げ場はない。少々足は速かったが残念だが、私の欲求を満たさせてもらおうか」

「……そうはいかないの」

「ほう?」

 そう言いながらセレナに近づこうとした男だったが、セレナの口調が変わった事に気付き足を止めた。先程まで恐怖で怯えている声だった少女が、状況は変わっていないというのにどういう事かと不思議そうな男。その男の疑問を解決するかのように右手で着ていたローブを脱ぎ捨てるセレナ。その下から現れたのは左手に剣を持ち、自慢の長い金色の髪と、月光で輝いて見える銀の甲冑姿のセレナだった。

「妾の国に住む民を傷つけし者よ、覚悟は良いな?」

 切先を男に向けるセレナ。しかし、そんなセレナに対して男は右手を顎に当てて「ふむ」と呟き何か考えている様子。傍から見れば余裕の態度とも取れる男の仕草。セレナはそれに対して怒りを覚える事もなく、冷静に男の出方を見ていた。

「……様?いや、あの方は既に百年以上前に亡くなっているはず……なら目の前に居る女性は?」

 セレナが誰かと重なって見えているのか、男はセレナを見ながらブツブツと呟いている。自分が誰に似ているというのかという疑問を抱きつつ、セレナは両手で剣を構えて男に問う。

「して、そなたが今回の殺人事件及び吸血騒動の主(ぬし)という事じゃな?」

「殺人事件?……はて、私は一人たりとて殺した記憶など無いのだが?血を吸ったかと聞かれれば、幾人かの血は吸ったがね」

 セレナの問いに対して男は両腕を組んで首を傾げながら答える。惚けて(とぼけて)いるのか、それとも本当の事を話しているかは不明。間合いのある現状では、セレナの位置からでは男の表情が読み取れない。しかし、自分――セレナ――を襲おうとしているのは事実である。ならば、セレナが今すべきことはただ一つだけだった。

「まあよい。妾を襲った事を後悔し、なおかつその件について詳しく聞かせてもらうおうか、吸血鬼よ!!」

 剣を腰の位置に構え、地面を力強く蹴って男との間合いを一気に詰めるセレナ。男はセレナの動きに少し驚いた表情を見せたが、すぐにバックステップをしてセレナの攻撃をいともたやすく避ける。しかし、セレナもそう易々と間合いを開けさせるつもりはなく、すぐさま地面を蹴って追撃をかける。
 吸血鬼の男はセレナの動きに対し「ほう」と感嘆の声を上げつつセレナの攻撃をかわす。地面に静かに着地をし、セレナを今一度見ようとするが、セレナが早々相手に隙を与える訳が無く、先程と同じように追撃をしかけてきていた。そのセレナの攻撃を男は避ける、そして避ける。それに対し、セレナは攻撃を左右、上下と仕掛ける。セレナが攻撃をし、男が避ける。それを十数回繰り返した所で男が後ろへ跳躍し、大きくセレナとの間合いを開けた。セレナをどこかで見た事があるのか、男は右手を口に当てて思案する。

(しかし、本当に“あの方”に似ている。まるであの時に戻ったかのような錯覚すら覚える)

「……流石に余裕じゃな。吸血鬼よ」

 男の行動がセレナには余裕の素振り(そぶり)に見えたようなのだが、怒りを通り越したのか、笑みを浮かべて剣を構えているセレナ。背筋に何か寒気すら覚える男ではあるが、たかが人間如きに吸血鬼である自分が気迫で負けてはいけないと心の中で自分を叱責し、平面上は冷静であると見えるように努める。

「これはこれは、失礼をした。ただ、戦術を考えるときの癖でね」

 と、嘘もいい所ではあるなと心の中で自虐しながら肩を竦める男。その仕草にセレナは「その仕草が余裕の表れではないか!」と言いながら斬りかかりたい所ではあったが、それが男――吸血鬼――の策略かもしれない事に気付き、冷静でいるように努め、相手の出方を見る。それが策略ではないという事をセレナが知る由もないのだが、出方を見た事によって男に考える時間を与えてしまう事になる。
 ジリジリとではあるが、出方を見つつ男との距離と縮めていくセレナ。攻撃をするタイミングを探っているのだが、男に微塵の隙も無い状態では攻撃しても避けられるのが目に見えていた。

(やはり、余裕を見せておきながら隙が無いとは、流石じゃな……)

 男の隙の無さに感心するセレナ。だが、そう思った瞬間場の空気が一変する。突然、二人の間に地響きに似たような音がしたかと思えば、右手に斧を持ったセレナの身長よりもかなり大きい巨漢の男が空から文字通り現れたのだ。地響きに似た音は、この男が地面に着地した際の音だ。
 セレナから見て、男の服装はどこにでも売っていそうな安っぽい茶色の服であり、何処をどう見てもここら近所に住んでいそうな人間だ。だが、住民に見える男ではあるが、空から現れたというのは普通ではない。何かしら力がある、もしくは住民に偽装していると考えるべきか。と、そこまでセレナは考えていた。

「ふむ……私たちに何か用かね?」

「……何奴じゃ」

 お互い、突如現れた男を警戒しながら問うも、男はギロリとセレナを睨むだけだった。どうしてセレナだけを睨むのかは不明ではあるが、自分よりも大きい体格の男に睨まれても委縮しないのは流石一国の王と言ったところか。
 だが、この状況下。セレナにとっては不利なのは否めない。この斧を持った巨漢が吸血鬼男の援軍の恐れもあるからだ。実際、今現れた男の目は正常とは言えず、まるで何かに操られているかのような虚ろな目をしている。

「そこの吸血鬼!」

 突然セレナは、目の前の男から視線を逸らさずに先程まで敵対していた吸血鬼の男に話しかける。突然現れた男がつい先日の夜、自分が見た男と同一人物である事を思い出していた吸血鬼の男は、セレナの声で思考の海から現実に戻ってきて、セレナに何かと問う。

「『何か?』ではない。妾は、これがそなたら『吸血鬼のやり方』かどうか聞きたいのじゃよ」

「吸血鬼のやり方?……ああ、そういう事かね」

 セレナの言いたいことを理解した吸血鬼の男は小さく何度も頷く。セレナが吸血鬼の男に対しての発言の真意。それは、今現れた男が自分の味方であり、追手から逃げる為に用意しておいたのではないか――という意味であろうと吸血鬼の男は判断し口を開く。

「すまないが、その男と今日が初対面でね。私も彼の事は全く知らないのだよ」

「つまり、無関係じゃと?」

 セレナの問いに頷く吸血鬼の男。その態度があまりにも自然すぎた為、セレナは今の言葉をどこまで信じるべきかと悩む。もし、万が一、吸血鬼の男の言葉が偽りであった場合、間違いなく自分の命はないと判断しているセレナ。目の前の巨漢を倒せたとしても、体力が万全な吸血鬼相手に太刀打ちなどできる訳が無いからだ。
 しかし、今は吸血鬼の男の言葉を信じるしかないかと自棄(やけ)ではないが、現状を打破するにはまずは目の前の男に集中すべきだと自分に言い聞かせながらセレナは口を開く。

「……さて、妾の名を名乗っていなかったの」

 静かに言いながら、セレナは左足を一歩前に踏み出し、重心を低くして剣を下段に構える。

「妾の名は、セレナ=フェスタリー=フランツィスカ。今は亡きフェスタリー三世の娘にして、現国王じゃ!二度と忘れるでないぞ!」

(フェスタリー三世の娘?なるほど……そういう事か)

 吸血鬼はセレナの発言を聞いて何か思う所があるのか、セレナを巨漢の男越しに見る。その吸血鬼の視線に気付きながらもセレナは力強く地面を蹴り、男へ攻撃を仕掛ける。踏み込みから下段から上段への洗礼された攻撃。しかし、巨漢の男はそれを避ける素振り(そぶり)すら見せずに若干俯いたままだった。しかし――

「なん……じゃと」

「……ほう」

 男の行動に絶句するセレナと感心の声を上げる吸血鬼。男の右手にはセレナの剣が握られていた。どうしてセレナの剣が男に握られているのか。それはセレナが攻撃を仕掛け、下段から剣を振り上げ男の胸を切り裂くと思った瞬間。男は俯いたままセレナの剣を掴み、攻撃を止めたのだった。普通の人間なら出来るはずの無い芸当。それはセレナを絶句させるには十分な行動であった。
 しかし、絶句したと言っても流石は一国の王と言ったところか。すぐさま男の腹部に強烈な蹴りを入れて、男の手から剣を取り戻すという冷静な判断を見せ、一度男との間合いを開ける。セレナの頬を一筋の汗が伝い落ちる。時間にすればたった十数秒の攻防。
 短い時間とはいえ、セレナがこの戦いが己にとって不利であるという事を理解するには十分だった。今までセレナは、自分の攻撃が剣や槍などで防がれた事はあっても、平然と“手で掴まれた事”は無かった。しかし、目の前にいる男は平然とセレナの攻撃を掴んで防いで見せた。己の手が使い物になる事を考えもせずに――だ。

(痛覚が麻痺しておるのか?それとも――)

 セレナは後退はせず、ジリジリと男との間合いを詰める。一方、男は静かに顔を上げてセレナを見る。

「……金髪。見つけたらぁ……殺す」

 小さな呟き。それは間違いなく男から発せられた言葉。しかし、男の言葉には感情という感情が込められていなかった。そして次の瞬間、足に力を入れた様子も見せないまま、軽々と左手一本だけで斧を構え、セレナに凄まじい勢いで攻撃を仕掛けてきた。

「なっ!?」

 その人間離れした動きにセレナは驚きながらも一度は男の攻撃を左へと避ける。そしてすぐさま体制を整えようとするが――

「王よ、上だ!」

「上じゃと!?」

 吸血鬼の言葉に顔を上げるセレナ。そこには頭上に斧を構えた巨漢の姿があった。あまりにも人間離れしたその跳躍に、セレナは驚きながら後へ跳躍して攻撃を避け、間合いを開けようとする。しかし、男はそれを許さず、追撃を仕掛けようとする。すぐさま攻撃を仕掛けてくる男に対し、防御態勢が整っていないセレナ。

(防御が間に合わぬ……このままでは……!)

 焦りの色がセレナの表情に浮かぶ。あと数秒、男の攻撃が遅ければ防ぐことも可能だろう。しかし、男は既にセレナの目の前に迫ってきている。左手に斧を構えて――だ。そして男が斧を振るった瞬間。「やられた」とセレナは思い目を閉じる。しかしセレナを待っていたのは、男の攻撃による衝撃ではなく浮遊感。一体何があったのかとセレナは目を開けて顔には出さずに内心驚いた。

「ふむ……どうやら、あの者は肉体的にも何らかの術か薬の施しを受けて、限界……いや、それ以上の動きができるようになっていると見ていい」

 先程まで対峙していた品の良い顔をした吸血鬼がセレナを横抱きしていた。しかも、家の屋根上でだ。セレナが自分を見ている事に気付いた男は、セレナをゆっくりと下ろしてから鋭い眼つきで地上にいる男を見る。しかし、腑に落ちないセレナ。どうして先程まで対峙していたはずの吸血鬼が自分を助けるのだろうか。しかも、男が上から攻撃を仕掛けた際も、確かに「王よ、上だ」と声をかけたではないか。一体どういう事かと疑いの眼差しで男を見るセレナ。

「さて、ベルナデット様の遺志を継ぎし現フェスタリアの王よ。ベルナデット様との盟約により、今宵、この時より貴女の命令に従う事をここに誓う」

 と言ってセレナの前で跪く吸血鬼。一瞬何が起きているのか理解できなかったセレナではあるが、すぐに現状を把握し口を開いた。

「ならば名を名乗れ、吸血鬼よ。いつまでもそういう呼び方は妾とて好まぬ」

 セレナの言葉に呆けた表情を見せる吸血鬼。数秒の沈黙の後、自分がまだ名乗っていなかったという事実を思い出し、苦笑いを浮かべながら自分の名を名乗る。

「これは失礼をした。私の名はエーヴァルト=シュタルケ。この大陸の吸血鬼の王として数百年生きている。もう百年越えた頃から数えるのが面倒になってね。正確な年齢は覚えていない」

「して、エーヴァルトよ。その吸血鬼の王が、どうして妾なんぞの命令なんぞに従うのじゃ?」

 先程、エーヴァルトの話しに出たベルナデットという人物の名で、セレナはその人物があの方であるという事であるのは理解していた。だが、いくらその人物の関係者であるセレナとは言え、吸血鬼の王と自称したエーヴァルトがセレナの命令を聞く理由にはならないと考えていた。
 エーヴァルトはセレナから視線を逸らし、建物の下からこちらを睨みつけている男を見下ろしながら口を開いた。

「それについては下の男を倒してからでも構わないか?でないと、ゆっくりと話しをする事もままならないだろう」

「……確かにの」

 エーヴァルトの意見に同意するセレナではあるが、先程まで敵対していた人物が突然「味方だ」と言ってきても、そうそう信用できるわけが無い。しかし、話し合うにしても眼下に見える男を倒すのが先決と判断し

「ならば見せてもらおうか。妾の『味方』と言った証明をの」

「……ふっ、そう来たか。ならば見せよう。ベルナデット様への誓いを、そして新しき王への忠誠を」

 セレナの言葉にエーヴァルト小さく笑みを浮かべて答えると、すぐさま下へと飛び下り、静かに着地して男と対峙する。対峙するエーヴァルトを上から見たセレナは小さく呟いた。

「貴族と言うよりかは、まるで執事(バトラー)じゃな……」

 セレナがそういう評価を下している事を知らないエーヴァルトは男と対峙し、改めてこの男が普通の状態ではないと理解していた。それもそのはず。目の焦点が合っておらず、口の端からは涎が零れ落ちている。それだけではない。先程セレナの攻撃を受けた右手の傷を一切見ず、痛そうな素振り(そぶり)すら見せていない。
 それに対しセレナは痛覚が麻痺しているのだと判断していたが、エーヴァルトはこれは痛覚だけではないなと思っていた。

「フム……間違いなく狂戦士(バーサーカー)と化しているな。……これまた私の美学に反する事をしてくれたようだな。誰かさんは……」

 狂戦士化。それは一部の国が戦いで痛覚と思考を麻痺させ、人間が持ち得る戦闘能力を最大限まで引き出させるという薬を開発。そして戦場へ投入したという。結果は、敵味方の判断が出来ず、敵軍と自軍の一個兵隊を壊滅させた挙句、限界以上の力を使った為に狂戦士化した兵士はその場で倒れて息を引き取ったという。それが約五十年以上前の話しである。
 エーヴァルトはその話しを思い出し、自分の中で持っている戦いの美学とかけ離れているその狂戦士化の薬に対し、嫌悪の念しか抱けなかった。だからだろうか、今呟いたエーヴァルトの口調は怒りが込められていたのは――

「グゥ……ガァァァァァ!!!!!」

 エーヴァルトと対峙していた男が、突如大声を上げてエーヴァルトへと突進してくる。斧を持っている左手を大きく振り上げてだ。それに対して怒りの表情を浮かべたエーヴァルトは静かに口を開いた。

「……貴様には怨みなど無いが、その狂戦士と化した魂。塵と消えるがいい!」

 大きく右腕を振り上げたエーヴァルト。その瞬間、エーヴァルト攻撃を仕掛けようとしていた男の左腕で小さく紅蓮の炎が燃え始めたかと思ったら、瞬く間に男の体全体を包むように燃え広がった。

「グ、ギャアアアア……」

 熱いからか、それとも自分の体が燃えているからか、どちらかは分からないが、男は叫び声に似た声を上げながら地面をのた打ち回る。その姿を、冷めた視線でエーヴァルトは見ていた。

「あれは……方術?いや、方術ではないか?」

 屋根の上でその光景を見ていたセレナは右手を顎に当てながら思案する。方術――ジパングに伝わる“普通の人間が扱えない能力”である。今のように何もない所から火を生みだしたり、水で相手を切り裂くなど、方術が生まれた初期の段階では相手を傷つける事に特化した物だった。現在では、簡単な怪我の治療や物資の運搬などに使われるようになってきたとセレナは聞いているが、エーヴァルトが今使ったのは方術に似てはいる。だが、方術ではないような気がしてならないセレナ。
 しばらくして男の叫び声が聞こえなくなった。それもそうだ。男はそこにいないからだ。炎に包まれた男は声を上げながらのた打ち回っていたが、しばらくして動かなくなり、男を包んでいた炎の勢いは強くなり、エーヴァルトが指を鳴らした直後、炎は消え、男の姿も消えていた。

「妾が苦戦した相手をあっさりと倒すとはの……。やはり吸血鬼は別格という事じゃな」

 と、圧倒的すぎる吸血鬼の力を冷静に分析しながらセレナは呟いた。それと同時に、自分が先程剣を交えたエーヴァルトが手を抜いていた事も理解し、自分もまだまだだと思いつつ苦笑を浮かべていた。

「さて……これでよろしいか、現フェスタリアの王よ」

 セレナが苦笑を浮かべている事を知らないエーヴァルトは、激しい炎と共に消えた男がいた場所を見つめながらセレナに問う。なにが、とはセレナは聞き返さなくても分かっている。エーヴァルトがセレナの味方であるという事の証明――本当の事を言えば、この件だけで認めてしまうのは危険が残る。それに――

(また無謀な事をしておるとマーリンに怒られるの……)

 ここにはいない心配性の大臣の事を思い、心の中で溜息を吐いてからセレナは口を開いた。

「ある程度の証明にはなったの。ただ……」

「ただ?」

 エーヴァルトは振り返り、屋根の上にいるセレナを見上げる。ちょうどその時、雲に隠れていた月が、セレナを照らすかのように現れた。その姿は奇しくも、エーヴァルトが数百年前に“あの人物”の前で跪いた(ひざまずいた)時と高さと距離は違っていたが、似た光景が目に入ってきた。

(ああ、やはりベルナデット……君の子孫なのだな)

 エーヴァルトは大昔の事を思い出しながらセレナの言葉を待つ。当のセレナは何故か少々困惑した表情を浮かべていた。どうして彼女が困惑する必要があるのだろうかとエーヴァルトは思っていると

「マーリンへの言い訳を一緒に考えてもらってもよいかの。『吸血鬼の王が妾達の味方』という理由で簡単に納得してくれる大臣じゃないのじゃよ」

「……くっ、ハハハッ!」

「なっ……笑う事はなかろう、エーヴァルト!妾は真剣なのじゃぞ!」

 と、突然笑い出したエーヴァルトに屋根の上から怒るセレナ。「すまん、すまん」と笑いながらエーヴァルトは謝るが、笑われているセレナはバカにしているのかと思っても仕方のないだろう。

「なに……くく、他に無理難題を言い出すのかと思っていたのでね。まさか王から『言い訳を一緒に考えよ』と言われるとは思っていもいなかったのでね」

 と、笑いながら答えるエーヴァルト。それに対しセレナは恥ずかしそうに右手で頬を掻きながら

「し、仕方ないであろう。王となった今でも、マーリンに怒られるのはやはり苦手なのじゃよ」

「全く……君といい、“彼女”といい。本当によく似ている。まるで“彼女”の生まれ変わりのようだ」

 エーヴァルトの『彼女』という単語にピクリと眉を動かすセレナ。エーヴァルトが言っている“彼女”というのが誰の事なのかは分からないが、自分に関係している人間であるという事は把握していた。それを問いただそうかと思った矢先だった

「セレナ様!!」

 今頃遅れてやってきたシルヴェストルが慌てた様子で駆けてきた。昼間の作戦では、セレナとエーヴァルトが一対一となった時点で、背後からシルヴェストルが合流する予定だった。
 エーヴァルトと遭遇するまで、セレナとシルヴェストルは一定の距離を置いて街を歩いていたが、エーヴァルトと遭遇後、セレナ達の移動が想定よりも速かった為、シルヴェストルはセレナ達を今の今まで見失っていた。だが、それだけが合流が遅れた理由ではなかった。
 シルヴェストルがセレナを探している最中に緊急事態を伝えに兵士が走ってやってきた。それを聞いたシルヴェストルは急いでセレナと合流する為に街中を走りまわった。その結果、今やっと合流できたという訳である。
 そのシルヴェストルは緊張感が漂っており、異常事態だという事をセレナはすぐに理解し、エーヴァルトに「少々待て」と視線で訴える。エーヴァルトはセレナの視線に小さく頷いた。セレナはそれを見てからシルヴェストルに問う。

「何事じゃ」

 いつも冷静なシルヴェストルが慌てている。これは一大事である事は間違いない。だが、一体何が起こったのか。セレナは冷静に考えていたが、シルヴェストルからの報告に動揺するのだった。

「へ……ヘリーシャムへ、パルハーミエ国のと思われる兵が進軍中との事です!」

「……なんじゃと!」

 セレナの亡き母の故郷であり、現在岸野夕華が療養中のヘリーシャム地方に、フェスタリア北西部の方向に位置する、小国パルハーミエの進軍。それは、この世界を大きく動かす、小さな出来事である事をセレナ達は知るよりもない――


第十七話「メイドが提案する作戦」
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